閑話 リッチ
閑話 リッチ
魔族領に『魔王城』というものは無い。
魔王は生まれ魔族を支配はしてもその王政は長くないからだ。
王がいない期間の方がずっと永い。
魔王が自分のための城の建築を命じたとしてもすぐ無駄になる。何代も、何代もの魔王が新しく造ろうとしたり、継ぎ足したり・・・そんな無駄な建設途中の土台ばかりが集まったような場所の周りに壁を造り、街ができたのが『真都』と呼ばれる魔族領の主都だった。
真都の現在魔王の居る城――仮称として魔王城と呼ばれているそこに、今魔族でも最高峰の人材たちが集まっていた。
魔将 《大森林の賢者》ロンメル・イルクレア
魔将 《千手海賊》ジャハルレア・マーロイ
魔将 《不死の王》リッチ
魔将 《黒の獣王》ビルグロ・ヒュリオン
魔将 《魔の鋳造者》グラフェン・テスラー
そして彼らを統率する王
魔王 ブランヒルグ・ベヒモス・オーク
会議場として大机にイスが並べれられた場に、魔将は着席して待っていた。
全員が待つ中、魔王が執事を伴って広間を歩き、一番奥の上座へと向かう。
「呼びかけに集い、感謝する。我々は間もなく来る人間どもの侵略に対して抗うための相談を行わなければならない」
魔王は一同を見下ろしながらそう宣言し、着席した。
「では・・・各将の戦力数と配置を今一度、報告してほしい」
「王よ。待っていただきたい。ここにおらぬ3名の魔将はどうしたのだ。出不精のロンメル殿さえ来たと言うのに、老人と犬二匹がおらぬとは。何か理由がおありだろうか」
声をあげたのはガイコツ姿をした不死の王、リッチだった。
他の魔将も気になるらしく、リッチの言動に異を唱える者はない。
「・・・・・・ケルベロスは《異質なる境界の門》から動こうとしない。門の鍵が二つ壊されたことに危機感があるようだ。炎獅子は子を産むために来ていない。代わりに大獅子100頭を好きに使うように預けられている」
境界門は魔族領の最南領域にある。真都まで来てまた戻るのは確かに時間がかかるだろう。だからやってこないということか、とリッチは理解した。
「では、ディー殿はどうしたのだ。前の会議には参加していただろう。そのあと盗まれた聖剣が見つかったと言う話をしていたが、まさか聖剣を取り戻しに行ったのではなかろうか」
「・・・・・・」
難しい顔をしていた魔王の表情にピクリと変化があった。
どうもこの魔王、昇位して人の似姿をとってからそれほど時間を経ていないせいか、表情というものが乏しくていけない。まぁ、人の上に立つ存在としては無表情なのも威圧感が出ていいのだろうが。
「・・・・・・ディー・ロームは我を裏切り、人の方についた。その孫と共に」
リッチの顎がカクンと落ちた。同じ魔術を極めんとする者として、ディー・ロームとは親交を温める仲だった。それが・・・なぜ人などに協力したというのか。
自分に相談することもなく、魔王を裏切るとは・・・。信じられない思いがした。
「そ、まさか・・・魔王様の御意思はどうしたのだ。御意思に抗って人に協力するなど、ありえん。人を殺すか、殺されるかのどちらかではないのか」
「・・・ディーには我の命令に抗う術があったのだろう。同じことが起こらぬよう会議の後にまた一度、契約の確認を行う」
リッチは内心憎々しく思った。契約を回避する術はディー・ロームでなくてもいくつか知っている。
自分もその術を使って契約を回避したのだが、ここにきて契約を見直すと言い出したのだ。・・・まぁ、契約の方陣の一部を魔術紋で書き、重ねてしまえばごまかせるだろう。
だが魔王が魔将へ不信感を持ったのは消せない。
やりにくくなるな。
「リッチ、いいかげん控えよ。お前が話していては会議がすすまない。王よ、裏切り者など弱者の証。このジャハルに奴を討つ機会を与えよ」
ジャハルレアは無数の触手をうごめかせながらそう言った。
暑苦しいうえに、生臭い。というか、イカ臭い。
イカの姿をした魔将だった。
ジャハルレアは戦うことに喜びを覚える。いや、蹂躙することに、と言った方が正しい。
海洋の魔物はその領域の広さから、総数は圧倒的に多い。数は力だ。陸で戦える数は多くは無いが、その多くないはずの魔物でさえとんでもない数をそろえることができる。
疲れを知らない我が死の軍団とは違う、厄介な存在だ。
魔王は機会があれば討つが良い、とだけ答え、それぞれに報告をさせていく。
現在の軍配置に変更はない。ロンメルとジャハルレアは西。自分とビルグロが東。そして中央に魔王を置いて、後方でグラフェンが研究成果を随時前線の足りないところへと送って来る。
「グラフェン、そなたの手駒はどれほどできている?」
かたわらに常に本を持った、ロングコートの女性。グラフェン・テスラー。
彼女はやる気なさそうに答える。
「魔王君。手駒じゃないよ。あれはみんな私の子供達。君がどうしてもって言うから貸してあげてるけど、丁寧に扱ってね」
「・・・・・・検討しよう」
「まったく。本当にわかってくれてるのかなぁ。まぁ、うちの子はそうそうやられることなんてないからいいけどね。そんなやわな子には育ててないから」
グラフェンはため息をついてから額の二つの眼を開いた。
「竜が三。竜魚が50。古い人の子たちから一人もどってきました。・・・この子はそのうち魔将になるでしょう。今はまだ戦力としては考えないようにしてくださいね」
人の錬金物から魔将に成るだと。
グラフェンの力は計り知れない。彼女の戦闘力自体は小さいが、彼女の生み出す物はすばらしい戦力になる。
四ツ目の魔女
額のその目は過去を見るとうわさされる、不思議な存在だった。
グラフェン・テスラー。その知識は魔術とはまた違った深みがある。興味深い女だ。
「竜はどれほどのものだ?」
「一頭が数千の魔族に等しい戦力になると思います。仲がいいので3頭いっしょでも喧嘩しませんし、人の言うこともよく聞く賢い子たちですよ。・・・特に、溶解竜の子は普通の人間の兵士であれば負けることはありえないでしょうね」
溶解竜。古代のスライム種か。
相当な厄介な生き物だが、それを手懐けているということか。
魔族の数千に匹敵するとはぶち上げたものだが、嘘とも思えないのが恐ろしいところだ。
「わかった。竜は3頭ともビルグロの軍に加えよ。東で敵の動きがあるようだ。聖剣が使われたという話しも聞く。3頭で聖剣使いを倒せ」
「承った」
ビルグロは黒豹の剣士だ。剣の腕は相当なものだと聞くが、それよりも彼自身の腕力と瞬発力が恐ろしい。そしてなかなか知恵もまわるようで、ジャハルレアとはまた違った近接戦闘の申し子だった。
あまり関わりのある魔将ではないが、しばらく前から同じ戦場に割り振られている。ある程度の会話は行えている。大丈夫、問題はない。
「聖剣使いの情報はスティアート」
「はい。魔王様」
魔王の後ろに控えていた執事が前に出てきて報告する。
「聖剣使いの姿かたちは黒髪、金目、黒外套を羽織った槍使いの人間の娘だそうです。同じような娘の報告が魔王様の就任式典で上がっておりますから、もしかすると魔王様を暗殺しようとした人物やもしれません。聖剣の能力は”花”。対集団用に特化した能力のようで、触れるとカミソリのように切れ味の良い花びらを無数に噴出するようです。ただ、集団用なためか、個体への殺傷力はそれほど高くはないようです。以上です」
「花・・・?」
「どうした、グラフェン」
聞かれたグラフェン・テスラーが少し戸惑いを見せた。
「いえ・・・魔王君を直接狙ったということは、私の囮作戦は役に立たなかったみたいね・・・」
「あれは先代の魔王の指示だろう。先代を辛酸しからめた人間の周到さに対抗するために、そなたに命じた策だったと聞いた。今回人間がどう動いたかは知らぬが、我のために用意されたこと。そなたと先代魔王には感謝している。もし次の魔王があるなら、その時にも同じく用意してもらいたい」
「・・・はい、わかったわ」
魔王様に感謝されるとは。良い仕事をしたのだろう。
しかし花、か。
スケルトンであればそれほど被害はないスキルだったはずだ。
やりあう機会があれば退けられるだろう。
その後もこまごまとした話し合いは続き、ようやく会議が終わる。
部屋を退室し、先を歩いている黒豹、ビルグロに声をかける。
「ビルグロ殿、聖剣使いの排除命令が出ましたな」
「あぁ、リッチ殿。だが今回の聖剣は対抗策がとりやすい。数ではなく、個の強さであたれば良いのだろう。だからこのビルグロに強力な竜を3体も預けたのであろうさ」
ビルグロ自体の強さもさることながら、数千の戦力に匹敵する竜を3体。
確かにこれで聖剣使いを討てないなどということはないだろう。
「・・・・・・ワレの戦力は必要なさそうだな。けれど、聖剣使いを倒すのに必要であれば、ワレの軍を使うといい」
「いらぬ。リッチ殿には変わらず夜の襲撃をお願いしたい。朝に我、夜に貴殿が襲えば人間どもは疲労してゆく。貴殿の軍は個に強いモノが少ない。今のままで十分だろう」
その通りではある。
平地と言う戦場ではどうしても自分の軍団は活躍の場が少ない。
閉所で相手を疲弊させるのには適しているのだが、それ以外となるとどうしても使い勝手が悪い。
今ビルグロに任されている夜間の襲撃でさえ、不得意なのだ。なにせゾンビは足が遅く、スケルトンは歩くだけでカラコロと音し、霊体は夜では光るせいでめだってしまう。夜襲しようとも襲い掛かる前にこちらの姿をとらえられてしまうのだ。
リッチはそうであるな、としか答えようがなかった。
どうも最近は自分の株が下がりつつあるようで落ち着かない。
得意なフィールドで戦えれば評価もちがうのだろうが・・・。
魔王の命令に従うのであればやむを得ないだろう。