真都 潜入前
ゴーレムの体内から拾った宝石は《魔素治力》の特殊輝石だった。二つとも、数値は25%。どっちの石も《再器一式》で倍にしてある。
「これが核とは思いませんが、おそらくゴーレムの体に魔素を循環させるための重要な機構の一部だったのだとおもいます。なくなってしまえば代わりの物を用意するのは難しいはず。なので、あのゴーレム2体はもう動かないでしょう」
そんなことを言うのはディーアだったが、実際に次の日になっても、その次の日になってもゴーレムだった残骸は動き出すことなく、崩れたままの不思議なオブジェになっていた。
「・・・やはり、動かないみたいだな」
シシールがゴーレム石塊に弓の”技”スキルを打ち込み、すたこら帰ってきてそう報告した。
王子の天幕に一同集まってのことである。
石塊の付近には魔物も護衛をつけず、放っておかれているので本当にもう動かないのだろう。
「・・・では、本格的な魔王討伐のための話をいたしましょう」
一同の正面で椅子に腰かけていた王子が立ち上がりながらそう話し始めた。
天幕の入り口にいたラザン将軍が天幕の覆いを開け、半歩外に体を出してからうなずく。
「これはここにいるメンバーのみの、極秘作戦です。護衛騎士であっても、今ここにいなければ伝えないようにしてください」
いないメンバーとなると・・・夜勤のメンバーとベルティナ嬢の護衛に行っているディーアか。
ヴァーダリウス王子を筆頭に
タルティエ
ラザン将軍
ジェフリー
シシール
エステラ
シア
ついでにオレ。
たったこれだけだ。
「先日の襲撃により、残った二体の巨大ゴーレムに護衛が付くようになりました。おかげで敵の守りが分散する結果になっています」
護衛といっても1000人程度なので襲撃してできない数ではないが。ただ、護衛がいるとゴーレムの攻撃をかわさなければいけない場面が必ずある。あれがどんな攻撃方法を持っているのか、まだ不明瞭なのが怖い。
でも中の特殊輝石はほしい。
ほしいなー
「護衛には貼りついていてもらうために、巨大ゴーレムはそのままにします。騎士団がちょこちょこ敵の護衛にちょっかいをかけてくれるのでそちらは任せていいでしょう」
しょぼん
「それで、ですね。その間に私たちが本隊となって真都に潜入します」
聞いていた一同から小さな声がもれる。
真都潜入
最終決戦の始まりなのだ。
とうとう、戦争に終止符を打つための作戦がはじまろうとしている。
ドキドキしてくるな
「潜入のあてはあるのか?、正直街の中を移動するのは怖いんだが・・・。あそこは住人まですべて敵だと考えないといけないだろう。囲まれれば殺すことになるぞ?」
シシールの言う通り、魔王の”支配”によって魔族たちは人間種族とみれば殺すのが当然というふうに襲い掛かってくるだろう。
街全部が殺しにくるのだ。
ホラー映画だな
「潜入員の助けがありますから。そこは彼女を信じましょう」
彼女。潜入員。って、そんなのがいたのか。
「彼女・・・まさか、あいつか」
「えぇ。フォルトさんです。ずっと真都にいてもらっています。真都の情報のおかげでこうして潜入作戦もたてられるんですよ」
シシールがそれでも嫌そうな顔をしている。何か因縁のある相手らしい。
「さて、潜入したあとの手配はそういうことです。で、ですね、潜入するまでの手順ですが・・・」
王子は言葉を切ってこちらに視線を向ける。
「シア様、穴をお願いできますか」
穴。
掘ってくれと。
「ん。わかった」
シアは予想していたのだろう、問答もなく承諾した。
潜入といえば空か、地中か、あとは馬車の荷台のどれかだもんな。予想できていたと言えばそうだ。
なんといっても今回手に入った《魔素治力》の特殊輝石二つが大きい。二つ合わせてMP自動回復100%の増加で、かなりの時間連続して《虚無弾》を撃てるようになった。
高速穴掘り機の誕生である。
そのシアの穴掘り能力で潜入員が示す地点までの穴を掘り、安全に魔王のいる居城まですすむ。そういうことらしい。
「・・・決行は明日の夜。みんな、準備をしていてほしい」
シアには早めに穴掘りの要請がきている。
けれどその前に、レイウッドの所に顔をだした。
「レイウッド、いる?」
怪我人を看護している兵士に聞くと奥へいくように言われる。
テントの中は以前より落ち着いている。最近は大規模な戦闘が減って怪我人が少ないからだろう。
それでもけが人はでる。偵察任務で敵に遭遇することや、訓練中の事故、野良の魔物に出会うことだってある。
奥では大怪我を負った兵士へと治癒スキルを使うレイウッドがいた。
「この者に神の祝福を与えたまえ・・・《超再生》」
輝きが降り注ぎ、怪我でうめき声をあげていた兵士の表情がやわらかくなる。
すごいな。大怪我がもう、あんなに回復している
「・・・シアさん、ボクに用事ですか?」
レイウッドが以前と違って、なんだか落ち着いているように見える。
「・・・輝きが、ちがう」
「そうでしょうか」
髪・・・いや、なんだか存在自体に輝きが増えている気がする。
「レイウッド、もしかして昇位した」
「はい。ここは怪我人には事欠かない場所ですから」
1000の兵士を回復することはここではむずかしくないだろう。一度の戦闘衝突で数百の死人が出て、数千の怪我人が出る。
レイウッドはそれだけの人間を救ったのだ。
ゆえの”昇位”
種族 一角天馬
殺しに特化するか、癒しに特化することでしか成しえない特異な昇位だった。
「・・・それに、わかったんです」
レイウッドは自分の手をもう片手で握りしめてほほえみをうかべた。
「ボクのなかの”一角馬”は、きっとこのためにあったんだって。人を助け、人に頼りにされる。ボクが助けられなかった仲間の分まで、ボクは人助けをしてみようと思います。それが終わったら・・・その時はまた、自分の呵責に押しつぶされるかもしれませんが」
未来はわからないが、けれど今はやりたいことがみつかったってことか。
ひとまず不安だったことは大丈夫みたいだな。
「ん。よかった。レイウッド、今日は邪武器のことを聞きに来た」
「邪武器、ですか?」
「ん。レイウッドがグラフェン・テスラーに送った邪武器」
自分たちの未来がもうないと悟ったレイウッドたち亜人は、自分たちの死後、残されてしまう邪武器のことを偲び、作成者であるグラフェン・テスラーならなんとかしてくれるだろうと邪武器を送り出したのだ。
「パパが言うには、ヒュリオが手甲型の邪武器みたいのを装備してたって。思い当たるものはある?」
「手甲型・・・それはラァラの邪武器かもしれません。・・・・・・もう亡くなった仲間の。甲右『ひとみ』・甲左『ふたば』。本人が言うには、にぎやかな姉妹型の邪武器らしいです」
左右だから中身が二人の邪武器か・・・。スキル頻度も本来のスペックなら2倍撃てるのかもしれないし、ヒュリオが正当な所有者でなくてよかった。
あの夜は邪武器がスキルを使う様子はなかった。本来の所有者であるラァラが亡くなり、邪武器の二人も生きる意味を見失っているのかもしれない。
結局ラザン将軍の攻撃で籠手の片方は壊れてしまったし、残ったのは片方か。
そのままヒュリオに非協力的であってもらえるとありがたいな。
「ですが、ヒュリオですよね?。ボクの知っているヒュリオは大斧を振り回す鬼人のはずですけど」
・・・おおぃ
「まって、斧で、鬼?」
「はい。名前は憶えていませんが、女性型の斧の邪武器を振り回す、・・・確か食人鬼とかいう鬼の血が混じった亜人だったと思います」
斧・・・それに鬼か。シアよりも攻撃と耐久が高そうだったのはそのあたりを強化できる固有スキルがあったからか。”鬼”と言えばパワータイプ。
しっかし・・・食人鬼か・・・邪武器の《魂吸収》と似たような固有スキルを持ってそうだ。ちょっとやっかいかもな。
「・・・ヒュリオのこと、もっと教えて」
「うーん・・・基本的にあいつは街へ情報収集に行っていて、ボクたちと一緒にいた時間はかなり少ないんですよ。ここ何年も顔を出さなくなって、みんなもヒュリオが何をしているのか知らないようでしたし。あぁ、でもグラフェン様の所には割と顔を出しているようでしたよ」
隠居して使命にも積極的ではない仲間とは別の選択をしていたようだな。・・・結局ここでもグラフェン・テスラーの名前が出てくるのか。
魔王城攻略にはこの魔将の攻略が必要になるかもしれない。
「そう。・・・ヒュリオは、世界を崩壊しようと思うほど、この世界を嫌ってるの?」
「そんなことは無いと思いますけど。いえ、彼の心の内を詳しく聞いたことがないのでなんとも・・・すいません。やっぱり、ボクらでは彼のことはわからないですね」
そっかー
んー・・・固有スキルだけでもわからないものかなぁ
シアにそう聞いてもらうとレイウッドは答えた。
「ヒュリオは自分の固有スキルを嫌っていましたね。仲間内にも内緒にしていましたし・・・ボクは彼らのリーダーだから聞いていますが・・・。正直なところ、シアさんであっても彼のことを勝手に話すことはできません」
仲間ですから
レイウッドはそう言った。
リーダーとしての役割を失っても、レイウッドは彼らのリーダーであることは変わらない。
きっと、この先も長く生き続けていったとしても、レイウッドは仲間への責任を捨てることはないだろう。
そういうやつなんだ。
「・・・ん。わかった。レイウッドがそう言うなら、無理には聞かない」
「ありがとうございます」
シアはその後、グラフェン・テスラーの所に送られた邪武器の数と種類を聞いた。
全部で9本。
右手甲・左手甲・剣・剣・短剣・短剣・斧・槍・弓。
このうち弓がユエの邪武器だ。もし可能なら取り戻してください、と頼まれてしまった。
シアは見つけたら持ってくる、と答えた。
別れ際、レイウッドがシアを呼び止めた。
「シアさん、ヒュリオのことを教えることはできませんでしたけど、ボクはあなたにお礼をしたい」
「ん?」
「もし、誰か助けたい人がいるならぜひボクに声を掛けてください。ボクの《超再生》は一日一回までですが、瀕死の怪我でも治せるスキルですから。ボクはあなたに返せるものがない、だから、こんなスキルで恩返しなんてちょっと違う気もしますが・・・それでも。もし役に立つなら声をかけてください」
「・・・ありがとう。もしもの時は、声をかける」