17:混沌の街
ビジュマステの街影が見えてくると同時に、防壁が崩れ黒煙が疎らに立ち上っているのが露わになる。
街を見下ろす崖の上に着地する。顕現外殻を解除して目を凝らした。砂色の家屋が犇めく街には破壊の痕跡が目立つ。何かあったのだ。家族やスカーレットが心配だ。
街に点在する高い塔のひとつ、その天辺に簡易転移魔法で移動する。すぐに眼下の入り組んだ路地のどこかから悲鳴が微かに聞こえた。砂壁の間を素早く移動する異形の影……下級魔族の姿だ。
下級魔族数体が駆け抜けていった方向から爆発が起こる。煙の中を人間たちが手を取り合って逃げていく。魔族の侵攻を受けて、街の中では人間がゲリラ戦で対抗しているのか、張り詰めたような緊張感が色の乏しい街には充満しているように感じた。
街の中心の方へ目を向ける。
大きな建物がそびえていた。その周囲には数々の石の彫像が並ぶ。その中のひとつに、リナの立像があった。
ここが彼女の街だったのだ。「勇者にされた」とリナは言っていた。今なら分かる。彼女も勇者という名の〝生贄〟に選ばれたのだ。
「離して!」
塔の上まで女の声が響いてきた。小さな広場を見ると、軍服を着た男たちが集まっていた。サーベルを持った軍人が跪かされた住人の前をウロウロしながら何かを喋っている。一列になって跪くのは、老若男女問わない数名。
嫌な予感がした。
軍人たちの正体が判然としない。上級魔族は人間の姿を持つこともできる。考えあぐねている俺の視界の中で、軍人が少女の前でサーベルを振り上げた。
光の剣を異空間から引きずり出し、簡易転移魔法で広場に移動して、振り下ろす軍人の両腕を斬り飛ばした。
「逃げるぞ!」
軍人どもが怒号を発する中、人質だった数名を捕まえて、街を見下ろす崖へ転移した。
少女は泣き叫び、老女が俺にすがるように涙を浮かべた。
「ありがとう……お嬢さん……」
未だに藍綬の身体がしっくりこない。女だと認識されることも。
***
ビジュマステの軍部の中には、魔族侵攻によって魔族側に与する連中もいるらしく、彼らは隠れる人間を探し出しては殺しているようだ。
「最近、シルディアからやって来た一団を知らないか?」
そう尋ねても芳しい返事はなかった。だが、若い男が街の周縁部に広がる雑多なエリアを指さした。
「貧民街は難民が流れ着きます。もしかしたら……」
俺は助けた彼らを転移魔法で復興途中のシルディアへ送り届けてから、ビジュマステの貧民街へ向かった。
貧民街は整備の行き届いていない無秩序な場所だ。ひどいにおいが立ち込め、ゴミは散乱し、おまけに破壊の跡があちこちにある。
「助けて……!」
崩れかけた倉庫の中から飛び出してきた若い女がこちらへ向かってきた。彼女の背後で倉庫が土煙を上げて崩壊する。その土煙を払うようにして三体の下級魔族が奇声を上げながらこちらへ突進してくる。
「伏せてろ!」
女に警告を発して真空の刃を飛ばすと、魔族たちがまとめて真っ二つに切断されて塵になる。
パニックになった女を宥めると、魔族たちが貧民街を跋扈していることは分かったが、俺の家族たちのことは知らないようだった。
「誰か一緒に居た人はいないのか?」
「みんな私のせいで居なくなってしまうの……」
悲劇に浸された目が重く潤んでいる。
「そんなことを言うな」
「だからお姉ちゃんも……」
そう言って肩を震わせて顔を覆う。
「どこにいる? さっきの奴らにやられたのか?」
女は首を振って、手を伸ばして指をさした。
朽ちた建物の隙間を縫って石の彫像の顔が見えていた。俺は一瞬、言葉を失った。
「お姉ちゃんってあれか?」
女はうなずく。彼女が指していたのはリナの彫像だ。
「お姉ちゃんは私を庇って……街を追放された……勇者として」
俺の中に抑えきれない怒りが込み上げる。
そして、腐ったこの街を潰そう──そう決意した。




