閑話 シエストリーネ3
「・・・・・・さて」
保健室の先生以外にご退室願い、部屋には私と先生とレイウッドの3人だけになった。
レイウッドの拘束されているベッドを私と先生ではさむ。
「もし彼が舌を噛むようなことがあれば、治癒魔術はお願いしますわ」
「わかりました」
用意もできたようなのでゆっくりと口に咬ませた布を取り去る。
とたん、レイウッドは口を開いたと思うと歯を立て、舌をかみ切ろうとする。
「ダメッ」
とっさに口に指を入れる。
いたい・・・っ
レイウッドも驚いたのか、噛むあごから力が抜け、戸惑いがわかった。
「・・・・・・・・・・・・レイウッド様、あなた、逃げることしか考えていませんわね」
私はそう言いながら彼の口から指を抜いた。
「自分の罪から逃げることしか、見えていませんわね。・・・私もそうでした。あの日、私だけがグラッテリアの大災厄から逃げおおせて・・・その後悔から、逃げることしか見えていませんでしたわ」
「大・・・災厄?」
知らないのか。彼らは人から隠れ、隠者のように生活していたと聞いた。情報の得られない生活をしていたのなら、そんなものなのかもしれない。
私の話をしましょう、と断ってから話を始める。
あの日、王族だった私はご主人様への言葉を悪意でうけとった第三者によって、魔族を排斥する一団の旗頭にされた。自分の知らぬ間に、私が首都を燃やす連中の仲間にされたのだ。
首謀者が捕まるとともに私にも罰が言い渡される。
グラッテン王国から出ていくこと。そして魔族領で魔族のことを学ぶこと。
私はその日、国を出るために首都から馬車で護送されていた。
その直後に”崩壊”や”大災厄”と呼ばれることになる、首都の地震と噴火がおこった。
突然のことに首都から逃げ出せた人は多くなかった。
長い噴火により町は灰に沈み、今は住む人のいない廃墟に変わっている。
学園のクラスメイトも、馴染みの商人も、自分を盛りたててくれる貴族も、兵士も騎士もそこに住まうすべての人たち、そして私の家族・・・そのすべてが一夜で・・・。
死んでしまった
私を残して。
私は私の罪によって生かされた。
皮肉としか思えない。罰をうけるべき私が生き残り、そして生きるべき人たちがいなくなる。
まともに考えれば頭がおかしくなりそうな数の矛盾。
一人の私に対して、数万、数十万の死が私の後ろに重責のようにのしかかっている・・・そんな幻想を垣間見ることがある。
夢の中で、いや、首都を想うときに。
「・・・あなたは・・・そんな重圧から、どうやって心を保っているのですか」
「復讐を誓っていますから」
私は答えた。
「あの大災厄を起こした犯人に、いつか報いを受けさせること。それが私の生きる意味だと思っていますわ」
「・・・強いのですね」
強い?それは違う。他に暗闇から一歩を踏み出す理由が見つからなかったのだ。
そして今、同じように一歩を踏み出す理由がみつからない人間がいる。
彼にも理由が必要だった。
私と同じように、レイウッドに目標となるものを設定してあげればいいのだと思う。
「報い・・・ならば、やっぱりボクも・・・みんなを死なせた報いを受けなくては・・・」
は?
何でそうなるのか。
自分に都合のいい部分しか見えていないということか。
いつまでも悲劇のヒロインを演じて本当に向き合う部分に目を向けないつもりか。
ぶんなぐりたい。
ごっ
と、こぶしが痛くなった。
「あら、殴ってしまいましたわ」
殴られた本人はなぜ殴られたかわからずぽかんとしていた。
むしろ先生が文句がありそうな顔をしていた。まぁ、何も言わないのだけれども。
「あなたね。私は生き残ってしまったからには何らかの責任を取りなさいって言ってるのよ」
「え・・・」
「私が王族として、国のために復讐を決意したように、あなたにも責任があるでしょう?」
レイウッドは口を閉ざす。ある一方にだけ目を向けて、今までもう一方を意図的に見ないようにしてきた。
「死んだ仲間のため、死なせてしまった責任のため、って言うのなら、そう言うのなら、あなたには別のことへの責任もあるわよね」
見ない部分を、指摘するのだ。
「生きてる仲間の責任はどうするのよ。あなたについてきて、あなたを信じて、これまでいっしょにきた仲間は。もしくはご主人様みたいに別行動だけど、でもあなたから何か共感する部分を得た仲間は。あなたがいることで今まで何かしらの影響を受けてきた仲間の気持ちを丸ごと無視して、自分だけ満足してるんじゃないわよ」
「つっ・・・」
「で?、あなたの仲間は生きてないわけ?。何人かはいるのよね」
「・・・ユエに、シアさん。あともしかすると、ヒュリオ・・・」
ヒュリオ。
私の復讐の相手。
ご主人様とは進む方向が違ってしまったが、本来ならご主人様亜人たちはヒュリオのように魔王を守り、聖剣を壊すために生みだされたのだ。
けれど今はレイウッドを説得するために目をつむろう。
「ほら。3人も生きてるじゃない。今あなたがすることは先に逝った仲間を追いかけることじゃない。仲間を少し待たせてでもその3人にあなたがしたことのけじめをつけることよ」
「けじめ?、た、確かに、ユエには悪いとは思うけど・・・ヒュリオやシアさんには関係ないと思うよ」
私は少しいぶかしんでレイウッドを見下ろす。・・・どうやら本気で自分のやったことを理解していないようだった。
「一応確認しますが、あなた、”邪武器”が聖剣を壊せることを知っていますわよね」
「使命だから、そうなんじゃないのかな」
「では、聖剣を壊すとどうなるかは、わかっていますか?」
「え?、・・・壊れるんじゃ?」
あー
知らないということの、なんと罪なことか。
知らないで邪武器を手元から手放したのだ。
「・・・ユエ様の邪武器を取り戻すこと。これはあなたがやらなければいけないことですわね。そしてもう一つ――」
「―――邪武器が”世界崩壊”を起こす引き金にならないように、管理することですわ」
「世界、崩壊?」
「・・・・・・グラッテン王国とルデリウス神聖国を襲った大災厄は、どちらも邪武器が”聖剣”を壊したからおこったのですわ。聖剣とは世界とつながる星神の武器。聖剣が壊れれば、その聖剣を生んだ星神の力にも影響を与えます。今、”魔”属性の聖剣と”土”属性の聖剣が壊れたことで世界から”魔”属性と”土”属性の力が弱くなっていますわ。・・・そしてこのまま聖剣が壊され続けることがあれば、世界はもっと不安定になります」
「・・・・・・」
「そうしないために邪武器は管理されていなければいけなかったのですわ。けれどあなたは・・・あなたの仲間は邪武器を手放してしまった。知らなかったとはいえ、そのせいで今後、何がおこるのかわからなくなってしまいましたわ」
制作者のグラフェン・テスラーに送ったと言っていたが、彼女が自分の造ったモノをきちんと処分してくれるならいい。けれどどうなるか、誰の手に渡るかも不明ではとても安心できやしない。『武器』という形状をしているのなら、持ち主が変わることだって十分にありえることなのだから。
「邪武器が・・・世界を崩壊させる・・・?」
「そう。そしてそれを行っているのが、あなたの仲間のヒュリオと呼ばれる存在ですわ」
「ヒュリオ、が・・・世界崩壊・・・まさか」
信じられないかな。けれどその仲間であるレイウッドにも同じことができる。
彼の肩にかかった責任は彼が思う以上に重い。
さっさと生きるだの死ぬだのというレベルではないと気が付いてほしい。
レイウッドが少し落ち着いたようで、私はシア様に声をかけた。
再びみんながやってきてレイウッドと対峙する。
自殺しよう、という行動はおさまった。今は私が言ったことがどれくらい本当なのか、それをどうにかして確かめようと考えているようだった。
「レイウッド、どう確かめたい?」
「シアさん、・・・ボクらは知らな過ぎたみたいだ。人と関わらないように生きてきたせいで、何も、何も知らない。今、それが罪につながるかもしれないってことを・・・初めて理解しているところです」
「死ぬ気は、ひとまず収まった?」
「はい・・・保留中、ですけどね」
それでも十分だ。
レイウッドはやっと、他人の言葉に耳を傾けはじめたのだ。
「ん。そして私に、妙案がある」
「妙案、ですか」
・・・・・・ご主人様の妙案。
・・・あぁ。
レイウッドの昇位に必要なのは角で1000を殺すか、もしくは1000を回復するかのどちらかだ。
人の姿の彼に角はない。なので殺害数で昇位することはできない。なのでもう一方。
一同はレイウッドとユエを連れて王子軍のいる最前線にもどってきた。
闇夜の中に炎の明かりが見える。
「・・・戦闘していますわね。また敵の夜襲ですわね」
夜襲はいつものことだ。
陣営に囲まれた広場に降りるとすぐにご主人様に声がかかった。
「シア様、良かった、もどられたのですねっ。今ほとんどの騎士が対応に出ています、シア様も早く王子の所に行ってください」
それだけ言ってその兵士は慌ただしく走って行ってしまった。
「様子がいつもと違いますわね」
「ん。何かあった・・・みたい」
ご主人様は地面に伸びている蔓っぽいものに目をやりながら歩き出した。・・・こんな蔓もなかったと思うのだけれど、何に使うんで持ってきた物だろうか。
「どうしました?」
「ん。何でもない。レイウッドはこっち」
ご主人様は王子のいる天幕にむかわずにレイウッドやユエ、そして龍二人をつれてぞろぞろと人の出入りの多い天幕へと入っていく。
「なんだ!、また怪我人かっ、重症ならこっちつれてこい、軽傷なら舐めとけっ、手が足りないから包帯なら自分でまいとけっ」
「術士、ディアンゴが血を吐いたぞ!血を吐きながら白目むいてる!」
「おう、今いく!」
治癒魔術が使える術士が慌ただしく働いている。
「シアさん、ここって・・・」
「ここは回復所。術士ー」
「なんだ!いそがしいんだ!」
「レイウッド。治癒スキルがあるから使って。」
そう言って彼の背中を押すと天幕内の術士たちがいっせいににレイウッドに視線を向ける。
「治癒スキルがあるのか!、スキル名は何だ!?、魔力は今いくつある!」
「血は大丈夫?、内臓は?、死体みても倒れないかしら」
「ポーションは何味が好きだ!?今なら魚味がいっぱい残っているぞっ」
次々に投げられる言葉の勢いにレイウッドは尻込みしているようだ。ご主人様のそでを掴んでビクビクしている。
「ひっ・・・人がいっぱいですよっ」
「そっちですかっ」
世間馴れしていないとは思っていたが、人の数におびえていたとは。
隠遁生活長すぎだろう。
これでは先が思いやられる。
「・・・じゃ、がんばって」
それだけ言ってご主人様はレイウッドに背中を向けた。
「ええっ、ま、まって・・・せ、説明してくださいっ」
短マントのはしを掴まれ、しかたなさそうに後ろを振り返る。確かにこれだけでは説明が不足しているだろうと、私も思う。
「本当か知りたいんでしょ。だからいろんな人に話が聞けるし、ついでに治療もできる。ばっちり」
説明下手かっ
「まぁ、そうですわね。レイウッド様が知りたいことはここにいる人たちからも聞くことができますわ。それに昇位の条件の一つも達成できますから・・・昇位するしないは置いておくとして、その条件をこなしておく分にはいいと思います。それに、せっかくのスキルです。必要とされるなら使わないと損ですわよ」
「ううぅ・・・く、た、体調が悪くなってきました」
それを治すためにもがんばってもらいたい。
レイウッドを回復所に置いてきてみんなは王子の所にいそぐ。
「・・・レイウッド様はあれでなんとかなりますわよね」
まだ安心できる心境ではなく、そんな言葉が私の口からもれる。
思ったよりも彼に感情移入していたようだ。
「レイウッドは平気だよ。彼は人がいいから、苦しんでる人を見捨てない。そしてやることがあるなら、きっと何をするべきか、きちんと考えられる」
彼をよく知るユエ様が断言してくれる。
確かに本来のレイウッドはみんなをまとめるリーダーだった。
きちんと考えられる冷静さがあるなら、きっと――。
そう思えた。