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とある探索者達の怪奇譚  作者: 銀闘狼
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ミズハノメの屋敷2

 真也は此の一連の光景を見て、《【逆さ事】と云う風習に思い当たる》。葬式の際に行われる其れは、逆さ屏風や左前襟の着物等様々な物や行為を反転させる風習である。


 更に、今彼等が行った手の甲を打ち合わせる拍手は《【逆拍手】と呼ばれる物であり、古事記で言代主ことしろぬしという神が、国譲りの際に行った仕草だと云われ、天照の使いに国を寄越せと強く言われて屈した際に行ったと云われている》事を思い出した。序に《死者の拍手とも呼ばれる事も思い出す》。


 其の場に立ち止まったまま足元に置かれた御膳を見る。


 既に此の場所が死後の世界か其れに近い場所だと理解している。故に一見すれば素晴らしい料理に見える其れを食べると云う事は【黄泉戸喫】であり、一口でも口にすると云う事は死者として彼等の仲間になると云う契約に同意する事に他ならない。


 「……どうされましたか?」

 「……ミズハノメ様、折角お誘いして頂いたのに申し訳ありませんが、慎んで辞退させていただきます。此処が私の想像通りの場所ならば、やらねばならない事を多く残している故に、御暇させて頂きたく思いますので」

 「…………」


 ミズハノメは真也の言葉に笑みを崩さずに無言で見詰める。一様に黙り込んだ他の者達の笑みの仮面が剥落した様な虚無の表情で見詰める大きく見開かれた散瞳の眼と相まって、《精神に小さくない傷を与える程に不気味だった》。


 「……分かりました。確かに貴方【だけ】は帰る事が出来ます。但し、手ぶらで帰すのは余りに失礼と云う物。故に此れを授けましょう」


 耳が痛くなる様な静寂の中で小さく息を吐いたミズハノメは、自身の御膳を脇に退けると立ち上がって真也の下へと真っ直ぐに歩み寄る。《金縛りにあったかの様に何故か動けない》真也の目の前に立つと、袖口から三つの小ぶりながらも瑞々しい立派な桃を差し出した。


 「其れと此れは予言であり警告です。


 貴方の運命は既に本来の物から外れ、此の世ならざる者共と相まみえる事を決定付けられた。最早避ける事は叶わない。


 時には深く傷付き、時には己が正気が揺らぐ事もあるだろう。其れでも生きて逃れたいのならば、知恵を絞り、死力を尽くし、対価を差し出し、知るべきで無い物から目を逸して、答えを見付けるのだ」

 「……分かりました。重々肝に命じておきます」


 身体が動く様になった真也は其の言葉を粛々と心に刻み、桃を受け取りスーツのポケットに入れる。ミズハノメは差し出した手を戻すと此の時初めて表情を変えて、悪戯をする童女の様な、悪女が今迄騙していた愚かな男に真実を告げる時の様な育て上げられた毒花を思わせる惹きつけられる艶美な笑みを浮かべて其れを告げる。


 「最後に二つ。一つは帰り道の注意事項です。


 門から出て坂を登り、目の前に垂れ下がった縄梯子を登れば何時か光の中に出られるでしょう。そして其の間、何があっても絶対に振り返ってはなりませんよ。


 もう一つは、真也様が門から出た瞬間に、其れに気付いた母上様が恐らく【黄泉軍よみいくさ】をけしかけるので、其れに捕まった場合は其のまま【根の堅洲国】へと送られますので、帰りたいならば文字通り死ぬ気で逃げ延びて下さいね?」


 最後にそう云って、袖に覆われた右手で口元を隠して酷く愉しげにクスクスと笑ったミズハノメは、妖艶に濡れる射干玉色の眼を真也の眼の奥を覗く様に見詰め、婀娜っぽくも決して下品な印象を感じさせない微笑みを浮かべる。《真也は其の笑みに一瞬魅力されて此のまま残っても良いのでは?と思ったが、直ぐに其れは危険だと警鐘を鳴らす理性が其れを振り払う》。其れに気付いたミズハノメは一瞬驚いた様に眼を見開くと、愉しげな笑みを深めて真也の胸をトンと小突く様に押した。


 「さぁ、お行きなさい。貴方の行く先に()あらん事を」

 「……失礼します」


 真也はミズハノメに一礼すると大座敷から退室して玄関へと廊下を足早に歩く。道中特に邪魔される事無く玄関迄辿り着いた真也は、其のまま引き戸を開けて美しくも異常な庭に出て門の前に立つ。


 扉は開かれたままで、《先の見通せぬ闇へと伸びる坂のみが映る》。暗中より感じる身の毛がよだつ様な陰気な気配と何処からともなく観察する様な視線は決して気の所為等では無いだろう。


 《ふと、井戸と淡い黄色の池の方に目を向けると、井戸は変化が無いものの池の方はボコボコと煮え立つ様に泡立ち、如何にも何かが溢れ出てきそうに見える》。


 真也は視線を正面に戻すと一度深呼吸をして精神を安定させ、此の中を駆け抜ける覚悟を決めると同時に門から外へと駆け出した。

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