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第7話 母の夢


 人が何を考えているかなんてわかるわけが無い。その表情と仕草から喜んだり哀しんだりしている感情なら多少読み取れる。そして母の叱言がうるさい。なんか怒っている。それは誰の目から見てもわかることだった。


 「もっと頻繁に帰って来なさい。みんなアンタが心配なんだから」


 ズルい言葉だな。


 「うん。わかったよ」


 自分のフロアにようやく辿り着いた。エレベーターの中をこんなにも長く感じるのは初めてだ。


 玄関を開く。括ろうとした際にキャリーバックのキャスターが縁に引っかかる。慌てて手伝おうとする母はアワアワするだけで助けにならない。いつの間にか親は歳をとってしまうんだな。子供の頃はもっとスムーズに動けていた気がする。今も十分元気だがやはり衰えを感じる。


 「何よその目は…」


 「母さんは無理しなくていいよ。ゆっくりしていってね」


 母は少しムッとしたが、ため息ひとつ出し「ありがと、今日は泊まっていくわ」と何かを諦めた様に言った。


 部屋を案内する。間取りは1LDK。一人暮らしにはちょっと広い。けれどこれで十分だ。もっと広いところに住む事は簡単だが若干ミニマリストの僕には多くの物を必要としないのだ。


 「相変わらず何も無いのね。信じられないわ」


 部屋の家具は机と椅子とベット。キッチンには冷蔵庫とオーブンレンジと生ごみ処理機。それと全自動コーヒーメーカー。洗面所には洗濯機だけ。仕事用のパソコンと読書用のタブレットはあるがテレビはない。服は寝巻きを含めて4着だけ。ボロくなったら直ぐに買い替えて古いのはリサイクルに回す。そんな生活がここ数年続いている。


 「お母さん心配だわぁ。綺麗すぎる!上京した息子の部屋を掃除するのが夢だったのに!」


 どう言う意味だそれは。トモちゃんなら兎も角。僕が実家に住んでいた頃は人間掃除機と揶揄されるぐらい得意分野だった。良く勘違いされるが潔癖症ではない。ただの綺麗好きである。


 「アンタがいた頃はウチもこのぐらい綺麗だったのにね?」


 ね?ではない。ちゃんと掃除をしろ。けれどそんな事は言わない。別の提案をする。


 「今から実家にブンバ送るね。それ使って少しはお掃除が楽になるかも知れないから」


 「やだ、そんなつもりで言ったわけじゃないのに!ほんとありがと。お母さん壊さないように大事にするわ」


 大事にするの意味が気になるが、仕舞わずに使ってくれる事を願うしかない。それにブンバを設置した家は自然と自分で掃除を始めるらしい。床に物を置かなくなる分、多少は綺麗になるだろう。


 「ちゃんと使ってね」


 「でもねぇ。使い方がわからなくて壊しちゃいそう。やっぱり一緒に帰る?」


 なるほど、そう来たか。けれどそれも良いかもしれない。ふらっと帰ったら帰ったでめんどくさいのが故郷というものだ。


 「そうだなぁ。久しぶりに帰るか!」


 「え?嘘?マジで?!言ってみるもんねぇ〜。あら!そうだ!何にも用意してないわぁ困るわねぇ」


 どっちだよ!これが田舎のおばちゃんか!田舎でなくてもこうなのか?!けれどこのチャンスを逃したらしばらくは帰れないかもしれない。


 「何も構う事ないよ。逆にいっぱい買って帰ろうよ。父さんも爺ちゃん婆ちゃんもビックリするかも」


 「お?さすがお金持ちぃ〜。お母さん鼻が高いわぁ」


 そう。現在の僕は全財産の殆どを投資に回し、その利益だけで一生暮らしていけるだけのお金がある。これを言うと怒る人も居るだろうが、お金というものは無限にあるのだ。ただ、その増やし方を知らないといつまでも労働という呪縛から逃れられない。むしろ人生の方が有限であり、お金よりも価値があるのだ。


 「今日は流石に泊まるよね。夜ご飯どうする」


 「どうしよっかなぁ〜」


 これは何かを企んでいる。意外とミーハーな母は、都会に張り巡らされた最新のシステムに興味津々なのだ。


 「あれやりたいなぁ。ウーナービーツ!」


 そう来ると思った。


 「何食べたい?何でも届くと思うよ」


 「えっとねぇ。これ!」


 鞄を漁り出すと、B5のノートを一冊取り出した。開かれたページには現在流行中のグルメ達がズラリと並ぶ。母はスマホもパソコンもろくに使えないはずだ。一生懸命テレビを観てメモしたかと思うと何とも言えない気持ちになる。


 「母さん、流石にこんなに頼んだら大変だよ。厳選して?」


 「仕方ないわねぇ」


 仕方ないわねぇ〜じゃない!…そう言えば小さい頃に東京に行ったら何をするかトモちゃんといっぱい話し合ったな。あの頃は、コンクリートジャングルが怖くて仕方なかった。田舎の住民は極端に都会を危険視する。


 いつか行きたいけど、いざと言うときのためにシミュレーションは必須だったのだ。そして13年前に記憶は遡った。

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