真都 潜入2
本編です。
街は静かだった。
巡回している兵士はいるが、夜間に出歩いている住民はいない。
オレたちは内環部城壁の内側をこそこそと移動する。
フォルトはオレたちを街の洗い場へと誘導した。
「おぉ?、服がこんなに干してあるな。このあたりは下町ではなく、上流階級の下女が使う井戸だろう?。盗まれるおそれはないのか」
フォルトの指示でその衣装の中から合うものをしっけいしつつ、ラザン将軍が首をかしげていた。
「秋口になったからね。衣替えだよ。それぞれの館では干しきれなかった服がこうして干されてる場所なのさ」
なるほど。同じ時期に衣替えがくるせいで自分の働く館に干しきれなった服がここにかけられるのか。
下町だったら盗まれ、犯罪につかわれるかもしれないが、ここは上流の高級館街。治安も良いのだろう。
こうして盗人集団があらわれなければ。
「私はどうしましょう」
エステラはそのままで十分です。
いくつも並ぶメイド服はただのメイド服だ。エステラの戦闘のできるメイド服とは違う。
シアは裾の長いメイド服を選んだ。
理由は長いスカートの裏にいろいろなものを隠せるからだ。
「かわいい。」
・・・隠せるからだ。
「これしかないのか・・・」
「お、オレにもこれを着ろってのか」
男性服は選択肢が少ないらしく、線の細いシシールと王子は二人してメイド服を着るようだった。
・・・うん。微妙だ。
シシールは元々髪が長めだから遠目からなら女性のように見えるけど、王子は普通に似合わない。
王子はボーイ服を着た男性陣からもかわいそうな人を見る目を向けられている。
「・・・夜であるからな。まぁ気にすることではないな」
「うわぁ・・・うわぁ」
「すばらしいっ、ヴァーダリウス様。何を着てもお似合いですっ」
一人目が腐っているのがいる。
キラキラ瞳を輝かせているのはフォルトだ。
彼女は王子に心酔しているようなので放っておこう。
よし。みんな着替えたな。
「・・・パパ、どう?」
ん?。ロングスカートもいいものだ。これでメガネをかけてもらって、おしとやかな感じを増したら完璧かもしれない。
エステラが使わなくなったメガネがどっかにあったな。後でかけてもらうか・・・。
シア、似合ってるぞ
「ん。」
・・・よし、進もう。敵に出会わないように祈りながら。
食材搬入口にはたどりつけなかった。
「くそ、左の道に50人くらいいるぞっ」
「右からは民衆が・・・いっぱいですわっ。全部っどいつもこいつも芽が生えてますっ」
城へと向かうみんなの四方八方からこちらへと魔族が押し寄せてくる。
その体、そして頭には植物の芽がはえていた。
植物を操る能力、それを・・・こんな吐き気のくるような使い方をするなんて。
操られている魔族には意思がみえない。ただただオレたちを殺すために武器を持ち、向かってくる。
兵士も
主婦も
子供も
全てが。魔族のみならず、芽を生やした他の種族もすべて
すべて向かってくる。
「通路をくずす。ジェフリー、衝撃に備えよっ」
ラザン将軍は大斧を振り上げ、気合を込める。
「貴様らは到達することならず、わしの巌にはばまれよっ―――斧技《大地裂斬》!」
振り下ろす斧は張りだした城の一部ごと、建物を斜めに破壊した。
切り取られた残骸が雪崩となって、通ってきた道をおしつぶしていく。
崩れた衝撃で転がって来るガレキから盾で守られ、倒壊がおちつくと、道が無くなっていた。
・・・これで追いつかれることはなくなったかな?
「んーん。音が聞こえる」
音・・・
何かがガレキを登ろうとする音。そして崩れる音。
奴ら、体が傷つくことをいとわないのかよ。
この足止めもいつまでもつかわからない。機械・・・もしくはゾンビのように、オレたちを襲いにくる。
「いそぎましょう」
王子にうながされるまま、オレたちは城の正面から突入する道を進んでいく。
「パパ・・・魔王はどうして植物を使ったの?」
あぁ。オレもそこが疑問だった。
今までのように魔王の持つ”支配”能力で魔族とその配下をあやつればいいじゃないか。
確かにあれなら魔族を主に持たない獣人なんかでも言うことをきかせることができる。でもそれって真都の住人の何パーセントなのか、というくらい少数だろう。
そんな少数まで動員しなければいけないほど危機感があるならしかたないが。
植物を生やすことで、より深くまで支配することができる、ということなんだろうか。違いがないなら生やすこともないもんな。
「ん・・・。」
しかし、こわかったなー
無表情のまま体から植物を生やして全力追いかけっこだもんな。
体があったら、ちびってたかもしれん
追いかけられると恐怖で思考ができなくなる。パニック映画で登場人物たちがおかしな行動ばかりするのも納得である。
「上だっ」
シシールが叫んだ。
上?・・・上空かっ
空からグリフォンや飛竜、鳥や昆虫の魔物たちがこちらに向かってくる。
シシールとフォルトは弓に矢をつがえ、スキルを放つ。
近づいて来た魔物はエステラの魔術で落とされる。
「魔物にも生えてますわね」
芽が。
わりと育ってきてて小さな苗木くらいになってるものも多い。
「・・・そこの黒いの、先にいけ。ここは私だけで十分だ」
黒いの・・・というのはシシールのことだろう。
フォルトは矢を撃ち続けながらみんなの前に立つ。
「しかし、時間をかければ地上の敵もやってくるぞ」
「言われずとも知っている。隠密スキルがある。問題ない。それよりも足手まといにいられるほうがやりにくい」
弓の腕は確かにフォルトの方が上なようで、何度かシシールの矢が無駄撃ちになっていた。
足手まとい、とまで言われてしまうとここに残るのははばかられるのだろう。城を目指して進む王子の後に続いて駆け出してゆく。
「・・・死ぬなよな!」
それを聞いたフォルトが舌うちをしていた。
王子の後を追って走り出したシアに、フォルトのつぶやきが聞こえる。
「なぜ今の科白をヴァーダリウス様に言ってもらえなかったのか・・・!。どこまでも邪魔をするっ。しかたない脳内変換、脳内変換・・・」
シシールへのあたりがきついのはダークエルフだけが理由ではなさそうだ。
彼女の目には王子以外は路傍の石ころでしかないのだろう。
狂信的というか、いきすぎた偶像崇拝の結果というか・・・。
確かにファンタジー世界の『王子様』や『お姫様』ってあこがれるものだよな。つい雑にあつかってもいいような気がするのはなんでだろうか・・・とエステラを見ながら考えてしまった。