第4話 タダでは働かない
押したり引いたりするような戦法に姫は長けていた。何処で覚えて来たのかは知らない。ただ、小学4年生に出会ったわけだから、恋愛経験が豊富であるとは考えづらい。一つ思い当たる節があるとすれば、彼女の部屋に積み上がった恋愛中心の少女漫画がその役を買っているのだろう。とんだオマセさんである。
「その袋はゴミぃー。そんでそれは洗濯物ぉー」
彼女は自室のベットでゴロゴロしながら愛読中の漫画に釘付けだ。スラットした脚をぷらぷらと折り曲げて誘惑してくる。そう思っているのは僕だけだ。そんなご褒美が無ければ今頃は馬鹿らしくてこんな役目など投げ出している。本来は一緒にやる契約だったが本命のために指一本動かす気は無いようだ。ただ、指示だけは良く飛ばす。思い返せば…。
「お願い!部屋の掃除を手伝って欲しいのぉ…」
…と可憐な少女を演じ上目遣いで頼ってきた時は、思わず抱きしめたくなったものだ。けれど案の定、ものの5分で空想の世界に旅立ってしまった。もはや可愛さ余って憎さ百倍である。ちょっと違うかもしれない。でもそんな感じだ。
「早く終わらせないとお母さん帰って来ちゃうよ?」
「そだねぇー。後、もうちょっと。あっ、それ廊下に出しといて…」
姫の刑執行まで後10分。それまでに部屋をピカピカにしなければ鬼の雷が降り注ぐ。女の子の部屋と聞いてフェミニンな空間が溢れていると想像していた。しかし夢のようなドキドキ感は絶望感のある動悸に早変わりする。
何故なら信じられない程の汚部屋だったからだ。その掃除を30分で終わらせると聞いて血の気が引いたのである。恐らく時間の猶予はもっとあったはずだ。そして彼女は漫画の整理という禁断の誘惑に負けたのだろう。泣きついて来たのはそのせいだ。きっと。
「よし、床はこれでOK。掃除機はどこ?」
「えっとー…うんしょっと!…取ってくるかぁ!」
やっとやる気になったようだ。読み終えた漫画をパタンと閉じた。起き上がって、しゃーなし感をため息とともに表現する。そしてようやく動きだす。ショートパンツから伸びる長くて細い脚がベットから床に着地する。とても見応えのあるシーンだった。そしてスタスタと歩いて部屋のドアノブを捻って扉を開けた。
予期せぬ運命の瞬間だった。そこに立つ鬼バ〇〇が腕を組み仁王立ちで待ち構えていたのだ。ビックリして突然固まる猫のように言葉は出ない。チェックメイトである。
「トモナー!!自分で掃除しなさいって!言ったでしょー!!もうおやつ抜き!漫画も没収!反省しなさーい!」
「うぇーん!ごべんださーい!!」
号泣する姫。自業自得の姫。そのクシャクシャの顔も悪くない。むしろ好き。可愛いは正義である。
「ごめんねぇもう…。この子はいつも甘えてばかりで…。そうだおやつにしましょ!ジュースもあるわよ…。トモナ、あなたはダメ!」
そう言われて又もや泣き出す。流石に可哀想だと思うのは惚れた弱みからである。彼女の部屋に戻るとスッカリ綺麗になっていた。怒られて伸びるタイプだろうか。恐らくそうではない。それをバネに力に換えるタイプである。その方がしっくり来ると思った。
「トモちゃん凄い頑張ったね。スッキリした」
「まぁねぇ。私、やれば出来る子だから」
得意になってドヤ顔をキメる。殆ど僕がやったようなものだけど、そこを指摘して幸せになれる人はここにはいない。黙っておく。
「そんな君にはこれを授けよう」
背中に隠してあった手作りプリンを見せつけた。それは彼女の母親から託されたものだ。もしちゃんと掃除が出来ていれば渡すように頼まれたのだ。
「わーい!!やったぁ!わかってるー」
太陽より眩しいその笑顔が最高のご褒美だ。姫はプリンを受け取って幸せそうに食べ始める。僕はその様子をニコニコにながら眺めていた。すると気になるのか少し赤くなってチラチラと流し目をする。
「今日はありがとう…。大変助かりました」
ペコリと頭を下げた。いつもの覇気はないが意外と素直である。僕は「どういたしまして」と言ったきりだ。そして彼女は勝手に深読みをして行動に移した。
「今日だけは特別だからね!」
それでプリンを一掬いすると「あ〜ん」と言って差し出す。思わずキョトンとしてしまった。
「要らないの?」
「いります!頂かせてもらいます!」
それはつまりアレである。もちろんそんな事はわかっていたし、ニヤニヤとしているその表情から読み取るのは容易い。口にした瞬間。待っていましたとばかりにあの台詞がきた。
「間接キッスぅ〜」
何のこっちゃい!その通りである。何なら本命も頂きたい気持ちだ。それをわかってか。「美味しい?」だの「もうあげないよーだ!」と嬉しそうになって揶揄ってくる。けれどそれが照れ隠しだと僕は知っていたのだった。