亜人の洞
「さーて、それじゃメリーエもいることだし、海の平和でも確認に行ってこようかなっ」
まるで正義の味方みたいな科白だけど、実際に彼女たちは世界の秩序を守っている存在だった。
「海・・・」
「おっ?、シアちゃんは見たことないかな。何ならいっしょに行くかい?目に見える範囲全部が青い海っていう不思議な景色が見えるよっ」
それは見てみたい景色だけど、今は魔族領首都侵攻が控えているからなぁ。いつか時間があるときに見たい。
「海は・・・私の兄弟たちが海の近くにいるらしい」
「おぉ、兄弟なんかがいたのかー。あれ?、もしかして亜人の子たちかな?。シアちゃんと同じように”龍”の真核を持ってたりするのかなぁ」
「亜人として使われたのは、別らしいから。知ってる亜人に”龍”はいなかった」
”龍”の真核を持っているなら新しい同胞ってことになったんだろうけど、昔一度会った時には”龍”を素材にした亜人はいなかったな。
「けど、”邪武器”がある。・・・邪武器は聖剣を壊せるから、ヒュリオより先に居場所を確認しておきたい」
ヒュリオはきっとまだ、聖剣を壊そうとしている。だからそれを阻止するために邪武器はこちらで確保しておきたい。亜人である兄弟たちも含めて。
「んー、そうだね。これはお姉ちゃんたちとしてもやらないといけないお仕事っぽいね。よし、探しておくよ。詳しい場所がわかるなら教えてちょうだい」
「えぇ・・・人探しなんて、そんな面倒な・・・人は小さすぎて見つけるの、大変なのに・・・」
メリーエがやりたくなさそうだったが、シアとアクリアは情報を交換している。
「おっけーい。アーカス洞窟群ならそんな遠くはないね。見つけたらあとでどうなったか教えてあげるよ。さささっ、メリーエ行くよー。お姉ちゃんの時間は有限なのだよ」
「あっー・・・・・・」
アクリアはメリーエを引っ張って広場の真ん中にいくと龍へと変化する。
そして別れの言葉もそこそこに空へと飛び去って行った。
人探しを姉なるものに丸投げしてしまった。
けれど、これでそのうち邪武器仲間たちと会うことができるだろう。
がんばれ姉っぽい何か。
『ほいほい、みつけたよー』
出て行って一時間で帰ってきた。
「おい姉。」
流石に早すぎる。
出てったと思ったらすぐに帰ってきた。近所のスーパーに買い物に行く速度である。
『すぐに会いに行けるけど、どうする?。お姉ちゃんとしてはねー、いそいだ方がいいと思うんだ。いそいで会いに行かないと、次は機会がないかもしれない』
なんだろうか、はっきりしない物言いだなぁ。
でも一時間で行って帰ってこれるなら今日中に帰ってくることも可能だろう。
「・・・ん。行く。エステラ」
「はいはい。お供しますわ」
エステラは王子に一声かけて外出してくることの許可をもらう。
流石に龍といっしょということなので二つ返事で許可がもらえた。
二人は緑のアクリアの背に乗って東へと空を飛ぶ。遠くに夜の色が見える。オレンジ色から紺へと変わるグラデーションが空を覆い始めていた。
二人が下りたのは海岸にいくつも開いた洞窟の中の一つ、その前だった。
海に突き出した岩に腰かけているメリーエが手をふっている。アクリアはその上を一周した後、巨体ごと洞窟の中に飛び込んだ。
洞窟はすぐに岩が多くなり、足場となる地面が見える。
『降りるよー』
アクリアは人に変化しながらその場所に着地した。
シアとエステラも同じように着地する。エステラがちょっと足をすべらせそうになったくらいで危なげなかった。
その様子を水中から泳いで近づいてきていたメリーエがうらめしそうに見上げていた。・・・きっと彼女は前みたいにべちゃっと落とされたのだろう。
「この先にいるよ」
洞窟の先は人の手が入っていた。確か前の集落も魔術が使える亜人――レイウッドが土魔術で周囲に壁を作っていた。ここも同じようにレイウッドが住みやすく改良していたのかもしれない。
幾位段差の階段を上ると、いくつかの部屋があった。その一つへとアクリアがシアを先導していく。
部屋に近づくと一番初めにわかるのは、その匂いだった。
シアとエステラが服の袖やハンカチで鼻を覆う。
「・・・これでも、きれいにした、んだけど・・・」
メリーエも口に布をあてながらそう言った。
洗浄スキルを使う前はもっと匂いがあったってことか。・・・オレには匂いがわからないけれど・・・・・・これはもしかすると・・・。
その部屋は寝室だった。
いくつもの木製の二段ベッドが並ぶなか、使われているのは二つだけだった。
二段ベッドの下を一つずつ。二人が寝ていた。
「レイウッド・・・」
一人はレイウッドだった。もう一人は名前を憶えていない女の子。・・・二人しかいない?
「他のみんなは」
「・・・外だよ。ここにいた他の子たちは、外の崖の上に埋めたんだ。生きていたのがこの二人。・・・これでも私たちの魔術である程度体調を回復したんだよ」
二人は赤い顔で荒い息を吐いていた。時折せき込み、苦しそうにしている。
そして栄養を取っていないのだろう。やせ細っていた。
「これは・・・病気ですの?狭い場所で一人が罹ってしまったから、他のみんなも罹ってしまったってことですか。シア様、あまり彼らに近づかないようにしてください」
エステラがシアに気を付けるように言うが、それをアクリアが否定した。
「病気ではないね。私とメリーエはこんな病気は知らないよ。魔術でも治しきれないから、これはもう、彼ら特有の症状としか思えないかな」
「そう、でしたか」
「・・・・・・」
特有の症状というのはどういうことだろうか。亜人は潮風にあたると病気になるということか?。
シアと彼らの違いは何だろうか。
彼らがかかる病であるのなら、シアも同じことになる可能性がある。
それがわかればいいのだけど・・・、レイウッドは目を閉じたまま意識が無い。
それに、この二人をこのまま置いておいても看護する人間がいない。連れて行くにしても、シアは今戦争中だし、誰かに頼むにも、どうするか。どこか大きな町なら病院に入れることができるだろうか。
ああでもないと悩みながら彼らの様子をみていると、うっすらとレイウッドのまぶたが開いていた。
「レイウッド」
「・・・・・・み、ず」
弱々しい声が聞こえた。
シアはうなずくとエステラに目配せする。
「《水泡》」
魔道具のスキルで作り出した、こぶしより少し小さめの水滴をレイウッドの口元にはこぶ。
コクリ・・・コクリ・・・とゆっくり嚥下していき、時たまむせこみながらも喉をうるおした。
「あ・・・君は・・・?」
「シア。・・・シア。」
大事なことなので。
焦点の合わなかった瞳に光がもどる。
「あ、あぁ・・・シアさんか。お久、ぶりです」
「いったい、何があったの」
「ごほっ、み、みんなは・・・みんなは無事ですか・・・」
シアはアクリアたちと視線を交わす。アクリアは首を横に振ろうとして、けれど縦にうなずいた。
「・・・レイウッドと、もう一人だけしかいない。他のみんなは亡くなってた。・・・私の仲間が埋葬してくれた」
「そう、ですか・・・みんな・・・みんないなく・・・く・・・」
レイウッドの頬を涙がつたい落ちる。
「・・・・・・こほ、すい、ません。・・・シアさんは、平気なんですか」
「ん。平気だけど・・・何で」
レイウッドはよかった、とつぶやいたあと、その理由を教えてくれた。
「これは、ボクらの寿命だそうです。魔王のかわりとして、囮をするために、太く短い命なのだそうですよ」
なんだとっ寿命?太く短く?・・・シアもか?シアも短命なのか!?
ええええええっ!?
しっかしそうか。シアの熟練度の獲得速度が他者よりも早かったのはそのせいか。早く成長する代わりに長生きできないのか。
なんてこった。
よし、回避方法を探そう。たとえば、魔術で成長を止められたり
うん。
・・・あったわ。
すでに持ってたわ。
「無魔術《時間喪失》?」
そうそう。<要魔値。600s時間の自身の準備時間を15%減少する。老化無効>ってスキル。この老化無効がもしかすると・・・すでに効いているのではないか。
老化の定義が広いのか、それとも生命は生まれてからだんだん老化していく存在なのか。どちらにしても今の所シアにその寿命の様子が現れていない。
「ご主人様、無事ですわよね」
エステラが心配そうにシアの体を観察している。
「ん。今の所、平気・・・」
それでも不安はぬぐえないようだ。
《時間喪失》などの強化魔術は《魔素治力》のおかげで常時発動できている。けれど寝ている間はそのかぎりではない。
先延ばしできているだけで、いつかシアにも寿命がやってくるのだろう。
「んー、そのスキルのおかげもあるだろうけど、シアちゃんは”龍族”に昇位したんだから、種族としての寿命も獲得してるんじゃないかなぁ」
お?、寿命の獲得なんてあるのか?
「進化や昇位は高い物が優先されるんだよ。形態がかわって下がる場合もあるけどね。シアちゃんは”亜人”に他の種族が内包されていたのが、”龍族/亜人”って同等になったんでしょ?。だったら寿命は”龍族”と”亜人”でどちらか高い方が優先されているはずだよ」
知識の宝庫、アクリア様がそうおっしゃられた。
「そして”龍族”に寿命はないからね。大地の一部になるか、もしくは星の一つになるか、生き飽きた龍はそうやって自分から永い眠りにつくんだよ」
よしゃー
シアはレイウッドたちのように寿命に悩まされることはなさそうだ。
命の灯が間もなく消えようとしているレイウッドには悪いが、オレはシアが一番大事だ。ここは好きなだけ喜ばせてもらおう。
あーよかった。
まったくもー!心配させやがって
それもこれもグラフェン・テスラーのせいだな。といか、そもそもシアにもそういった説明をしておくべきだろう。たまたま”無”属性魔術を使っていたから良かったものの、そうでなかったら今頃シアも・・・
「・・・・・・レイウッド。他の、武器たちは?」
シアは部屋を見回した。
この部屋にはレイウッドが今、枕元に置いている彼の腕輪しか”邪武器”がない。ここにいたほとんどの邪武器は飛翔能力を持たない邪武器ばかりだったはずなので自分で移動できないはずだ。
彼らはどこに?
「ボクのアムリアル以外の武器は・・・グラフェン様に送りました。彼らは、終わることを望んでいたけど、・・・ボクたちではどうしようもなかったですから」
制作者であるグラフェンに送って何とかしてもらおうってことか。
心を通わせる相手がいなくなった武器は、一人ぼっちの引きこもりと同じでしかない。
大切な相手がいなくなったら・・・オレも自分の終わりを望むのだろうか。
「・・・・・・」
シアが少し悲しそうな顔をしていた。
すまない。今考えることじゃなかったな。
とりあえず彼らの邪武器はグラフェン・テスラーの所か。確かに彼らを何とかできるとしたら、グラフェン・テスラーしかいないと思う。
どうなったか、どうするのか、確かめておきたい。
「・・・ボクのアムリアルは、ここを閉じるために残しました。いっしょに残してしまうことが心残りですけど・・・、あぁ、そう言わないでよ。アムリアル・・・」
レイウッドと腕輪のアムリアルの会話が続く。
そして最後に彼はシアたちに言った。
「もう、行ってください。シアさん、最期にあなたに会えて、良かった。生き残れる仲間がいて、それだけで、救われた気がします」
こほっ、と咳をすると、レイウッドは目を閉じて枕に頭を沈めた。どうやらしゃべっているだけで体力を消耗していたらしい。
オレ達が彼らにしてやれることはもう無い。
みんなは少しの黙祷のあと、その場を後にし
がんっ
と、オレに衝撃が走った。
まるで頭をぶっ叩かれたようなショックだ。
「シア様?」
「シアちゃん?」
シアはオレを振り下ろした姿勢のまま、顔を上げた。
「・・・まだ。パパ、まだあきらめるときじゃない」
・・・・・・そうか。
そうだな。
まだ、レイウッドも、もう一人の彼女も死んでない。死んでいないんだ。
その瞬間が来るまで終わりじゃない。
オレたちがあきらめさえしなければ、何とかなる可能性は残っている。残っているんだ
「んっ。パパ。みんな。私は助けたい。仲間を、あきらめるなんて、絶対に」
あぁ。
そうだな。絶対に、
「嫌っ。」
シアは決意した。
あきらめないことを。
「くふふ、わかりましたわ。えぇ、かまいませんわよ。お手伝いいたしますわ」
エステラが笑う。
「そうきたかー。お姉ちゃんとしてはその願い、叶えてあげたくなっちゃうね」
アクリアがニヤリと頬をあげた。
「えー、やるのー?。ええー」
一部難色を示していた者がいたが、アクリアによる頬への伸縮攻撃が行われる。
「あい・・・やりまふ・・・やらふぇてくらはい・・・」
うむ。
よし、これで要員はあつまった。
あとはどうするか、だ。