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邪武器の娘  作者: ツインシザー
人族領 軍隊編
175/222

買い物


 本物の聖剣を手にした王子軍は戦闘の長引くグラスマイヤー領の国境砦をおきざりにしたまま、魔族領内部へと南下を始めた。

 すでに同盟軍ではない。

 砦攻略を優先する同盟軍とは別行動になる。


 王子率いる騎士団2000にイズワルド王国からの義勇軍、総数15000。グラッテン王国の義勇兵2000。総勢2万弱での進軍である。

 決して敵方としても止められない数ではなかった。

 なのに止まらない。

 兵士たちのやる気があきらかに違うのだ。

 なんとこの軍には対軍団用に特化した聖剣・魔術を使い、戦闘を有利にすることができたのだから。

 聖剣『ペントレイア』の加護がある。その認識が兵士たちを勝てる流れに乗っていると錯覚させるのだ。

 ――そう。

 この軍の戦場には『ペントレイア』の花吹雪が舞うのだ。

 一度花弁が宙を舞えば、魔族軍の兵士が負傷を含め400人は削られる。

 毎日400人。

 聖剣とはかくも恐ろしい武器なのかと、聖剣を見たことのなかった兵士は恐れおののいていた。                           

 本物の懐刀を隠したまま・・・。


 二本目の聖剣、氷聖剣『クリオロフォス』。

 その剣の存在は魔族軍に秘密にしたまま、王子の軍は進軍していた。

 かわりに一本目・・・オレの『ペントレイア』は大々的に使っていいことになった。

 <称号>によって全土属性攻撃が増加した《ノコギリ草》は同じく全風属性攻撃を増した風スキルによって吹き散らされ、戦場をかける。

 一場面だけを見れば一方的に勝っているように見えるが、そうでもなかった。

 魔族軍は自領地に後退しながらこちらの軍を引きいれ、少しずつ削っている。

 補給線が伸び、土地勘もなく、王子の軍は少しずつ疲労がたまっていた。




 魔族領中央、魔王が城にいる真都まで10日ほどの距離まで近づいたある日、いつものように放棄された侵攻途中にある村で軍が休んでいた。

 村人が逃げ出す時に捨ておかれたタルや桶をかき集め、魔術で出した水で満たしていく。

 水魔術《浄水》が使える魔術師は軍に十数人いる。彼らを酷使して全軍が数日活動するための水を用意する。

 じゃばー、じゃばーと注がれていく様子を、シアは荷馬車に顎をのせだらけながら見ていた。

 水補充にディーとディーアが参加しているので、荷馬車の警備要員としてシアも勝手に参加していた。


「ぼー・・・」

 シアのやる気がゼロだった。

 ここしばらくは戦場に駆り出されては《ノコギリ草》や《大十字》等の大型スキルを放つ毎日で、敵は『敵』ではなく、倒すための『数』でしかなかった。

 人(魔族)の死が数になるような生活は流石にダメだと思う。精神の安定のためにも、日常に少しでも触れてほしい。

 そう願ってはいても、放棄された農村にそんな心を休めることがあるわけもないのだが。


「あらシア様、お暇そうですわね。なら、いっしょに移動商店を見に行きませんか?。ちょうど今獣人の商人がいらしているらしいですわよ」

 日傘をさしながらメイドと護衛をつれ、作業中の荷馬車の近くに通りかかったのはベルティナ嬢だった。

 このお嬢様の忍耐力と王子への追従には驚かされる。

 まさか魔族領にまでついてくるとは思わなかった。彼女が王子と婚約できたのはたまたま色々なことがかみ合ったせいだったが、今ではその行動力に王子との仲を祝福する声が少なくない。

 オレも、この人の王子への気持ちは本物な気がする。それが恋とはかぎらないが。

「ん。いいよ。行く」

「はい。ディーア様も来られます?、エステラ様はいらっしゃらないようですけれど」

「うむ」

「仕事があるので、と言っています。お誘いはありがたいのですが、すいません」

 ディーたちはまだ仕事が残っている。

 エステラは以前出した手紙の返信が来て、その手紙の主がやってくるそうなので人待ちに広場で待機していた。彼女は目立つことができるのでこんなときに便利だ。ピカピカ目立つので。


 ディーアから石鹸を買ってくるように頼まれ、シアはベルティナ嬢の隣に付いてテクテク歩きはじめる。

「シア様、魔族領といっても、人の生活する村とはそう違いはないのですわね」

「ん。たまに家の前によくわかんない骨が飾ってあったりするくらい」

「あら、それはまだ見ていませんわ。私が見つけたのは青が家の周りによく使われているくらいでしょうか。青い木に青い畑。青い染料で壁に模様を描いている所もありましたわ」

 きっとその青い木は動く木の魔物で、染料や畑はその魔物の灰や炭で作られたものです。魔族領では青は比較的手に入れやすい色なんです。

 そんなオレの心の声はベルティナ嬢に届くことはなく、シアは彼女に別の質問をしていた。

「ベルティナは楽しそう。・・・どうして?」

「あら、シア様も貴族なのですわよね。だったら私がどうして楽しそうなのか、予想がつくのではありませんか?」

 普通の貴族令嬢は踊りとかお茶会とかが好きなのだと思っていた。こんな殺伐とした戦場での楽しみなんてあまり思い浮かばない。

「そうですわね・・・社交界では時として”スリル”というものは美酒と同じ価値があることもあるのですわ」

 貴族の生活とは抑制の生活であるともいえる。国のため、家のため、一族のため、そして将来のため。常に心を押し込めて自身を貴族社会に合わせて改変していかなければならない。

 そうした抑制はゆがんだ心を生み出しやすい。

 貴族に特殊な思考・性癖が多く生まれる理由でもあった。

 このベルティナ嬢も少なからず歪んでいるということだろう。


「血まみれの男性・・・素敵ですわよね・・・・・・」

 うっとりと、そんなことを隣で言われてしまうくらいには。

 うん。

 全然。それくらいは普通の嗜好の範囲内である。

「王子様を押し倒して私の月のモノをかけたら、どんな顔をするかしら・・・そういったドキドキを最近よく思い描くのですわ」

 へ、へんたいだったー!

 よし、今のうちに投獄しよう。

 血みどろの戦場にいて、忌避感が逆転してしまったらしい。

 ベルティナ嬢はまだ10代。そんな多感な時期に戦場に連れ出し、囮役として敵から常に命を狙われる役回りを演じさせられた。

 自分の周りには死と、血と、鉄の音と、怒号があふれ、自分もいつ死ぬかわからない生活。

 感情が擦り切れ、恐怖心から逃げるために脳が錯覚を起こさせる。

 誘拐犯を被害者が好きになってしまうように。

 自分の心を平静に保つために”好意”という防壁で覆い隠してしまったのだ。


「・・・その時は、王子を説得するくらいは手を貸す。・・・いろいろなお礼として」

 シアはげんなりしながらそう言った。

 王子には彼女の要望に応えてもらうしかないと思う。責任を取ってもらおう。

「ふふ、冗談ですわ」

 楽しそうに言った。

 そうならいいけどなー・・・

「貴族の娘としてでは見ることのできなかった景色がみえています。私は、知れてよかったと思います。この後もあの方といっしょにいるのなら、必要なことだったでしょうから」

 ベルティナ嬢は為政者の眼をしていた。

 政治は命の上に成り立っている。そのことを知っている政治家は少ない。・・・きっと彼女はいい王族になるだろう。



 荷馬車にのせられてきた商品は、ほとんどが兵士たち向けの物ばかりだった。

 酒、ポーション類、砥石、石鹸、あとは塩や砂糖、乾燥させた果実類もある。

 兵士たちが酒に群がっている。

 相場より大分高いお値段となっているが売れ行きはよさそうだ。

 しかし我々には関係の無い物だ。まぁこの世界に飲酒を制限する法律があるかは知らないが。今まで聞いたことがないということは無いのかもしれない。

 他に面白いものはないかなー・・・

 シアは頼まれた石鹸と自分用の石鹸を確保してから物色してみる。

 最近は石鹸の消費量が上がっている。夏の入りなのと、水が貴重品なのと、そして重い鎧を装備しないといけないのと、埃っぽいのと・・・。まぁ色々な理由から石鹸や香料の使用が増えていた。シアも持っていたが香料は早々に使い切ってしまったので新しく購入はしない。石鹸に比べて高いし。

 スキルで洗濯や洗浄ができると楽なのに、なんでこの世界に便利スキルは無いのだろうか。神様にはそういうところもきちんと作っておいてほしかった。

 ともあれ、あまり気になる商品は無い。


「シア様シア様、面白いものがありますわよ」

 ベルティナ嬢が馬車の側面に立てかけられた木箱の前から手招きしている。

「何ー?」

「守護魔道具に使う宝石だそうですわ。それに、石も売っているのですわ」

 レア度の高い特殊輝石ではなく、守護輝石。いわば普通宝石が並べられていた。

 能力は付与されているらしく、『水耐性』や『暑さ対策』なんて札がついていた。

 特殊輝石を集めているシアにはあまり面白いものではないが、ベルティナ嬢は加工されたそれらより、むしろ無加工で脇に並べられた原石の方に興味があるらしかった。

 わかる。原石は原石できれいだもんな。きっとオレに体があったら原石集めとかしてたかもしれない。

 シアはそれらを見てうーんとうなっている。特殊な物はなかったのだろう。

「ん?、これは?」

 シアは横に並べられている赤黒い石を手に取った。

 こちらをうかがっていた商人がそれに答える。

「そいつはここらで採れる『焦石』ってもんでさ。魔素を抽出すればポーションの基になるもんです」

 丸い小さな穴がたくさん開いた石だ。スポンジや、アニメで書かれるチーズに似ている。石の中で赤い火がくすぶっているのが見える。スチールウールに火をつけたみたいに。

 それが焦石。熱地から採れる魔素を含んだ石だ。

「あったかい」

 宝石ではないから守護魔道具には適してなさそうだな。でもちょっと面白い。シア、いくつか買ってみてくれないか。

「・・・えー」

 かさばるが、いらなくなったらエステラに渡せばポーションにできるから。

 シアはいくつか焦石を購入する。

 ベルティナ嬢も気に入った原石を一つ購入したようだ。

 買い物がおわり、ベルティナ嬢と別れる。


 シアは道を戻らずに広場の方に歩いていく。

 商人が広場で商品を広げられなかった理由――それは

「走れーっ、戦いが無くとも鍛えることを怠ればそれは己の生死に直結する。死にたくなければ死ぬ気で走るのだっ」

 訓練場になっているからだった。

 剣を振り、走り、模擬戦を行う。ここはラザン将軍によって兵士たちが体を鍛える場所と化していた。

 シアはその中を突っ切り、真ん中にある噴水へ歩いていく。

 噴水は枯れている。水を抜いてあるからだ。

 魔族領の水は毒が混じっているかもしれないので使わないことになっている。

 その噴水に腰かけているのはエステラだった。

 シアに気付いて手をふっている。シアも小さく手を挙げる。

「来た?」

「まだですわ」

 そろそろ夏になる。夏の前に手紙の主、アクリアがやってくるのはきっとオレの《再器一式》のことだろう。ドキドキだなっ

「あと、これおみやげ」

 シアはエステラに買ってきた焦石を渡した。

 いやいや、燃える石だぞ、もっとこう、何か面白いことできるかもしれないだろ。燃料とか、火薬とか、石炭代わりとか。

 エステラに消費される前に実験させてくれっ

「・・・・・・これ、どうするんですの?」

「パパが、燃やしてみたいって」

 シアはため息をつきながら答えた。

 エステラは首をかしげていた。


 とりあえず、細かく砕いて粉にしてみた。粉にする途中で火が消えていくのがわかる。それでも粉にして山盛りにする。火のついた薪をオレのさきっぽに刺して粉末に近づけていく・・・。

 ぽっ と火が灯る。けれど火薬のような強い発火性はない。そして燃えていても粉が減っているようには見えない。あくまでも含有する魔素が燃えているだけらしい。

 研究者なら何かに利用できるかもしれないが・・・オレは一般人だからなぁ。火薬は密封すれば爆発力が上がるなんて知識はあっても、燃焼率が低い素材の利用法まではくわしくない。

 早速お手上げだった。

「エステラ、吸収していいって」

 そんなー

 無情にもさっさと処分されることになった。

「わかりましたわ。《魔素吸収》・・・・・・あら、思ったよりも多いですわね」

 エステラが吸収すると粉の色が白くなる。わかりやすい変化だった。

 今度は石のままの焦石を吸収していく。これも白くなり、ボロボロとくずれてしまう。

「悪くない材料ですわ。一度ポーションに変えておきます。残ったのはどうしましょう。何かの時用に取っておくか、ポーションにしてしまうか」

 エステラはふところのポーション瓶を取り出して魔術で魔素を液体に変えていく。

 シアは思案した後、自分も魔術を使ってみた。


「・・・《魔素喰いグラトニー》」

 無魔術《魔素喰い》が黒い空間を開くと、シアはその中に焦石を通過させた。

「・・・おぉ。」

 満足そうである。《魔素喰い》を通過した石は白くなり、ボロボロと崩れていた。

 石からでも魔素が吸収できるのか。

 《魔素喰い》に魔道具を通したことがあったが、その時は魔素が吸収できなかった。焦石は吸収しやすい素材ってことなのだろう。

 シアでも使えるMPポーションってところか。しかも粉にしても使えるってことは持ち運びもしやすいわけだ。・・・悪くはない。が、エステラがいるんだからMPポーションにした方がもっと効率がいい。

 しょぼん。

 焦石の研究は早々と終わった。


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