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邪武器の娘  作者: ツインシザー
人族領 軍隊編
185/222

閑話 リッチ3


閑話 リッチ


 真都まで人間の軍団がせまりつつある。

 人の身にとっては暑さと水分不足でたいへんだろうに、精力的なことだ。

 朝駆け夜駆けに加えて道中の食料と水をのきなみ使えないようにしろと兵たちに指示しておいた。畑の食料には幻惑キノコの胞子を、水や川にはゾンビウルフの血肉を流し入れるように。

 そして彼らの後方から来る補給部隊も襲撃するように命令していたが、そちらは守りが硬いのかあまり効果は出ていない。

 それでも人の気勢を削ぐことができていた。

 いや、気勢を削ぐことくらいしかできていなかった。

 兵の練度が高いのもあるだろうが、その戦闘力は高く、どんどんと真都まで迫ってきていた。

 流石にまずい。

 ゆっくりと後退するはずが、予定よりも大幅に押し込まれてしまっている。

 それもこれもビルグロがどっかに行ってしまったからだ。

 この戦線はもともと二人の魔将で支えるつもりだったものだ。それを今は一人で支えなければならなくなった。

 無理である。

 どうしようもない。

 ただでさえ戦力としては心もとない不死の軍団が、前線を押し上げられているせいで戦場で新しい死体の補充さえできないでいる。戦力が増やせない。

 お手上げ状態だ。


 どうするか・・・いや、答えは出ている。

 もう逃げ出すか、籠城するかのどちらかしか手はない。

 こんなことなら人間の大虐殺を始めたときに請願してでも死体を集めておくのだった・・・。

 いまさらである。

 魔王が人間憎しのあまり、兵として人間を使うことをよしとしなかったのだ。

 人間はダメ。ならばその死体は?、というグレーゾーンの部分だったが、どうせ戦争が始まれば補充する機会は多いだろうと高をくくっていたのがあだになった。


 人間の大虐殺と言う極端な害意は大きな反作用を生んでしまった。

 復讐と同胞を殺させないために、魔王の早急な討伐を招いたのだ。

 魔王自身が招いた悪行の結果である。



 リッチは信頼できる部下を呼び、指示を出す。

 魔王の失策に巻き込まれるわけにはいかない。

 知恵の無いものは勝手に自滅すればいいのだ。

「所詮、豚は豚であったな。人の姿を取ろうとも、先を見通す知能は簡単には得られなかったか・・・」

 今代の魔王はオークからの昇位である。

 オークから魔族になったモノではなく、オークからそのまま魔王になったのだ。人の姿になったのは”魔王”になった、その時からだった。

 ”魔族”に昇位したときには知力が上昇する。

 けれど魔族を経ずに”魔王”に昇位するとどうなのか。わからない。が、今の魔王を見ていると特定の感情のみに強く支配されているように思える。

 『人を殺す』ということに。

 魔王にかけられた呪いに。

 迷惑なことだ。



 リッチは朽ちて放棄されていた一軒家の一室で、自身が持ち込んだイスに座りながら頭を休めていた。

 思考には栄養がいる。人の姿をしていたころなら補給する方法もあったが、骨になるとそれもままならない。自然治癒力でもどるのを待たなければならないのだけは不便だった。

 まぁ、時間をかければいいということ。時間ならいくらでもある。朽ちない体を手に入れてから、時間というものは他者を縛る毒でしかないと理解していた。自身にとってはただの休息だ。

 あぁ、ゆっくりと脳(?)に栄養がしみていく・・・


 ふと、にわかに外が騒がしくなる。

 殺気立った気配が聞こえる。

 リッチはイスに預けていた体を起こし、部下に見てくるように指示を出した。

 その部下が戻って来るよりも早く、別の霊体が現れて口を開いた。

「報告します。魔王様より借り受けていた”犬”が暴れ出しました!。ここの守りの兵士たちを倒していますっ」

「・・・炎獅子の部下か。やっかいだな、あれらは”火”を使う・・・原因は何だ?」

「それが・・・長期移動の準備をするように指示したのを聞いたからとしか・・・」

 犬だとあなどっていたか。

 こうなれば借り物だが始末してしまったほうがいいだろう。

 指示を出し、しばらくすると喧騒がおさまる。

 ・・・どうやら処理が終わったようだ。

 扉がノックされ、部下が入って来る。


 ――魔王を伴って


 がたっ、とイスを立ち上がる。

 今、自分は骨でよかった。驚きに見開かれる目や口元から感情を読まれることがない。

 けれど・・・けれどこれはどういうことだ。

 いくら真都に近いとはいえ、これほど早く魔王がここに来れるはずがない。

 元から近くまで来ていたか?。


「・・・・・・これは魔王様、このような場所までおいでになられるとは。救援の要請にこたえていただけたということですかな」

 魔王は部下を二人つれて入ってきた。子供。子供だ。

 ふんわりした印象の獣人の少女と、赤い髪で剣呑な雰囲気をしている少女だ。

 護衛か?、それにしては心もとないような。

 魔王は部屋を見回し、一人残っていた部下の霊体に手を伸ばした。

「邪魔だな」

 そのまま握りつぶした。

 霊体を、手で・・・どんな技術だ。魔術の付与か。

 光になって部下が消えていく。


「何のつもりですかな」

「・・・リッチよ、どこに行くつもりであった」

「・・・何のことですかな」

 知られていたのか。監視されていたか?。

 魔王はチラリと後ろに立つ獣人に目を向けた。その獣人が小さく頷いて前に出た。

「大獅子さんが教えてくれましたです。あのこたちはあなたが思っているよりもいろいろ知っているですよ」

「・・・犬の言葉がわかるのか。だがその耳は兎ではないか」

「獅子さんは犬種ではないですよ。どちらかというと猫種です」

 ・・・・・・・・・・・・さて、どこまで言いくるめられるか。

「王よ、どこに行くも何も、勘違いである。ワレは物資を後方へ下げるよう指示をだしたにすぎぬ。人の軍勢はワレだけで抑えられるものではない。時間をかけることで戦力を削ぎながら、援軍を待っているところである」

「そうか。では指示を出しなおそう。《不死の王》リッチよ。これより貴様と貴様の軍勢には人間の軍を攻めてもらう。すべての兵士を殺すまで、すべての兵士が殺されるまで、やつらを貴様の力で蹂躙してくるのだ」

 正気か?。

 何を言っているのか。それではただの無駄死にではないか。死の軍団の戦力は爆発力にかけるが持久戦に強い。時間をかければかけるほど有利になっていくというのに、それを突撃しにいけだと?。正気とは思えない。

 だが、ここで否と言うわけにはいかなかった。

 魔王の勅命である。

 本来なら契約の魔術に縛られているはずの自分は、この命令を承諾するしかないのだ。

 偽装によってその契約を回避していることがばれるわけにはいかない。

「・・・承諾い」「加えて命じる。リッチよ、《呪魂》を使用せよ。《呪魂》により種族を昇位させよ・・・貴様の魂を生贄にな」

 ・・・なぜ知っている・・・なぜ知られている

 どういうことだ

 どういうことだっ

 誰が!どうしてっ

 ――賢者、そうか、賢者ロンメルかっ。いや、それともグラフェンかっ


「貴様、《呪魂》をなぜ知っているっ。わかっているのか、そのスキルは!!」

「あぁ、やっぱり契約を受けてなかったようだね。ポステリアの言うとおりだったな」

 赤毛の少女がニヤニヤと笑う。

 主の命令を承諾できなかった時点で契約を疑われるのはしかたない。

 事実、契約などしていない。

 だが、もうどうでもいい。

 《呪魂》は種族”死霊王”になった時に覚えるスキルだ。魂を燃やすことで自身と、自身の配下すべてを昇位させることができる。―――魂が燃え尽きるまでの短い間のみ。

 ”死霊王”が最期の命を燃やし、燃やさせ、決戦をするためのスキルだ。

「魂を燃やせ、リッチよ。不死の軍団の主としての矜持を示せ」

「・・・・・・断る。王よ、貴様には不死の者がなぜ生に固執するかわかるか?」

「?、何が言いたい」

 知る者は少ない。

 数は少ないが、ごくまれに不死者とならない存在がいる。

 不死とならないのは満足して死んだ魂。

 幸せの中死んだ者は不死者にならないのだ。では逆は?。

 不死になる者は、まだ望みを残した魂である。自分のように、求めるモノがある者たちは死にあらがい生を求める。


 ”生きたい”


 その願望をかなえるために、自分がいる。

 自分という存在は、生かすために存在すると思っている。

 姿かたちをかえ、思考力を無くし、それでも生をあきらめず、そしていつか自分と同じような高みへと至る存在になるために。その時のために。

 自分がいるのだ。

 生前の願望をかなえられるものなど、一切れもいないだろう。それでも、望むのならば与えてやる。願うのならば道だけは作ってやろう。

 それが”王”の称号を持つ者の役目だと思っているのだから。


 ・・・けれどスキルを使えばすべてが終わる。

 無理な昇位をした配下は、同じように魂を消耗し、そして――王と共に消滅するのだ。

 魂の消失は完全なる”無”。

 兵のために有った”王”が、王のために”兵”を消費する。それが《呪魂》というスキルだった。

 ゆえに、リッチはスキルの使用を拒否する。

 同じ”王”でありながら、その在り方は対極にいるようだった。

「やはり魔族にとって”魔王”とは呪いであり毒か。浄化し祓わねばならん。――《深淵解放アビスゲート》」

「なっ、魔術!?、いつの間にっ」

 開かれた漆黒の穴が家ごと自分たちを深淵へと呑み込み始める。

 会話中床下に方陣を描くことなど造作もない。

 兎の獣人が入り口の扉を開けようと取っ手を掴む。

「《影縛り》」

 黒い鎖で扉が覆われる。

「あ、開かないですっ、ヒュリアリアさん、壁を壊してくださいですっ」

「させぬ。《闇霧ダークミスト》並びに《麻痺網パラライズウェブ》」

 黒い霧に続き、蜘蛛の巣状のネットが3人に向けて放たれる。広範囲の麻痺の網。効果は高くないが回避がしにくく面倒なスキルだ。

「《支転掌》っ」

 真っすぐに飛んでいた網がまるで突然方向を捻じ曲げられたように天井に貼りついた。

「ぬっ?」

 赤毛の少女は網に触れた左手の手甲を脱ぎ捨て、こちらに飛び掛かってくる。

 速い

 武器を携帯していないかったから魔術師かと思っていたが、これは戦士の速さだ。

 その速度に対応できる魔術は方陣の速いものだけだ


「《火矢フレイムアロー》っ」

 3本の火矢が少女の身を焼き焦がす。けれど止まらない。

 少女は体の一部を炭化させながら、両手でリッチの体に触れた。

「《絶衝》っ」

 骨の体が痺れる。

 一瞬の硬直――けれど、その一瞬に、少女は懐から取り出した首輪をリッチの首にかけた。


「魔王様!」

「《時定め》、《縛錠バインドロック》っ。主である我が命じる、リッチよ、《深淵解放アビスゲート》を解け!」


 その命令を聞いた瞬間、自分の中のロジックが無理やり書き換えられるのを感じた。

 《深淵解放》が解除される。

 家の沈殿が止まった。・・・これは、自分の意思ではない。

 この首輪は契約の魔道具・・・”支配の首輪”か!?。伝説級の魔道具だぞっ。どこでこんな物を見つけてきたのかっ。


「リッチよ、我を主とし、害成すことを禁ずる。・・・そして再び命じる。《呪魂》を使用し、人間を殺せ。人間を殺しつくすか、それとも貴様が朽ちるか、そのどちらかが訪れるまで、戦い続けよ」

「・・・・・・承知いたす。・・・・・・《呪魂》」

 やめろ!

 という心の叫びは届かなかった。

 《呪魂》は成された

 体が作り変えられる。もう一段、強い種族へと。おそらく今、すべての配下にも同じことが起こっているだろう。

 ゾンビからグールへ

 スケルトンからハイスケルトンへ

 ウィスプからバンシーへ

 ゴーストからレギオンへ

 グリムリーパーからソウルイーターへ

 全ての存在が昇位する。

 その魂を燃焼させながら。

 燃え尽きるまでどれくらいの猶予があるだろうか。このスキルを使うのが初めてなのでわかるはずもない。

 急がねばならない。

 消滅までのカウントダウンは始まってしまったのだから。


 リッチは移動し始める。これから人の軍勢に襲撃をかけなければならない。

 魔王のことも、その部下のことも、もう頭にはない。命令を忠実にこなすことだけがリッチの認識のすべてだからだ。

「・・・成功したようだ。ヒュリアリア、ポステリア、そなたらとその仲間たちの助力に感謝しよう。そしてこの度の功績をもって、我はヒュリアリアとその仲間に”魔将”の称号を与える」

「ありがとうございます。今後も変わらない忠誠を私の王に捧げます」

「あぁ。ポステリアはどうする。望みはあるのか」

「母が魔王様を研究したいって言ってたです。それを叶えてあげられるとうれしいです」

「・・・却下だ。他のものを望むがいい」

「ですか。うーん思いつかないですね。・・・あぁ、そういえばありましたです」

 リッチの耳にはなにも入らない。

 獣人の少女が、この朽ちた家に似つかわしくないきれいなイスを見ながら言ったことも。

「私用にちょっと小さな椅子が欲しいですね」

 部屋をあとにする。これより、最期の戦闘に向かう。

 全てが 灰になるまで


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