赤い部屋
遠山香は、友人である赤住屋人と駅前の居酒屋で枝豆やたわい無い話をつまみに、酒を楽しんでいた。
「なぁ、そう云えばお前ってオカルト好きだったよな?なら、【赤い部屋】って知っているか?」
「あぁ、1990から2000年初期辺りに流行ったウェブのポップアップ広告か。当時に其れを再現したフラッシュゲームもあったが今はもう出来ないんだっけ?
だけど、貴方からそんな話をするなんて珍しいわね?」
香は、【赤い部屋】と呼ばれる昔に流行った其のインターネットの都市伝説を《知識として知っていた》。今更そんな忘れ去られ行く都市伝説がどうしたのかと云う疑問と、彼が別に非科学的な物事を完全否定する様な男では無いが、自ら其の様な話題を振る様な男でも無いと云う事を知っている為、香は興味が湧いていた。
「まぁ、実際に俺は大してそう云うオカルト話に興味は無いからな。
今話したのも、少し前に知り合いから聞いたのを偶々思い出しただけだし、別に其処まで詳しく聞いた訳でも無いから詳しい訳では無いが、どうやら【本物】が未だに現れるらしい」
「本物ですって?」
「あぁ、まぁどうせ面白がられて一人歩きした創作だろうけどな」
酒精が回って気分が良いのか、ケラケラと赤ら顔で笑う赤住が冗談めかして締め括ると、銀の腕時計に目をやって、彼が此れから乗る予定の帰りの電車の時刻が迫っている事に気付く。
「ッと、もうこんな時間か。俺は帰るけど香はどうする?」
「私も帰るわ。一人で飲んでいてもつまらないしね」
其の日は其のまま何事も無く駅迄共に歩き、改札で別れてそれぞれが乗る電車で帰路に着いた。
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翌日の夜遅く、其の日の探偵業の依頼も無事に片付き、探偵事務所のオフィスデスクでカップラーメンにコンビニ弁当と云う些か不健康に成りそうな夕食も終えて何気なく仕事用とは別のノートパソコンでネットサーフィンをしていた香は、右上に表示された時刻を見て、仮眠室でそろそろ寝ようと画面に幾つか開いていたウィンドウを閉じてホーム画面に戻して電源を落とそうとした時、特別何処かの広告やリンクを押した訳でも無いにも拘わらず、唐突に一つの新たなウィンドウが現れる。
鮮やかな赤地に白字で『貴方は|好きですか?』と書かれた文字の下に入力欄が一つあり、右下隅に小さく『入居者一覧』と書かれたリンクがある。
「何此れ?」
ウイルスか何かか?と思ったが、襲い来る眠気もあり、さっさと消して寝ようと香は右上にある×を押してウィンドウを閉じようとするが、何故か閉じた筈なのに再び同じウィンドウが現れる。
其れを数度繰り返して苛立ち始めた時、《昨日の居酒屋で赤住から聞いた【赤い部屋】の話を思い出した》。
「…真逆、ね?」
内心の不安を誤魔化す為に、そんな非科学的な考えを態と表に出して笑い飛ばそうとした香だったが、鏡で態々確認せずとも、其の笑みが引き攣っている事が分かる。
幾ら上っ面の常識的思考が其れを否定しようとも、本能に近い第六感とも云うべき感覚が、目の前のパソコンに現れた【其れ】が、確かにそんな人間の下らない常識では計り知れない【何か】である事を感じ取り、其れが自らに襲い掛かる瞬間を虎視眈々と狙い舌舐めずりをする姿を幻視する。
《其の言い様の無い恐怖は香の精神に傷を付けると迄は行かずとも、確かに触れて揺さぶられる様な錯覚を抱かずにはいられなかった》。
次回、後編
因みに、【】は強調したい名詞やワードで、《》は技能等のダイス判定を表しています