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邪武器の娘  作者: ツインシザー
人族領 軍隊編
160/222

砦前戦場にて


「おー・・・」

 王子にも出撃要請がやってきた。

 ので、護衛騎士のシア、エステラも戦場にお供していた。

 ディーア、ディーの二人は後ろでベルティナ嬢のお供をしながら魔法をうつ案山子になっている。


 ゆっくり進軍しながらでも目に入る。

 砦の外壁と同じくらいの高さのある首の長い水竜。それより高さは小さいが口元に火の焔がチロチロしている火竜。あれは一般的にサラマンダーと呼ばれるやつだ。

 そしてまるで解けたアイスクリームのようなドロドロとした半透明の溶解竜。

 確かにでかい。

 そしてやばいらしい。

 陣の浅いところを攻撃しているくらいなら動かないが、敵陣深くに攻め込もうとするとあの3頭が出てきてこちらをなぎ倒してゆくのだとか。

 一度、それで第4大隊が痛い目を被ったらしい。待機中だった他の大隊まで呼び出されて竜を追い返したのだと、他の部隊から話を聞いてきたシシールに教えられた。

 きっと”技”スキルの連発でなんとかしたんだろう。一般兵では太刀打ちできなそうだからな。

 今は敵が攻める気が無いからいいようなものだけど、本気でこられたら壊滅するんじゃないかと心配になる。

 何かを待っているのか、それとももしかすると聖剣の持ち主を確実に倒すために、様子をうかがっているのか。積極的に動かないのが逆に不穏である。

 王子は戦線の表層、魔族に率いられた魔物だけの突撃隊を相手に消耗を抑えながら戦っている。

 魔物の相手は騎士団だけで十分なので護衛騎士には出番がなかった。


「んー・・・」

 指揮をしている王子の側で周りを警戒しながら立っているだけのシアである。

 正直暇をしていた。

 前線ではコボルトの集団を相手に盾を持った第1大隊の兵士と騎士団の面々が戦闘を繰り返している。

 コボルトは人間の半分くらいの大きさだが、数と、集団戦能力が高い。とは言っても盾を持った兵士を突破できるほどの戦闘力はないので、時間をかければそのうち処理しきれるだろう。

「わんこ、あまりかわいくない。」

 殺気立って血走った目をしているからな。

 愛嬌のある目をしてシッポでも振ってくれればカワイイかもしれない。

「・・・シア様、つまらなさそうですね」

 退屈そうにしていたシアに、とうとう王子が声をかけてきた。

 大分前からシアの様子には気が付いていたようだが、今まで見て見ぬふりをしていた。

 王子も指揮の合間に余裕が出てきたと言うことだろう。

「ん。突撃したい」

「おい」

「何を言い出すかと思えば」

「・・・ご主人様?」

 突撃要望のシアに周りからいさめるような視線が送られてくる。

 王子はニコニコした笑顔を凍り付かせた後、シアにこの戦場の危険性を教授してくれた。

「シア様。今回の戦闘は条件付きの膠着戦です。条件を越えたとたんにこちらが壊滅しかねない、危険な戦闘なのですよ。まるで温い戦いをしているように見えますが、あのライン、魔獣と魔族が二つに分かれているラインの向こうに一歩でも踏み入れたら、それが引き金になってあの巨大竜が襲い掛かってくるのです。なので、突撃など考えないように」

 魔族はコボルトたちの100メートル後方に待機している。竜はその魔族からさらに50メートル以上後ろだ。前のコボルトが5000、後ろの魔族が1000ほどか。それが今、第1大隊と騎士団が受け持っている敵の構成だった。

 ここの他にも左右で戦いが展開されている。敵の竜はそのどこにでもすぐ駆け付けられる位置に陣取っていた。

 ただ、ここが真ん中の戦場なせいか、竜との距離が一番近い。

 ある意味、龍が動き出した時に一番逃げるのが大変なのがここだった。


「・・・・・・ラインを越えなければ、竜は動かない?」

「え?、えぇ。それは確実なようです。たとえどれほど遠距離魔術で魔族を攻撃しようと、竜は微動だにしませんから」

 けれどこちらの魔術部隊でも魔族まで届く攻撃ができるのはディーとディーアしかいない。

 それはあくまで届くだけで、攻撃の威力を保持したまま魔族の集団へ魔術攻撃が可能ということではなかった。

 こっちの盾戦線から味方の魔術部隊は50メートルは後ろで戦っている。そのさらに後ろにディーアたちのベルティナ嬢護衛集団がいるのだから、ディーアたちの攻撃は200メートルくらい飛距離があることになる。すごいねー。

 シアの《夜槍》は今、どれくらい飛んだっけ?

「・・・・・・30めーとる」

 熟練度30に達していないが山なりに撃てばそれくらいは届く。・・・届くからなんだって距離だったが。

「はぁ・・・あきらめる」

 シアが少しションボリしていた。

 王子は苦笑しながらそれがいいですよ、と慰めてくれる。

「まぁ、遠距離攻撃であればいくらしてくれてもかまいませんよ」



 シアにスキルが増えた。

 《操鞭》。

 《操槍》と同じく鞭の軌道に5%の補正がかかるスキルだ。似たスキルなので割と簡単に取得できた。それから《爆風》。風の中級魔術だが、遠距離攻撃魔術ではない。近距離に爆発的な風を起こし、敵と距離をとったり矢弾を打ち払ったりする防御用のスキルだ。・・・どうやら風の外発系中級魔術は他にもあったらしく、シアは間違った方を獲得してしまったらしい。ただ、この魔術は使い方によっては落下ダメージを軽くできそうなので悪くないと思う。それに防御面でも魔術吸収の《魔素喰い》と矢弾ふっとばしの《爆風》の二つで、遠距離への対策ができてきたことになる。

 パパとしてはシアの危険が減ると言うことで、喜ばしいことだ。

 そして・・・そう。もう一つスキルを覚えた。

 覚える気がなかった、面白枠のスキルが。



 どおん

 という音を響かせながら敵陣に巨大な氷の塊が突き立っている。

 あれはディーアの魔術。水の上級魔術《氷塊岩》。3メートルはあろう巨大な氷を敵に投げつける、実に迷惑な魔術だ。

 せまい路地の前後をこれで塞がれたのはいい思い出だ。死ぬかと思ったわ。

 前回の出撃から10日。再び王子たちに出撃の要請がきた。

 その期間中にディーアたちと練っていた戦法を実際に使ってみているのだ。


「ん・・・大分はずれた」

 着弾地点は狙った所の30メートル横だった。それでも大分恐ろしい攻撃だが・・・。

「次。」

 シアの掛け声にディーアが《氷塊岩》を出現させる。

 シアはその塊にオレを叩きつけ・・・るように巻き付けた。

「《縛縄アレスト》っ」

 蛇腹槍となったオレの刃が氷の塊を横抱きにするように一周する。捕縛術。たったこれだけであとは氷が抵抗するか、シアが離そうと思わない限りこの拘束は解かれることはない。

 シアは抵抗しない氷の塊を、ぐるんぐるんと《円舞陣》で回転させる。初めはゆっくりと、そしてどんどん速度を増し、最後にはとんでもない高速で塊を振り回す。制御に《操槍》と《操鞭》、そして10分間の筋力倍増スキル《龍変化》も使って。ただし器用はやさしさの半分である。

 そして速度がシアの操り切れる、最高潮に達した時――

「しっ!」

 ひねりを加えるようにオレを操り、シアは氷の塊を敵の魔族集団へと投擲した。

 それは横回転する弾丸のように威力をもったまま敵陣に到達し、敵もろとも大地をえぐり血と土埃を盛大に巻き散らかした。

「ん。そこそこ」

 ・・・まぁまぁ狙った所に飛んだらしい。

 2発目の氷の塊を投げられた魔族の集団にはかなりの動揺が見られる。伝令が急いで駆け回り始め、盾を持った魔族が集団の前面に押しやられてくる。

 魔族は人間の盾職のような大きい盾を持たない。せいぜいが大きめの騎士盾くらいのサイズだ。あれでは氷の塊を微塵も防げはしないはずなんだけど、魔族たちもどうしていいか判断できないようだ。逃げていいのか、とどまらなければいけないのか、という。

 まぁ、こちらの味方も動揺という点では同じだ。

 3発目の装弾に入ったシアを、兵士や騎士たちが恐ろしいものに出会ったような青い顔で見ている。

 彼らはもう数発、シアが試し撃ちを終わらせるまで無言だった。

「・・・・・・シア様、その、・・・いったい何を?」

 周りと同じように青い顔の王子が、一休みしているシアに声を絞り出しながら聞いた。

「ん。これならいくらしてもいいって言われたから。」

 言ったのは王子である。


『まぁ、遠距離攻撃であればいくらしてくれてもかまいませんよ』


 周りの視線が王子に集中する。

 おまえなーという意味を多分に含んだ視線だったが、王子相手に口で文句を言うものは一人もいなかった。かわりにこの視線だったが、王子は視線の意味がわかっているようで明後日の方向を見ながらコホンコホンと咳こんでいた。

「確かにこれなら、魔族を減らすことができるでしょうね。けれどこんな戦法、長くは続きませんよ」

 それはそうだ。もう少し魔族集団を後方に動かせば、飛んできた方向を見て急いで移動しさえすれば避けられる攻撃である。魔族のラインがあそこにある今だからこそできる戦法だった。

 だからできるだけ今のうちに削っておきたいとも言えるわけだけれども・・・。

「ん。問題ない。ディーア、縦長のをお願い」

「はい、シア様」

 ディーアは魔術で氷の塊を作り上げる。今度のは上下に長い、とがったラグビーボールのような塊だった。

 シアはその塊を拘束し、回し始める。

「・・・――《龍力ドラグニカ》っ」

 それは60秒だけ”龍”の力を発揮するスキル。効果はそう・・・現在の総筋力値を100%増加させることができる。

 倍になった筋力は今まで制御しきれなかった速度での加速を可能にする。

 もう、残像にしか見えないような高速の《円舞陣》。シアはゆっくりと進みながら、タイミングを計り――

「しっ!」

 投げた

 それは空を切り裂き、錐もみしながらほとんど高度を落とすことなく敵陣を飛び越え、退屈で大きなあくびをしていた火竜の口の中に飛び込み


 火竜の頭を吹き飛ばした。


「え?」

「はぁ?」

「ええっ」

「「「ええええええええええええええええええぇぇぇっ!?」」」

 頭部を無くしてゆっくりと後ろに倒れる火竜の体が、ずずん、と音を立てた。

「よし。いっぴきめ」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 味方の兵士たちが呆然としている。

 いや、味方だけではなかった。

 敵の魔族も、そして魔物たちさえ後ろを振り返って減ってしまった竜を見ていた。

 ・・・・・・シア、あと20秒

「ん。ディーア、次」

「・・・これで最後ですよ」

 ディーアの残りMPも心もとないらしい。けれどそれでも、シアの目の前にさっきと同じ形の氷塊が現れる。

 遠目からでもその大きさはわかる。

 再びあの竜を殺した攻撃が、どこかに振るわれようとしていることを。

 ・・・魔族軍が敗走しはじめるまではすぐだった。

 まず竜が逃げ出した。

 火竜が殺されたのだ。次に狙われるのは同じ竜である自分たちだと考えたのだろう。後ろも振り替えずに砦の陰に隠れながら逃げ出した。

 次に魔物が逃げ出した。竜という絶対的抑止力がなくなったのだ。獣の感とでもいうのか、負けることを予感して一目散に逃げだした。

 最後に残されたのが魔族だった。彼らは命令と本能とで板挟みにされ、逃げ出すのが遅れてしまった。そのせいで勝機に一気呵成に行軍してきた同盟軍にかなりの数を減らされつつも、魔物のあとを追いかけて逃げて行った。

 こうして砦前で展開されていた魔族軍と同盟軍の戦いは、一瞬にして同盟軍の勝利で決着をみることになったのだった。


「・・・これ、どうしよう」

 20秒を経過してしまい速度が遅くなりつつも、《縛縄》で拘束されたままの氷塊を回しながらシアがつぶやいた。

「・・・・・・ご主人様、まだ砦の中の敵が残っていますわよ」

「ん。」

 目標を定めるシアに、護衛騎士たちが一斉に待ったをかけるのだった。


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