14:クラウテルン事変
エルランドはいくつもの都市国家を擁する統治同盟だ。クラウテルンはその本拠地に当たる。巨大な建物群と多くの人が行き交うここは、世界の有力な都市に名を連ねている。
エルランド統治同盟によるクラウテルン公会議は、都市の中心である総統府で行われる。
プロキオンは身分を偽り、総統府に潜入していた。中は同盟国からやって来た人間でごった返している。会議では、数週間をかけて各都市国家での問題点や同盟全体での取り決めなどが話し合われることになっていた。
***
「我がシルディアは先日ひとりの勇者を喪い、街は大きな悲しみに包まれました」
公会議四日目にそう切り出したのは、シルディア王だった。列席者が息を飲む。
「そして、すぐに統治同盟から次期勇者の選出についての通達がありました。我々としても、勇者の人材発掘が急務となっております。しかしながら、この問題は常に我々を悩ませていることも事実であります。体制の整わないまま通達に従って未来ある人材を流出させ続けているのです」
「統治同盟への疑いがあるということか?」
そう言葉を発するのは、盟主ダロトだ。シルディア王は決然とダロトへ眼差しを向けた。
「勇者は魔王・魔族を討滅する役割を負っております。その役割をたったひとりに課すべきでしょうか?」
「何が言いたい、シルディア王よ?」
「私が提唱するのは、各都市の軍を連携する統治同盟連合軍の発足であります」
人が充満する広大な議場に怒涛のようなざわめきが沸き立った。賛同を飲み込むような否定の波がシルディア王へ雪崩れ込む。
「貴殿がその論理で他国への侵攻を隠れ蓑にしないとどうして言えよう!」
疑心暗鬼が彼らを支配していた。
議場を見下ろす二階席の隅で、プロキオンはじっとシルディア王を見つめるいくつかの人影を認め、決意を新たにした。
***
公会議の会期中、各国の代表団は豪華絢爛な貴賓館で寝泊まりすることになる。
夜も更けた貴賓館は静まり返っていた。そこへ、音もなく忍び寄る数名の影がある。警備の人間はそれを視界に収めつつも、素知らぬ顔で巡回ルートへ戻っていく。
いくつかの貴賓の部屋が音もなく襲撃されていく。そして、シルディア王の宿泊する部屋に彼らは侵入した。
「やはり、魔族か」
真っ暗な室内からプロキオンが姿を現す。パッとランプの灯が入り、部屋が照らされると、シルディア王が驚愕した顔で立っていた。
「な、なんだ、これは……?」
黒いローブのフードを目深に被った三つの影がその身体に魔力を纏わせる。
その瞬間を見計らって、プロキオンは夜よりも深い闇で部屋を満たす。狼狽えるシルディア王の腕を掴んで、プロキオンは簡易転移魔法で貴賓館の外へ退避した。
「何が起こっている?! 君は誰だ?!」
黒い影が二つ、彼らを追って来た。
プロキオンは音も立てずに追手のひとりの眼前に飛び込んで、魔力で形成した漆黒の刃で静かに相手の身体を両断した。
もうひとつの影が慌てたように上空に炸裂する閃光を放つ。それに呼応するかのように、あちこちで警備隊の警笛の音が響き渡る。
プロキオンは舌打ちをしてシルディア王のもとに駆け寄った。魔力を解放して、辺り一帯を闇で満たすと、その隙に転移魔法を発動させ、都市周辺の森の中へ移動した。
「い、一体何が──!」
「魔族がお前を付け狙ってるぞ」
想像していない回答だったのか、シルディア王は呆気に取られたように絶句してしまう。
「統治同盟は魔族が後ろ盾にある。勇者を選出させるのは、魔族を滅ぼす芽を摘むためだ。お前はそこに一石を投じたんだ」
淡々と告げるプロキオンだったが、その眼には後悔の念が滲み出ていた。
──長い間、俺もいいように利用されてきた。
「俄かには信じられん……」
プロキオンは何かを察したようにシルディア王の口元を押さえながら木の陰に飛び込んだ。木々の間から垣間見る夜空には星が瞬く。そこへ片翼の竜人が滑空してきた。
「龍王ダレンサラン……。追って来たのか」
「魔物の王が……? どういうことだ?」
狼狽するシルディア王だが、プロキオンは確信した。
騒動の裏にシグニが暗躍している、と。




