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邪武器の娘  作者: ツインシザー
人族領 軍隊編
174/222

空にとける言葉


 振り下ろされた前足が木々をへし折り、岩を粉砕する。

 シアは辺りを走り回りながらそれを回避する。

 黒豹は・・・いや、あの”獣”は、すごいことになっていた。

 体の大きさが倍になっている。しかも早い。今までは人のように立って戦っていたのが、まるで獣のように俊敏に襲い掛かって来る。

「・・・んっ」

 シアが蛇腹槍を振るう。獣はそれを豪快に避けていく。

 完全に獣だな。まるで今までの形態を完全に捨てているかのような動きだ。

 ただ、そのせいかはわからないが動きが単調に思える。

 単純ではあるが、ただただ威力がすごい。

 直撃をさけているが、さっきからシアが跳んできた岩や木片で体を傷つけられている。避けるたびに傷つき、どこかから血を流す。


「シア様っ」

 ディーアの声が聞こえて獣の周りに炎の壁ができる。

 獣はひるんだらしく足を後ろに下げた。

「ギャンッ」

 獣が飛び上がった。

 右の後ろ足に刀が刺さっている。

 クラウニードの刀だ。

 へへっ、という笑い声が聞こえた気がした。

 あの獣がいる場所は・・・そうか、一矢報いたか。


 ディーアが獣の頭に火球を飛ばす。

 獣は素早い動きで避けようとするが、さっきとは違ってうまく避けられない。飛んできた火球の一つを首に受け、頭の近くに火が付いた。

 体を倒し、前足で火を消そうとする。けれど手の使い方を忘れてしまったかのように、獣は火をうまく消すことができなかった。

 シアは振り回されている四肢に気を付けながら近づき、無防備に広げられている腹にオレを振り下ろした。

「グギャァアアッ!」

 獣はのたうりまわる。

 腹から血を臓物をまき散らしながら。

 シアから逃げるように距離をとり、立ち上がろうとして――後ろ足から崩れ落ちる。

 前足だけで体を引きずり、どこかへと動く。

 その動きもゆっくりと遅くなり、とうとう前足からも力が失われた。

 シア・・・とどめを

「・・・・・・」

 シアはもう動くことができず、荒い息だけを吐いている獣に最後の一撃を与えた。



 クラウニードは目を閉じたまま、満足そうに笑っていた。額や頬は汚れ、体も獣に踏まれたのか、ひどいありさまだったが。

 それでも笑っていた。

 笑ったまま、逝ったらしい。

 ラザン将軍もあちこちに怪我や矢傷があったが、今はポーションで大分回復している。


「・・・・・・わしより先にいくとは・・・軟弱者め。次に会ったときは特訓だな」

 そう言ってクラウニードを持ち上げ、荷馬車まで運んでいた。

 襲撃してきた魔族の兵士はあらかた掃除され、残ったのを騎士たちが追いかけていった。

 護衛騎士と王子はクラウニードを囲み、そして言葉をかけていた。


「シア様は、もう声をおかけになりましたか?」

 王子たちを少し離れた場所から見ていたシアの所にディーアとエステラがやって来る。

「ん。・・・ありがとう、って。もっと武器を交えたかった、って。」

「そうですか。クラウニード様もきっと・・・。・・・シア様、さっきの黒い豹は、《獣退行ビステイア》を使ったと言いましたよね」

「ん。」

 ディーアは納得する。

「そうですか。では、あれは魔将ビルグロ・ヒュリオンでしょう。《獣退行ビステイア》は”魔将”になると得られる特殊なスキルですから。まさかこんなところに魔将がいることも驚きですけど」

 魔将だったのか。クラウニードを簡単に下していたのにも納得がいく。

 シアの《龍変化》より劣るが、《獣退行》もかなりの効果のあるスキルなようだ。

「《獣退行ビステイア》は、重ねがけができる?」

「わかりません。おじい様は使いませんから。ただ、スキルを使うのに知力を消費するスキルらしいです」

 知力を、か。

 魔獣から魔族に昇位するのには力や耐久を捨て、知力や魔力を得る。けれどその逆。知力を捨てて魔獣だったころの強靭さを得るスキルなのか。

 多用すると知能がひどいことになる。そして結果的に簡単に倒されてしまった。

 魔族になっても昔の強さを忘れられなかった、魔族たちの願望が込められたようなスキルなのかな。


 もし、と思う。

 もしクラウニードではなく、シアが黒豹にあたっていれば。

 もしもう少し早くナイフ遣いを処理できていれば。

 もしシアが回復魔術が使えていれば・・・。

 結果は違っただろうか。

 それともシアが黒豹に傷つけられていただろうか。

 ・・・・・・後悔してもしかたない。

 いくつ『もし』を連ねても失ったものはもどらないのだから。

 シアは空を仰ぎ見上げた。

 さよならは言わない。


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