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第2話 ワガママと甘いフレンチトースト


 雨が降った。「バケツをひっくり返したような…」とはこの事か。下校時間になり僕は折り畳み傘を持って家に帰るところである。校舎の出入り口で彼女は待っていた。


 「トモナちゃん一緒に帰ろ」


 「いいわよ」


 僕が誘うと、ぶっきらぼうにそう答える。赤い鮮やかで大きな傘をその手に持っていた。そんな彼女が意外と戦略家だと知るのは随分と後の話になる。けれどこの時の僕はまだまだ未熟者であった。


 今思えば、背中を向けたまま横顔だけを見せてそう言ったのは照れ隠しだったのだろう。子供とは素直に見えて意地っ張りな生き物である。特に女の子はそう言うものだと僕は思っている。


 「待たせてごめんね」


 そう言いながら折り畳まれた傘を展開しようとする。けれど何故か機嫌を損ねて「アンタどういうつもり?」と上目遣いで睨まれる。


 この時、知らず知らずのうちに彼女の期待を裏切ってしまったのだと後で気づいた。けれど素直に言わない方が悪いと思う。ただ本当に大好きだったから申し訳なくなったし、盲目のうちに何でも許せてしまった。


 彼女は言う「こんな大きな傘、私に持てるわけないでしょ?」。つまり「私のために傘を差しなさい」そう、お願いをされているんだと当時は思っていた。


 「ごめんね。トモナちゃんの傘、大きいもんね」


 「でしょ?もっと私の事考えてよね」


 その一言には返事が出来ず苦笑いのまま、赤い傘を預かり、彼女が濡れないようにエスコートした。僕の肩は少し濡れたけれどそれは大した事じゃない。


 「…もっとこっち来なさいよ。濡れてるじゃん、アンタ…」


 肩と肩が触れる。突如として脳髄に雷が走った。その言葉と温もりで僕は許しを得たダメ犬のように舞い上がる。そして雨の中を走り回りたい衝動に駆られた。けれど現在は重要な任務を遂行中である。決してこのバラの姫を濡らさぬよう細心の注意を払うのが僕の使命だった。


 その日から注意深く彼女を観察するようになる。もちろん気難しい姫のご機嫌を損なわないように凡ゆる癖や好物を知る必要があったからだ。けれど正直に言えばその美しい顔を眺めている時間は素晴らしく充実していた。それは素直に認める。


 「また見てんの?止めてよねもう…」


 そしてバレてしまう事もしばし。そんな時は、笑顔を見せるという技をいつの間にか身につけていた。ただ「ごめん」と謝ると不機嫌になるだけだが、笑うと本物の薔薇のように赤く染まることがある。僕はその表情が堪らなく好きだった。


 彼女の我儘は尽きない。傘を差してあげるのはもちろんの事。教科書でランドセルがパンパンの時は必ず持たされたし、朝は必ず迎えにいってそのタイミングで姫は眼を覚ます。玄関先で健気に待つ忠犬を不憫に思った彼女の母親はいつの日からか僕の分の朝食も用意してくれるようになった。


 「いつもありがとねぇ。…トモナ!!早く降りてらっしゃい!お友達が来てるわよ!!…嗚呼もう、本当にごめんねぇ」


 神崎家の朝はいつも騒がしい。彼女の母親も綺麗な人だ。それが時折、鬼のような形相に変わる。それはいつも愛娘を叱りつける時だった。


 「あんなグータラ娘だけどこれからもよろしくね。ほら、今日はフレンチトーストにしたの…大丈夫?」


 「はい、大好物です」


 「あらそれは良かった。実はね。これをトモ…」


 その続きを最後まで聞く事は出来なかった。何故なら遮るようにしてパジャマ姿の彼女が飛び出し間に割り込んだからだ。


 「本当やだ!!言っちゃダメって言ったじゃん!!」


 「まだ言ってないよ。…でも今ので察しちゃうわね。うふふ」


 顔を真っ赤にして彼女はこちらを振り向いた。僕はモリモリとそのフレンチトーストを食べる。


 「凄く美味しいよ。この前話したもんね」


 以前、一緒に学校に行く途中、一番好きな朝食の話が出てきた。その時に僕は「フレンチトーストが一番好き」と答えたのだ。けれど「へぇ、子供みたいね。私はそんなにだわ」と素っ気ない態度だったのを憶えている。けれどそれはちょっと違ったのかもしれない。


 「ちっ!違うから!!勘違いしないでよね!!」


 素直じゃない。不機嫌を一生懸命取り繕っていたが耳まで真っ赤に染め上げている。彼女は嬉しくなると顔を赤くする癖がある。この時はまだ会得していない観察眼だったが後にその仮説を証明出来るだけの証拠を揃える事になるのだ。


 そして足をドンドンと鳴らしながら頭ボサボサ姫が洗面所へと退出する。母親は常にニコニコ。何か企んでいる節もあるがけれど悪いようにはしないだろう。そうしてこの村で唯一子供が家にいる家庭として両家族は仲を深めていくのであった。


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