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とある探索者達の怪奇譚  作者: 銀闘狼
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ミズハノメの屋敷3

 同時、周囲からの威圧感と云うべき圧力が一気に高まる!


 背後から生温い吐息の様な風が抜け、布地を擦る様な音や大蛇が這いずる様な音が聞こえて来る。振り返りたい衝動を堪えて真也は只管に脚を動かして前へと駆ける。


 10秒経過――《夥しい程の何かの気配と全身を刺し貫く様な殺気の籠もった視線を感じ取るも、今の所直接的な危害は受けていない》。しかし、決して油断出来ない事は背後から聞こえて来る金属同士がぶつかり合う音を伴った何人もの人間らしき駆ける足音と、怨嗟じみた言葉にならない唸り声から明白だった。


 《精神が僅かに削られ、狂気に少し近付く》。其れでも万が一にも立ち止まる事は出来ないと直ぐに立て直して駆ける脚に力を籠める。


 20秒経過――《其の甲斐もあってか、心なしか少し背後から迫る者達との間に距離が開いた様に感じる》。其れでも気は抜けないと自らに言い聞かせて更に脚を早める。


 『戻って来い』『宴会をしよう』『こっちを見ろ』

 「ハァ、ハァ、ハァ!!」


 背後から声が聞こえるが決して振り返る事はしない。酸素を少しでも肺の中に取り込もうと息が荒くなり、心臓が早鐘を打つ様に素早く大きく鼓動して脚が重くなってきても、只只管に脚を動かす。


 30秒経過――《脚を早めた事、目の前に縄梯子が見えた事、背後から迫り来る者への恐怖、単純に走り続けた疲労。其の何れか、或いは全てが原因だったのだろう。真也は脚が縺れて転けてしまった》。慌てて立ち上がるも、足音と此の世ならざる気配が直ぐ傍に迄近付いている事が否応なしに理解出来た。


 立ち上がる動作が絡んだ事で不格好になりながらも走り、縄梯子の下に到達する。地面を大きく蹴り、古びて所々解れた部分が目立つ薄汚れた其れを逡巡する事無く飛び付く様に掴み、直ぐに上の縄を掴んで身体を持ち上げる。


 上を見上げて次の縄を掴んでは空いた手を更に上に伸ばして先を目指す。


 《中程迄進み、頭上に光が見える。其れで油断した訳では無いが、縄を掴んだ左手の握力が抜けて縄を手放してしまい、身体を揺らして動きが止まる》。そして其れが致命的なタイムロスとなってしまい、遂に左脚を何者かに掴まれてしまった。


 「ッ!?クソッ!」


 触れた場所から凍り付きそうな程に冷たい、肉を一切削ぎ落として骨だけになっているとしか思えない程に固い五指が、万力の様な力強さで足首を締め上げる。


 此の危機的状況と恐怖に真也の思考が停止――しない。《寧ろ加速した思考が最適解を導き出した》。


 《思い出すのは【ミズハノメ】の背後に立てられた逆屏風の一つである【男が背後から追い掛ける亡者の群れから坂を登り逃走する屏風絵】だ》。


 あれは、正しく変わり果てた【伊耶那美命】の姿を見てしまった【伊邪那岐尊】が、【黄泉】つまり【根の堅洲国】から地上へ逃げ帰る場面を描いた物である。屏風絵は、其の道中【黄泉比良坂】で【黄泉軍】から逃れる為に桃の実を投げる所を切り取ったのだろう。


 真也は左手でポケットの中から【ミズハノメ】から受け取った桃の実を一つ取り出すと、下を見ずに足首を握る手に目掛けて投げ付ける。


 果たしてあれ程力強く握り締めていた手は容易く外されて、其の隙に真也は左手で縄を掴み、縄梯子を上った。


 足元から蠢く夥しい気配を感じる。《其れが迫る恐怖で竦みそうな身体に活を入れて次第に大きくなる光に向かって縄梯子を上り、そして遂に光の中へと到達した》。


 視界が白み、握る手の中や踏み締める脚の下から縄梯子の感触が消えて行く。次第に意識が薄れ、水の中へと沈み行く様な感覚の中で、完全に意識が途絶える直前に、『おめでとう』と云う【ミズハノメ】の声が聞こえた気がした。

――――――――――――――――――――――――――――――

 真也はハッと目を覚ます。見覚えの無い天井だ。


 妙に痛む身体を起こし、辺りを見回すと此処が何処かの病院の病室である事が分かった。


 白い扉が開かれて其処から30代位の看護婦が入って来る。彼女は真也が目を覚まして上体を起こしている姿を見ると僅かに目を見開き、柔和な笑みを浮かべた。


 「野中さん、気が付きましたか。何があったか覚えていますか?」


 看護婦の言葉に記憶を探ると、どうやら出張先に向かう為に乗った電車が急ブレーキを掛ける音と共に大きく揺れて、其のまま脱線したのかひっくり返った時に全身を打って、其のまま気絶したらしい事を思い出した。


 「乗っていた電車が脱線事故でも起こしたのか?」

 「覚えていましたか。大きな事故で死者も出たんですが、貴方は全身を強く打っていましてね。其の際に頭を強打しており一時期危険な状態になる程の重傷でしたが、治療の結果今朝、無事に容態が安定したんです」

 「そう…か」


 身体を見下ろせば入院着を着た身体には包帯が巻かれ、頭に触れれば保護する為であろうネットの様な物が被せられていた。


 どうやら命が助かったらしい事への安堵と、先程迄の屋敷と逃走劇は夢であったのだろうかと云う疑問が浮かんで、ふと窓の方に目を向けた時、枕元にある机の上に和紙を折って作られた桃の身が二つ置かれている事に気が付いた。

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