パパと武芸百般(きんにく)
「ふはははははははっ、わしは”将軍”ラザン・クロウロイだ。腕に自信があるものはかかってこいっ、わしは将来<勇者>の称号を手に入れる、武芸百般な猛将軍よ!」
武芸百般とはおおまかに筋肉で解決することを指す。剣も筋肉で振り、弓も筋肉で飛ばす。そしてオレという槍も、その全身を覆っている筋肉で振り回す。
魔王領真都まであと5日の距離。これほど真都まで近づいてくると敵の抵抗が激しくなってくる。
そしてその中に一人突っ込んで無類の活躍をしているのは・・・・・・オレを装備したラザン将軍だった。
「ぬふうううんっ、ひっさつ!ん《ノコギリ草》ぉぉぉぉおっ!」
んー・・・あー・・・そうね・・・《ノコギリ草》
ばびゃあー と花びらが舞って周囲の魔物を切り刻んでいく。と言ってもほとんどがゾンビなので辺りに腐った肉汁が飛び散ったくらいだが。
「ふははははははははははははっ、愉快愉快。わしの敵ではないなっ」
ほへー。
そうですなー
「よし、次はあの鞭みたいのをやってみるぞ。シアパパ殿、よろしく頼む」
んむーわかったー
ほーい
オレは蛇腹槍へと変化する。
「うおおおおっ?、こ、こうか?、使いづらいなっ、こう・・・これでどうだ」
ラザン将軍はオレを力任せに振り回す。蛇腹刃の軌道や支点移動を無視して筋肉だけで思い通りにしようとしてくる。
やっだー
ちょっとしょうぐんーもっとてーねーに扱ってくれるー?
適当に振り回しすぎて地面や敵にビタンビタンぶつかっている。
武芸百般とは何だったのか。
「ええい、わからんっ、ぬうううっ、もうこれでいいだろうっ」
ラザン将軍はとうとうオレをぐるぐる回転させることにした。
もうそれでいい。後はオレが《操槍》で調整してやれば、立派なミキサーのできあがりだ。
ザクザク魔物を倒していけるので調子に乗ってどんどん敵陣の奥へと移動していく。それまでラザン将軍の攻撃に巻き込まれないようについてきていた味方達ともどんどん離れていく。
おいおいおいおい、やばい、こんなに突出してどうするんだよっ、死ぬぞっ将軍っ
だがオレの声など聞こえないラザン将軍は一人、敵の中に進み、好機と考えた敵から一斉に狙われ始める。ほとんどゾンビだが、たまにいる魔族から魔術を放たれる。
「ふっ、・・・むだぁぁ!奥義《断空閃》!」
ええっ、おいぃ先に言っといてくれっ
オレは急いで槍形状に戻る。
槍の先端から風を凝縮した巨大な刃が沸き上がる。
ラザン将軍を狙った魔術はぐるりと振り上げた刃にあたって消えた。そして振り下ろされた刃に、周囲すべての魔物たちが圧殺されていく。
「ふははははっ、縦横っ!無尽っ!、筋肉っ、最強ぉぉぉぉおおっ!」
吠えた。
そして大技を撃ち終わったラザン将軍は、逃げた。
正確には自軍に撤退した。
良かった・・・撤退してくれて。
ったく、不安になるわっ。シアとは言葉が無くても心が通じ合うことができた。けれど組んだばかりのラザン将軍が何を考え、どう動くのかわからない。
はー・・・つかれた
「うむ。なかなか有意義な戦闘であったな。次の時もたのむぞ」
・・・・・・なんてこった。
「ラザン殿、今日もまた出撃ですか」
「ニール殿。魔物がやってくるかぎりわしが出ない日はありますまい。ニール殿もそうであろう?」
ニール・クロイチェルは第2大隊の隊長だ。先日戦死されたクラウニードの親族である。
第2大隊ということは、本来であれば同盟軍の方にいなければいけないはずなのだが、王子軍に遅れること10日ほどでこっちに合流していた。
同盟軍はこちらとは別行動ということになっているが、補給物資の輸送がてら戦力を増員してくれている。輸送部隊がそのままこちらに合流しているからだ。
ニールはクラウニードの訃報を聞いて輸送部隊に名乗りを上げたらしく、このあとも第2大隊がいくつかにわかれて物資を持ってくることになっている。
非常にありがたい。
「私はクラウほどの戦闘技量は持ち合わせておりませんからな・・・前線に出るよりも指揮をとることのほうが多いですよ」
「そうか・・・。クラウニードは確かに、良い腕をしていたな」
「えぇ、将来が楽しみな甥っ子でした・・・。戦の常とはいえ、まだ逝くには早すぎる」
ラザン将軍は頷いて遠くの空へと目を向けた。
「我々の手で勇に長けた敵を討ち取って、奴の居る戦場をにぎやかにしてやろう。飽きる暇などないようにな」
「そ、それは流石に・・・」
かわいそうに。死後の世界があるかは知らないけれど、戦いから逃げることはできないってことだ。
ラザン将軍からクラウニードへの手向けだった。
嫌な手向けだなぁ
ラザン将軍は日中、2,3時間ごとに戦場へと駆け出していく。真都へ軍を進めるために。
魔族軍はアンデッドと泥で造ったゴーレムをメインに防衛線を敷いていた。これがなかなか厄介で、泥のゴーレムは倒された後もこちらの進軍を邪魔してくる。
ゴーレムは動いているときにはこんもりともりあがっているのだが、倒されるとそれが無くなりべたーっと広範囲の地面を泥で覆うのだ。
馬車の車輪はもとより、人も、馬もそこでは足を取られてうまく動けず、戦闘の足場としては非常に良くない。
軍を進めたいときにこれほど嫌な敵も早々ないのではないかという有様だった。
「密偵から報告があった。真都の外周にもう一段、城壁が作られているらしい」
集められて騎士団の前でそう報告したのはタルティエだった。
彼は簡単な真都の絵を描き、その周りをぐるっと囲うように円を描く。
その円に五つの星を付けた。
「ここが見張り台らしく、石が多く積まれている。積んでいるのは岩ゴーレムだ。・・・どうやら敵にゴーレム使いのような存在がいるらしいね」
ゴーレムは頑丈で腕を失っても足を失っても戦意を失わない強靭さを持つ強敵だった。
ただ、自然発生しないので誰かが意図的に製造しなければならない。
真都に造っているやつがいるのだろう。
こちらには足止め用の泥ゴーレム。あちらでは建築用の岩ゴーレム。
ここにきて長期戦のための準備をされるとなると、王子軍としては見過ごせないだろう。
なにせ長期戦で不利になるのはこちらなのだから。
補給物資が届けられている今はいい。けれど、ずっと続くわけではないだろう。このまま敵の領土の真ん中で立ち往生となると、今度は敗走するのは我々ということになってしまう。
王子、対策案はあるのだろうか。
「・・・このまま進みます。泥は夏場で固まるのが早く、そして敵が城壁を増やしてもそこに籠る兵卒が足りないなら無用の長物でしかないでしょう。今、魔族軍は兵の数が足りていません。ある程度使いまわしできるスケルトンやゴーレムでごまかしてはいますが、こちらの対集団スキルのまとめ撃ちに、確実に実戦力は削られているのですから」
言われてみれば、確かに。ここで使われる”技”スキルは対集団に特化したものが多かった。弓とか槍とか剣とか。これは戦争という数の戦いにはめっぽう効果的だ。
だからこのままの戦場を維持していれば勝てる。タルティエはそう判断しているらしい。
・・・ゴブリンの軍師ならどう考えたろうか。
いない軍師のことを言ってもしかたない。
まぁ、タルティエの言うことももっともなので大丈夫だろう。電撃的に進軍していた王子軍が、ここにきて遅延戦術で足止めを喰らっていることにかなり不安を感じるけれど・・・・・・うん。きっと大丈夫だ。