閑話 シエストリーネ 続
閑話 シエストリーネ 続
一同は緑龍に乗って、まず一番に空に浮かぶ島へと向かった。
「病人の看護に施設を使わせろじゃと?嫌じゃ。私は暇ではないのじゃ。帰れ」
聖龍――ラナ・D・ウロボロスだ。
まぁ、そう言われるのだろうと思っていた。
突然訪れて城の施設を貸してほしい、しかも病人を預けたい、などと言われて許諾する人はそういない。
「んー、どうしても?」
「ふむ。どうしても、と聞かれるなら妥協点を考えてやるのじゃ。確かにうちの『保健室』は世界最高じゃ。世界最高の医学、最高の薬品、最高の衛生環境、最高の医療提供ができる保健室なのじゃ。これは基本的にうちのスタッフのためにそろえた施設じゃ。もちろん客にも提供しないわけでは無い。しかし、客の知り合いのために提供しろと言うのは筋が通らない。それを呑み込んでは知り合いの知り合いの知り合いにも提供しなければいけなくなる。すべからく世界中にこの技術を与えることになるのじゃ」
技術を与えると言うのは悪くないことのように思うのだけれど。
「”掟”ほどではないがな、進みすぎた技術は”掟”のような物とも言える。”魔術”すら超えた超魔術じゃな。それは世界をおかしくするのじゃ。それはあまり私らの望むことではない。・・・まぁこのあたりは建前じゃな。私は知恵、知識というものに重きをおく。私にとっての”龍の宝”とはそれらを指すのじゃ」
”龍”が宝を貯めこむように、聖龍は自分の積み上げた”知”の恵みを貯めこむのだ。他に与えず、自身の財として。
「ゆえに妥協点は相当な物をいただかねばならんのじゃ。それはよいな」
ご主人様は頷く、頷いて自分の肩のブローチを外してテーブルの上に持ったまま置いた。
「・・・そっちが決める前に、こっちの出せる物を聞いてほしい」
「ほう、何かあるのか。一応聞こうかの」
「《鑑定眼》は?」
「持っておるぞ」
では、とつぶやいてテーブルに手の中のブローチを置く。
「ん?、何じゃこれは。同じスキルが二つついておるぞ?。・・・《魔素治力》。まったく同じ数値か。これは、これその物を取引に使おうということではないようじゃな」
「この技術の恩恵を取引の材料に」
「ほほう」
ほうほう言いながら眼を輝かせる。そしてぶつぶつと何かつぶやきだす。思考が加速しているのだろう。
研究者の視点ならこの《スキル》はどう見える?
ご主人様はどうしてこれが取引の材料になると判断したのだろうか。
「・・・とんでもない技術じゃな。よかろう。その患者たちを連れてくるが良い。最高の環境で存命させてやろう」
ラナ様はそう約束した。
「え、あの・・・いいのですか?、これを何に使うんでしょうか」
何か、ご主人様とラナ様だけで分かりあっているので聞いてしまった。
「空間問題が解決するのじゃ。出力系の特殊輝石が半分でいいじゃろ?、あと強度の付与が倍にできるなら大幅に軽くできるじゃろうし、食料も艦内で育てられるかもしれぬな。色々とできることが増えるのじゃよ!」
そう言いきっているが、何のことやら。
「艦内?」
「宙を飛ぶ船じゃよ。私は宙の星に城を造るのが夢なのじゃ!」
浮島だけでは飽き足らず、星に城を建てると言う。
「そのために人を乗せて宙へいける船を造っているのじゃ」
なんだか規模の大きな話だった。
「人を、空へですの」
「いいや、宙じゃ。空のもっと上じゃよ」
良くわからないがすごい場所らしいということはわかる。
ともあれ場所と治癒環境は確保した。
その代償の倍スキルは後でもいいと言われたのでいいとして、さて、世界最高の『保健室』へ入れるべき亜人たちを連れてこなければならない。
ひとっ飛びどこぞの洞窟から起きているのか、いないのかわからないレイウッドと少女を引き抜いてくる。
拒否は無かった。というか、私が《影縛り》で捕縛してから引っ張ってきたので魔素不足で意識がなかったのかもしれない。
聖龍の城の前で二人をメリーエの魔術できれいにしてから保健室につれていき、預ける。
預けるついでにそこの”保健室の先生”とやらに診てもらうが、血が体を攻撃しているとか怖いことを言われた。ある程度目処が立っているようなのでまかせることにした。
聖龍は忙しそうだった。新しい図を描くのだとか。亜人の寿命を延ばす方策は彼女から聞き出すことはできなさそうだったので、別の所に聞きに行くことになる。
東から西へ。
大陸を横断し、雪の残る白峰山脈の真ん中へと降下していく。
「・・・・・・多いですわね」
「ん。・・・5匹いる」
いるのは黒龍である。
匹で数えるのもどうなのかと思うが、確か前来た時は、冬山が寒いから仲間は人の街に降りている、と言っていた。
夏だから戻ってきたということなのか。
谷に降り立ったご主人様を待っていたのはもみくちゃにされるほどの歓迎だった。
「ほほう、これがあの龍児の魂を移されたものなのだな?。ほほうほうほう」
「おれのことは父と呼んでもいいぞ。しかし黒いな。角は生えてないのか?、ちょっと頭触っていいか」
「にーちゃん、お姉ちゃんができたの?強い?強い?、おっぱい大きい?」
「コロロル、妹だぞ。お前よりおっきいけど年齢はお前の方がずっと高いからな」
龍たちは人の姿に変じるとご主人様を囲んでわいわいしている。大きい髭の老人とかっこいい髭の男性に頭をぐりぐりされ、女児に抱き着かれながら胸をもまれ、青年はそれをあきれたように見ていた。
そしてもう一人、スラリとした印象の漆黒の美女、ディアドリカ・D・ファフニール様がゆっくりと歩いて来た。
ディアドリカ様がご主人様の前に立つと、それまで引っ付いていた他の龍は静かに道を譲った。
「久しぶり、というわけでもないが、良く来たな。何か用があるのであろうが」
その通りです。
「・・・ん。半年ぶり。黒龍の知恵を、借りにきた」
「ほう、私の知恵か・・・。緑龍と水龍では解決できない問題を持ってきたということか。聞こう」
黒龍はアクリア様とメリーエ様をねめつける。
二人は微妙な顔をしていた。
ご主人様は説明をはじめ・・・ようとして私に投げた。
私は説明を始めた。
亜人の”死”を覆すために。
寿命のこと、現在の状況と対応、シア様が無事なわけ、それから予測される回避方法。今思いつく唯一の対応方法である”昇位”。
「・・・・・・話はわかった。確かに我らでは短命な”亜人”の知識はほとんど持っていないであろうな。・・・短命であることで力を強める、か。畏れ多いことよ。命を造るなどということは神に近い力ゆえに、普通であればそのようなことをしようとも思わぬ・・・。しかし、ふーむ」
ディアドリカ様はしばらく黙っていたが髭の老人に目を向ける。
「レグ、魂を強める法があったであろう。あれはどうだろうか」
「ディアよ、あれは魂を燃やすスキルだ。元となる魂が無ければ燃やせるものも燃やせんよ」
「・・・では、”昇位”以外で方法はあると思うか?」
「血が悪いのであれば血を変えることでもできんこともないと思うが・・・、そんな方法はわからんし、確実とも言えんな。”昇位”で収まるのであればそちらの方が確実と言えるだろうな」
血を変える。そんな方法は思いつかなかった。血とは何なのか。体に元気を運ぶものだと言われているが、変えても平気な物なのか。
「では”降位”はどうだ。亜人の共通点である”魔族”と”人間”がかみ合わないのであろう。どちらかを下げれば本来の寿命になるのではないか」
降位?、初めて聞く言葉だ。おそらくは昇位の逆のことになるのだろう。
昇位にせよ、降位にせよ、バランスを崩すことで”亜人”としての寿命より、他の種族の寿命が優先される状態を作るということか。
「それなら可能かもしれん。だが亜人の寿命を変えられんかもしれん。やはり上の存在になるという”昇位”よりは不確かであろうな」
「だが”人間”と”魔族”の降位ならば簡単であろう。どちらも”知力”によって昇位してきた種族であるから、獣に落としてやればよいだけだ」
「ディアよ、流石にそうなってまで生きたいと思うかはワシには思えんのだが」
「どちらか片方だけである。・・・そんな白い目で見ないでおくれ」
おそらく、旦那さんに咎める視線を向けられてディアドリカ様がしょんぼりしている。・・・ディアドリカ様でもしょんぼりなさるのか。
こういう姿は親しい間柄にしか見せないものだろう。
フッ、と笑ってディアドリカ様はご主人様に視線を戻す。
「その亜人たちにはどれほどの時間の猶予があるのだ?。貴様たちの様子から察するにそれほど猶予はなさそうだが」
「猶予はわからない。でも今、聖龍のところに預けてあるから、しばらく何とかしてくれる」
「聖龍のところか・・・。ならば猶予はあろう。だが我らは命短きモノの猶予に責任を持つようなことは言えぬ。龍にとっての時間と亜人にとっての時間が違うでな。・・・判断を貴様に任せようと思うが、シアよ。どちらにする」
降位か、昇位か
「昇位。確実に二人を、救う。」
「わかった。では昇位させるには何がいるかということだな。まずは一つ。『人神』。人族が昇位したものだ。昇位の方法は人を率いてもかまわぬから全龍種の討伐で成れるはずである。目指すならば敵は我らとなるな」
それはムリってことですね。
しっかし、人族の上にまだあったのか。
人を率いても、と言うが、アリンコをどれほど集めようと龍に傷をつけることはできない。その昇位は本当に可能なモノなんですか・・・。
「次の一つ、『魔将』。Sランクの魔物1000体を倒し、魔に属する者から栄誉を称えられれば成ることができる。Sランク魔物討伐はパーティーで行っても良い。その場合はパーティー全員が魔将に昇位する条件を得られる」
パーティーで、となると・・・これは抜け道として使えるかもしれない。龍がどれほど協力してくれるかによるけど・・・。
「・・・期待されているようだが、すまぬな。我らは属性種族を積極的に殺めたりはせん。よほどのことが無ければな」
そうだった。龍が力を使い滅ぼしに行くのは無・・・”邪”属性の悪魔の時だけだ。星神の創った種族である属性種族は保護をする対象だった。
龍の協力があればSランク魔物の1000体だろうと2000体だろうと余裕だろうけど、そう、うまくはいかないか。
「最後の一つはそれぞれに混合された固有の種族の昇位である。『一角馬』と『大王海月』。これは『一角天馬』と『女王海月』に昇位する。『一角天馬』は衝角による殺害数1000体、もしくは回復した者の数1000体のどちらかである。『女王海月』は魅力の数値が100を超えること。貴様らが目指すのはこの二つの昇位でいいのだな」
人神はムリ。魔将もむずかしそう。となれば。
「・・・ん。それが知りたかった。『一角天馬』、『女王海月』。その昇位方法がわかったなら、できる。」
ご主人様は強い眼差しを黒龍へ向けた。
「私は、二人を助ける。」
あぁ、それでこそ私のご主人様です。
この少女は身内に甘い。
仲間であれ、知り合いであれ、助けられるなら助けようとするのだ。
「えぇ。ご主人様、私も協力いたしますわ」
私もそうやって助けられた一人なのだから。
ご主人様の過去は聴いたことがある。洞窟で産まれ、リザードマンに育てられ、人間にリザードマン達を殺されて復讐を誓ったこともあったらしい。
それがどうして種族を選ばずに人助けをするような性格へと変わったのか、詳しくは知らない。そこには親代わりであるシアパパと、そして庇護欲を感じた小さいメイドのおかげなのだということだけは知っていた。
彼女は変わったのである。私から見ても、それは感じられた。