ゴーレムの胸中に抱かれるモノ
夜陰にまぎれ、外壁を警備する兵士に気がつかれないようにゆっくりとゴーレムへ近づいていく。
幾匹かの魔物が警戒のために辺りをうろついているが、シアの放った《夜槍》とシシールの弓矢に貫かれ、静かに処理されていた。
メンバーは4人。
シア、エステラ、ディーア、そしてシシールだ。
「これ以上の距離はかがり火で見つかるだろうな。一つ目まで100。二つ目までがさらに200だ。・・・200を15秒で抜けられるか?」
「ん。いけるはず」
よーいドンでスタートから走り始めるわけでは無く、初めの100メートルで加速をつけトップスピードで200メートル走るのならシアの脚で十分にいけるだろう。
不安なのは残される3人だ。
この3人で動かなくなったゴーレムへの動力源交換を阻止してもらわなければいけない。
「ご主人様、気を付けてください。ちょっとでも危ないと思ったら帰ってきてくださいな」
「今夜の目標は1体。できれば2体の排除ですからね。無茶はしないでくださいよ」
エステラディーアの二人から釘をさされてしまう。
シアが無茶をするのはいつものことだが、流石に性能のわかっていないゴーレム相手にはそんな危ないことはできないと思う。
腕をロケットみたいに飛ばしてはこないと思うが、魔術くらいは使ってくるかもしれないし、安全優先で行動しよう。
「・・・ん。わかってる」
まだ言い足りない二人を手で制し、シアは姿勢を低くして走る準備を始める。
地面には木の根や落ち葉、藪や茂みが点在し、夜に走ろうものならとたんにすっころびそうな様相をしている。
「――行ってくる。」
シアは走り出した。根を避け、落ち葉をまたぎ、茂みを隠れ蓑にして。
闇魔術《暗視》
シアが常時展開している内発系魔術の一つだ。日常ではあまり使いどころがないが、今夜みたいな時には非常に役立つ。
足元が明るくなる。
かがり火の光が届く範囲に入ると外壁の上がざわめきだす。けれど遅い。
敵の兵士がシアへと魔術の狙いをつけるよりも早く、ずっと早くシアはゴーレムへと肉薄していた。
――始めるぞ。
《代償魔術》!
「《魔素喰い》っ」
シアの前面に広がる黒い楕円のフィールドが、ゆっくりとゴーレムを通り抜けていく。
《代償魔術》は《魔素喰い》の効果範囲、射程も倍増させる。胴体だけであればかなりの部分をその範囲内に収めることができるほどにだ。
ゴーレムの足元をすりぬけ、振り返らずに次の目標へと進む。
・・・よし、想定通りだ。ゴーレムの動きが止まったぞ
真っすぐに進むシアの代わりにオレが《魔素喰い》の効果を確認する。
魔素吸収のそれは、焦石から魔素をうばったようにゴーレムの中にある動力源から魔素を吸収し、ゴーレムをただの木偶へと変えてしまった。
・・・動力源、あってよかった。
たぶんあるだろう、という予想のもとで作戦をたてたのだが、無かったら大惨事だったかも。
まぁ、普通のゴーレムより明らかに大きく、過剰な機能が付いた特殊なゴーレムだ。ならその機能を維持、発動させる機構や動力が別にあるのではないか、とアドバイスをもらったからこその作戦だった。
あとのことは3人にまかせてオレたちは次のゴーレムへと足を向ける。と言っても、すぐだ。
15秒で次のゴーレムに到達でき・・・るな、よし。いけるっ
シアっ
「んっ、《魔素喰い》っ」
《代償魔術》の効果の乗った《魔素喰い》が2体目のゴーレムを通り抜ける。
ゴーレムはシアに向けてこぶしを振り上げたが、そのままの姿勢で動きを止めた。
シアはその足元を駆け抜けず、地面に制動痕を残しながら減速した。
そしてそのままオレを振るう。
蛇腹槍となったオレは甲高い音を響かせながらゴーレムの右足をももの所から切断する。体の支えを無くしたゴーレムは地面にその巨体を沈み込ませた。
外壁の上から矢や魔術が降って来る。
流石に魔族もゴーレムがいいようにされているのを見てあわてているのだろう。
「《龍変化》」
シアが《龍変化》を使用する。これで生半可な攻撃はシアにダメージを与えられない。聖龍の城の自動迎撃システムで実証済みの戦法である。
ふふふん、ノーダメージだっ
「たっ。いたっ」
・・・というわけもなく、意外とシアの防御を抜いてくる。流石魔族。
涙目のシアが頭をさすりながらゴーレムの巨体を盾にしつつ、その胴体部分に近寄る。
「《虚無弾》」
数発の漆黒の球がゴーレムの体を貫いていく。
・・・ん?何だあれ
虚無弾に呑み込まれずに、穴の中にコロン、と転がる何かがあった。
これは、輝石か?
手に取ってかがり火の光にかざすとキラリと光を反射するモノがある。どうやら宝石の類らしい。
ゴーレムの中に輝石が入っていた・・・。もしかして、これがゴーレムの核だろうか。
シア、もらっていこう
「ん。さっき倒したのにも入ってるかも」
オレたちは予定を変更して元来た道を戻ることにした。
《龍変化》で速力が半分に落ちてしまったのでのんびりとだが、それでもシアに攻撃をあてれる魔族はおらず、無事に一体目のゴーレムの所に到着した。
一体目は頭部を破壊され、胴体が魔術で氷に包まれていた。魔族の兵士が動力源を入れ替えるには氷を割らなければいけない。
しかしシアはせっかくのその加工を《虚無弾》で穴だらけに変えていく。
「・・・あった。」
さっきと同じように穴に残された宝石を拾うと、うっすらと輝いたのがわかる。《再器一式》の効果だ。
「・・・MPが、回復する」
なん、だと。
魔素治力か。MP自動回復の石をゴーレムの内部に入れて運用していたのか。はーん。
はっはーん(歓喜)
ぐはははは、下手をうったなグラフェン・テスラーめっ
これは全部もらわなくては。
あと2個あるな
「ん。・・・行く」
目を輝かせたシアがずっと遠くにいる2体の巨大ゴーレムへと目を向けた時、その間にある城門が開いていくのが見えた。
わらわらと、魔族の兵士が湧いてでてきていた・・・
あー・・・それもそうか。強力な戦力だと思っていたゴーレムが簡単に無力化されてしまったんだ。魔族も手をこまねいてゴーレムがやられていくのを見ているだけなんてことはない。
シアを排除しようと戦力を出してくることは必然だろう。
・・・どうする?援護があまり望めないし、帰るか?
「でも、たぶん明日からはもっとゴーレムの警備が厳重になる」
ゴーレムに警備が必要という科白もアレだが、確かにシアのいう通りだ。
今日みたいに楽にゴーレムに接近できることはないだろう。
出てきた魔族も急なことでそれほど数がいるとも思えないし、やるなら今日中のほうが楽そうだ。
・・・けど、無茶はしないでと釘をさされているしな。
「・・・ん。そうだね」
シアは拾った宝石を懐にしまい込むと壁の上からの攻撃を警戒しながら、外壁から離れる方向へと駆け出していく。
城門から出てきた兵士たちがこちらに気が付き、指をさしてくる。馬にのった兵士がシアを追いかけようとするが、走り始めるより早く、どこかから射られた矢によって馬の脚がとどめられる。
シシールの援護か。助かる。
闇にまぎれる。
もう追手は来ない。シアは王子の軍へと帰るのだった。