夕暮れの公園
「あのね、今日は君に伝えなきゃいけないことがあるの」
夕暮れの公園。夕日に赤く照らされた少女がいまにも泣きそうな声でそう切り出した。僕は黙ってその続きを待つ。
「私、引っ越しすることになったの。遠くに、行かなくちゃいけないの。だから、今日で君とはお別れしないといけない」
その言葉に、僕は少なからず衝撃を受けた。彼女のことは、まだよちよち歩きだった頃から知っていて、これからもずっと一緒にいられるとそう思っていたのだから。
「それで、私、一つ君に謝らなきゃいないことがあるんだ。だから、いまからそれを言うね」
彼女はわざと明るく振る舞おうと僕に笑顔を向けた。だけど、その声は少し震えていた。本当は優しく抱きしめてあげたかったけれど、僕にはそれができない。
「私、小さい頃、君のことをよく蹴っ飛ばしてたよね。あのときは、ごめんね」
たしかに、彼女はよく僕を蹴っ飛ばしたり、ボールや石を投げつけてきた。僕は当時から寛大だったからあまり気にしなかったけど。
「あのときはさ、なんというか無邪気で無鉄砲だったから、君にたくさん迷惑をかけちゃったよね」
そう言って苦笑いを浮かべる。別にそんなことない。僕も一緒に遊ぶことができて楽しかったんだ。でも、その愛おしい時間ももう終わってしまう。
少女は右手で僕にそっと触れた。優しげな手つきで、そっと。
「私ね、君のこと、大好きだったんだ」
少女の瞳から雫がこぼれ。僕の足下に落ちていく。
胸がぐっと締め付けられる。僕だって、君のことがずっとずっと好きだった。胸を溢れるこの思いを、だけど僕は伝えることができない。
「それじゃあ、さよなら」
小さくそう呟いて、僕から手を離す。
それから数歩歩いたところで、彼女は立ち止まって振り返る。
「絶対にまた、会いに行くから」
そう叫んで、僕に背を向けて走り去ってしまった。
僕はその背中を追いかけたい一心で、でも、それはできなかった。だって僕は、公園に生えている一本の木なのだから。