閑話 過去 シエストリーネ
閑話 過去 シエストリーネ
グラッテリアの学園に入学したが、代わり映えなどしないと思っていた。
ほとんどの生徒が初等部から中等部への持ち上がりなのだ。
貴族階級がそのまま反映されているような私のグループが、中等部でも変わらず幅をきかせることだろう。
私は王族の娘なのだから当然そうなる。
誰もが私の顔色を窺い、へりくだる。
そう思っていた。
初めて会った時は一人に見えた。無表情で、退屈そうで、まるで私たち貴族が大切にしている物まで、どうでもよさそうな空気を纏っていた。
彼女は貴族でありながら、”貴族”ではなかった。
それなのに、いやそのせいもあってか、彼女は生徒から一番注目される生徒になっていた。
私よりも注目される。
気に喰わない
美少女だから?
学生を越える戦闘能力があるから?
いつも黒い槍を片手に持ち、のほほんとしているこの娘をぎゃふんと言わせたかった。私の足元に跪かせ、私を賛美する言葉をその口から紡がせたかった。
おそらく私は、この娘が欲しかったのだろう。
そのことに気が付いたのは何もかもを無くし、グラッテリアから魔族領へと護送されている途中だった。
黒い姿が見えた。
自分の育った土地、育った国の景色を、最期に目に焼き付けようと窓ごしに見ていたときだ。
自分の馬車の、すぐ近くを黒い髪とマントをなびかせて走っている少女がいた。走って、そして追い越していく。
馬車よりも早く。
鼻水をふいてしまった。なんで馬より早いのかと。
その後に何でここにいるのかと。
彼女――シア様は首都から退避して、魔族領のお嬢様の所にいく途中だと言う。
魔族領。
同じ目的地だ。これはもう、ついて行くしかない。なんとしてでもここで彼女を確保しないといけない。
全てを無くした私の目の前に現れた、小さな小さな導き星。
向かう場所が同じなのはたまたまなのか、それともすべてを無くした私に与えられた、最期の贈り物なのか、・・・私は贈り物だと感じていた。
いっしょに同じ悲しみを知り、嘆いてくれる。そんな贈り物だと。
彼女を手放してはいけないと思った。
魔族領までの護衛を頼み、一緒に行動することが増えた。
ただ、すぐに魔族領へは向かわずに彼女の領地にいて、首都から逃げ出せた人や崩壊の原因を調べていた。
あの崩壊には魔族がかかわっている。
彼女はそれを知っていて、魔族を探すように人に指示を出していた。
何かを知っている。
私が疑いを持ったのはこの時だった。
クラスになじまないのも、貴族として知識がないのも、彼女には目的があったからではないか?。
崩壊への手引き。起こしたのが彼女だとは思わないが、彼女は首都で魔族が暗躍するための手助けをしたのだと、そう考えた。
私の心はぐちゃぐちゃになった。
唯一の頼りを失ってしまうのか、何を信じていいのか悪いのか、どうすればいいのか、もう何もかもわからなくなった。
そうしてそのまま、私はグラスマイヤー領から魔族領へと移り、魔族領の学校へと送り届けられる。
彼女との別れだ。
学校は空虚だった。
ここには私を取り巻く貴族の子供たちはいない。優遇してくれる教師もいない。かわりに時間があった。
考える時間だ。
これから魔族領で生きていく私には、できることが一つだけある。
あの崩壊の真相を探ること。誰がやったのか、そして、誰が裏で糸を引いていたのか・・・まぁ、裏で糸を引いていたのが誰なのかは、わりと普通にわかってしまった。
何せ生徒の間でも公然の秘密としてうわさが流れているのだから。
魔王の復活
人種族の領土で二度も国を崩壊させようなんて輩は魔王しかいないだろう。
くふふ、復讐。とてもいい響きだ。そうだ、シア様がかかわっていたのならば彼女をつけまわしてもいいのだ。
ぐちゃぐちゃだった私の心に一本の光明が輝いた瞬間だった。
彼女のすべてを暴き、そして白日の下にさらし私の足元に跪かせる。あの少女を私のモノにする。
そのための”復讐”という免罪符を手に入れてしまった。
けれど目標ができて魔族領でやっていこうと思えたのは短い間だけだった。
私の死である。
イズワルド王国の工作員が私の誘拐を計画していたことがわかり、私はシア様たちと話し合いの結果、死んだことになったのだ。
さらば貴族。さらば輝く青春。
そうしてシア様の配下『銀髪おさげの戦闘用メイド』ができあがった。
そう。私はシア様の”配下”になったのだ。
逆だろうと思う。私がシア様を配下にするのだろうと。けれど魔族領にいるかぎり、どうやら人種族は誰かの配下になるしかなかった。人族領域に帰るならまだしも、魔族領域に残るのであればしかたない、誰かの配下になりとどまることにしよう。そして配下になるのならば、やはり一番の執着ある人物にしよう。
そんな流れで配下になったのだ。
くふふ、監視対象がそれと知らずに自分を側におくなど愚かなことだ。
日に付き従い、夜に物陰から観察する。
食べ物の好みも、武器の扱い方も、トイレの時間からお風呂の入浴時間まで、すべてが手に入る環境。
――至福である。
あれ?、なんだかこれで十分幸せなのではないか?
などと、ちょっと思わないでもなかった。
けれど私は”復讐”を忘れない。
えーと、そうっ、首都にいた人々の無念をはらすために、こうしてメイドの身に伏しているのだから!
そんな私の復讐は、ある夜唐突に終わる。
シア様とシア様のお嬢様の会話をこっそり隠れ聞いていた時だった。
な、なんと、首都崩壊の犯人はシア様と同じ魔族の血が流れる貴族であり、そしてシア様と敵対している相手だったのです!
しかもシア様は崩壊を止める方――世界を守ろうとする側でした。
私が誓った復讐は、シア様と共にできるものだったのだ。
私は自分を恥じた。今までいろんな情報を入手してきたというのに、本当に大事なことが分かっていないじゃないかと。
そして心を入れ替えることにしたのだ。
シア様を信じよう
シア様と共に進み、シア様を守り、補佐し、世話をすることが私の目的であり、そして幸せなのだと。
こうして私はご主人様のモノになって行ったのである。くふふふふっ
その後もまぁ、、魔王の号令で殺されそうになったり、ネコ耳を付けたり、温泉に入ったりと色々なことがあってシア様は人種族を守るために魔王と対峙することを選び、世界を守ることもあきらめず今日に至る。
結局何が言いたかったかというと、ご主人様は。
”守る”人だということだ。