閑話 シエストリーネ
閑話 シエストリーネ
自分の主が体の一部のようにずっと、四六時中、二枚貝のようにぺったんぺったんしていた大事な武器をヴァーダリウス王子に預けた。
私は驚きで目を見張ってしまった。
確かこの武器・・・シアパパはご主人様にとって命の次に大切な武器だったはずだ。
この武器のために命を張って戦いに赴いたこともあると聞く。
自分も過去、この武器にいたずらしたことがあったようななかったような、そのころの記憶はあいまいなのだが。まぁいいか。
王子に必ず返すように念を押し、ご主人様は武器を手放した。
王子の天幕を出たご主人様は広場に向かおうとして――ふと止まる。
「どうしましたシア様?」
「ん・・・んー、何か・・・ない」
慣れた重さがなくなって気分が落ち着かないらしい。
近くに置いてあった薪割り用の斧を手渡す。
「・・・・・・んー」
違うらしい。
「なら装備品保管所から何か借りてきましょう。確かあっちですわ」
「二人ともー、先に広場に言ってるよ。準備さくっと終わらせてきてね」
アクリア様がメリーエ様を連れて広場へ歩いていく。
私は無人の一軒家に設けられている予備の装備品保管所にご主人様を引っ張って行く。
保管所には年老いた兵士が一人だけいた。
「・・・もう少しきちんと管理しないのかしら」
「あー、なんじゃ?。武器が気になるのか。ここにはきちんとした武器などないぞ。まぁ、子供が持つには・・・十分じゃろうな」
ひひひ、と老人は笑う。
どういうことなのかと木箱や壺に入れられている武器を引き出してみると、なるほどなるほど。
ほとんどが欠けるか、錆びるかしている。
ダメじゃないかしらっ
「錆びてやがります。使い物になりませんわっ」
あれも、これも、まともなものが一つもない。ひとっっつも。
「使えないっても、きちんと研げばまだまだ使えるもんばっかなんじゃよ。ただ、鍛冶ができる者がおらんせいでみんな使いっぱなしで放り出されとるんじゃよ」
あぁ、そうか。
早急な進軍の弊害か。
必要な備品や職人を連れてこれなかった。
砥石は備品にあったはずだけど、鍛冶屋の同行はなかったと思う。
ちょっとの欠けや錆びなら落とせても、大きなものはどうしようもない。そういった”鍛冶屋がいればまだ使える”という微妙な物がここに集まり、代わりに置いてあったきちんとした武器は持っていかれてしまったのだ。
「欲しいなら好きなのを持っていくといいぞ。まぁ、お前さんでも数日頑張って研げばまだ使い物になる物もあるからな」
・・・・・・どうしよう。
自分の主に錆びた武器を持たせると言うのも何かしゃくだ。
騎士団の方で何か借りられないか聞いてみるか・・・
そう思って声を掛けようとご主人様に顔を向ける。
あれ、微妙な顔をしていない。むしろちょっと楽しそうだぞ。
シアパパを手放した時には壮絶な決意のような表情だったのが、今はワクワクした目をしている。
「・・・・・・ここの武器、所有者が亡くなった物も、あるの?」
「そりゃあるわい。単に拾ったものから、仲間に託されたものまでな。あとは敵から奪ったものもあると思うぞ」
「奪ったのも?」
「そうじゃよ。強そうな武器ならもちろん奪って使うだろうさ。あとは戦場で武器を壊したり落としたりしたら、誰ぞの握っていた武器を拾って使うことなんぞざらじゃ。その武器が誰のものかなんぞ考えるよりも、自分が生きるために武器を振るうことの方が先じゃからな」
「ふーん」
ご主人様は生返事をしながら木箱から一本の大鎌を引っぱり出した。
「これ、もらうから」
「好きにせえ。・・・若い奴はそういった外見ばかりカッコイイ物を選びたがるのじゃよ」
ひひひと笑って大鎌を持って構えるご主人様を眺めている。
大鎌はかなり錆びている。
というか、なんで鎌。剣や槍ならまだしも、武器として使うには使いにくいだろうに・・・
まぁでも、流石にわかってきた。
「ん。」
「はい」
「ん。」
「はい・・・シア様、良く考えるとシアパパがいないので増えませんわよ」
「ん・・・あ、そうだった。」
付与スキルを増やせるのはシアパパのスキルのおかげだ。預けてしまった今はできない。王子の所まで戻れば増やせるが、どんなスキルがついているかもわからない錆びた武器のために王子から武器をちょっと返してもらうというのもどうなのか。
そもそも王子はシアパパのスキルを増やせるスキルのことを知らない。もし知ってしまったなら自分や味方のために使ってくと頼んでくるだろう。・・・というか、シアパパがあちらにあるということは、偶然にでもスキルを増やしてしまうこともありえるわけで・・・。
返してもらう時にひと騒動起きないことを祈ろう。
「じゃ、あとで返してって言ってもダメだから。」
「ほいほい。別の使いやすいのが欲しければまた来るといいよ」
老兵は好々爺の顔でご主人様にそう言って手を振る。
どうやら孫を見る目線で見られているっぽい。
まぁ、こんな年若い娘が勇者候補だなんて思いもつかないだろう。
騎士団には周知されているが、他の兵士にはそれほど知られていないのかも。
ご主人様を満足させた礼というわけでもないが、軽く頭を下げてやる。
「で、どうするんですか、ご主人様。ヴァーダリウス王子の所に戻りますか」
せっかくご主人様のレアスキル《探索眼》にひっかかったレア武器を見つけたのだ、どうせならスキルを増やしておきたい。
「・・・エステラ、どうしよう」
戻りたい気持ち半分、戻りたくない気持ち半分というところか。
悩んでいるご主人様カワイイですわっぐふふ
レアな様子を脳内保存にとどめ、私は考える。
そして一つの答えを出した。
「安全のためなら多少の時間は割くべきですわね。戻りますわよ、ご主人様っ」
私は彼女の手を取って元来た道を戻る。
アクリア様にはもうしばらく待ってもらおう。
王子の天幕の中では誰が武器――聖剣の力を持った邪武器を持つかでもめていた。
「槍であるのだから槍使いのおれが持つべきだな」
「ふーむ。いや、槍と言っても普通の槍より幅広で重いのだからもっと筋力のあるわしが持った方が使えるだろう」
「それなら盾持ちの僕の片手武器にもよいのではないですか。前線に出てスキルを使うには、防御の硬さも必要でしょう」
とかとか。
そんな相談中の天幕に声をかけてから入り込み、槍を持ち出した。
相談中の面子はそれを無言で見送る。
本来の主がもどってきたのか?、いくら何でも早すぎる、という感情が見て取れる。
何も言わない主に変わり、出発前にちょっと寄っただけだと説明をしておく。
ご主人様を追うと王子の天幕の脇で私を待っていた。
「ん。」
シアパパを片手に、さっきもらった大鎌を渡して来る。
「はい」
大鎌を返すと今度はきちんと輝き、スキルが発動したのが見て取れる。
どんなスキルが付いていたのか知らないがこれで武器の中身は完成である。あとは外見をなんとかしたいけれど・・・ここではどうにもならない。
あとで考えよう。
ご主人様はシアパパを王子の天幕に返すと今度こそ広場を目指して歩きはじめる。
「きたきた。おっそーい。て、何それ、新しい武器をもってきたのかな。でも使えるの、それ、錆びついてて草も切れなさそうだけどさ」
「・・・わかんない」
そう言いながらご主人様は大鎌をアクリア差案の目の前にかかげる。
さぁ、
早く、
という目で見つめる。
「えー?、シアちゃん、またそういう変なの拾ってー、て、え?。何これスキル4個?ああ違うか。一個増やしたのね・・・でも面白いなーこれ。雑草が生えにくくなるかもね」
雑草が・・・・・・生えにくく?
どういうことだろう。
「この大鎌にはね、3種類のスキルが付いてるんだけど――」
・切断術《魂絶》 <伐った存在の再生能力を無効にする。魂値に練度/10のダメージ>
・《植物特効》 <植物種族に威力50%上昇>
・《植物特効》 <植物種族に威力50%上昇>
・《死霊特効》 <死霊種族に威力50%上昇>
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
これは・・・なんと言うか、難しいな・・・ええとー
「草、生えない。」
そうですね。
ご主人様は広場で訓練をしていた槍持ちの兵士に声を掛ける。
「そこな若者。この大鎌はスキルが4つも付いたレアな武器。《魂絶》ってスキルで魂を刈り取れる。カッコイイし」
「え?、はぁ、勇者候補様ですよね・・・ええと?」
「カッコイイし。」
説得したいんだか謀りたいんだかわからないが、もう少し頑張れと言いたい。手のかかるご主人様だ。
私はため息をつく。
「3種類の自動発動スキルと一つの”術”スキルが付いたレアな武器ですわ。あなたの持っている槍と交換していただけませんか、と言ってますわ」
「ん。」
「・・・え、えぇ、・・・どうぞ」
兵士はすんなり武器を交換してくれる。
レア武器だから交換してくれたわけではなく、おそらくご主人様の有名税のせいだろう。
あんな錆び錆びの武器を二つ返事で交換してくれるわけもない。
少女で、勇者候補で、龍と行動している相手の要求を受けざるを得なかったということだ。
ご主人様が満足そうなのでいいか。
一般的な普通の槍。
ふつーの槍を手に入れた。
うん。
よかった。これでご主人様も手持無沙汰ではないだろう。
主のメイドとしては錆びた武器を持たせるよりよほど良い結果になった。
後に植物刈りの大鎌を持った彼は、陣営の食糧危機を救うことになる。けれどそれは別のお話。