護衛騎士5
「あぁ、来たね、3人とも。こちら、同盟軍の中央方面軍指揮官、ツキワ軍師です。そちらが第1大隊隊長のベル・タキウス大隊長。第2大隊のニール・クロイチェルとは顔合わせしてあったよね」
「・・・・・・ベル・タキウスだ。よろしく」
ニール・クロイチェルは軽く頭を下げるだけで挨拶してくる。
そして一度も挨拶してこないツキワは、・・・ゴブリンの姿をしていた。
ゴブリンではない。ゴブリンに近い、人間・・・。おそらく、ゴブリンとのハーフかクォーターだ。
髭をはやし、頭に布を巻き、体に薄茶色のローブを着た賢者のような姿だった。
「・・・それで、私たちは何で呼ばれたんですか」
王子はシアたちにテーブルにつくように促す。みんなが座ったのを待ち、口を開いたのはツキワだった。
「今日の火の最上級魔術はおまえだな。そんなに自己顕示したかったのか」
攻めるような物言い。
護衛騎士の面々のような、称賛の言葉ではなかった。
ディーアの内面に踏み込むような言葉を投げかけてきた。
「・・・ご不満でしたか」
ディーアはそれには答えず、悪かったかと答える。
確かに今日のディーアの行動はやりすぎな感じがあった。過剰な火力を見せつけるような行動。オレは魔術師であるディーアが戦士として体力訓練ばかりをやらされている鬱憤を晴らしたかったんだと考えていたが、・・・実際の所は聞いてないのでわからない。
「おまえに人間としての賢さか、狡猾さがあるのならば力は出し惜しみしろ。やつらもバカじゃない。強いモノは狙われる。おまえらは、そのために王子の庇護下に入っているのだろう」
「・・・・・・」
確かに。
シアがダリウス王子の護衛騎士になったのも、魔族に狙われないように、狙われても守れるようにということだったか。
ディーアの行動は確かにシアのことを危険にする。
「・・・おまえは危うすぎる。精神が子供なのか、それとも相手に自分がここにいることを教えたいのか。おまえが聖剣の持ち主でなければ裏切りを疑うところだ」
ディーアが裏切り者・・・。
あの魔術一つでそこまでのことを考えるのか。
しかし・・・・・・ディーアが裏切りをすることはあるだろうか。
彼女のことはよくわかっていない。魔将ディーの孫で、魔族と人のハーフ。そして火の魔術が最上級まで使える。それだけだ。
今まではディーの陰に隠れて魔王の”支配”を受けてこなかった。
・・・魔王に対して嫌悪も、尊敬もない。黒にも白にも染まっていないと言える。
「・・・すいません。そこまで深いことを考えていませんでした」
ディーアはすまなそうにごめんなさい、と頭を下げる。
それは、そうだろう。多分シアでも同じような場面なら同じようにありったけの能力で敵を倒している。
《ノコギリ草》だけは隠すだろうが、それ以外は隠す必要があるとは思っていないはずだ。
おそらくディーアもそうだ。
そしてそのことはツキワだって考えている。
これは、あくまでも釘をさすための場なのだ。
「釘をさすため?」
シアが脈絡もなく、そう言った。
みんなの視線がシアに向けられる。
そう、釘を刺したのだ。
本当に裏切りを疑うのなら、確かな証拠が見つかるまで、ディーアを泳がせるはずだ。わざわざ呼び出して疑っているぞ、と告げて裏切り行為をもっと隠されてしまうより、知らせずにいたほうが監視しやすくなる。
けれど今、こんなことを言いだしたのは、ディーアに迂闊な行動を控えさせるためだ。
「・・・そうだな。それもある。けれど、裏切りを疑っていないわけではまったくない。そしてまた、別の話を持ち掛けるためでもある」
「別の、話・・・?」
「おまえは今日、ベルティナ・ロスクートの護衛として戦場にいた。白い馬車が狙われそうになったのを、多くの兵士が見ている。もちろん魔族側も見ていただろう。馬車の一団の誰かが魔術を使い、魔物を一掃するのもな。これで、ロスクートの娘も魔族から狙われることになった」
あーっ!
「あ・・・ほんとうですね」
「そうですわね」
「ん。そう言えばそうなる」
やってしまいました・・・
「うかつな裏切り者ならそういうこともあるだろうが、真実裏切り者であればロスクートの娘の護衛中に事をおこすとも思えない。あれではロスクートの手の内に自分がいると言っているようなものだ。むしろイズワルド本国への、グラッテン王国からの嫌がらせを疑ってしまった」
・・・そうね。魔族がロスクートのことを調べ始め、ロスクート周辺を暗躍しはじめるとなると、どこかからの嫌がらせか?と思うよな。そしてシアはグラッテン王国の貴族でしたってことになるなら、グラッテンの嫌がらせだ!と発展していくわけだ。
・・・・・・がんばれロスクートの人々。
「王子の護衛としてではなかったおかげで、王子への警戒はなかっただろう。それは朗報だ。隠れ蓑としてまだまだ王子は効果がある」
隠れ蓑扱いされている王子は、さっきからニコニコと顔色を変えずに話を聞いている。
「だがロスクートの娘はこのまま帰すわけにはいかなくなった。魔族に対しても、そしてこちらの兵士たちに対してもだ」
こちらにも?。
「力のある味方の存在は希望にもなる。それをみすみすなかったことにはできない。・・・・・・よって、ロスクートの娘は軍の一部に組み込まれることになった」
って、どうするんだ?。彼女自身はまったく何の力もない、ただの貴族令嬢だろう。軍に組み込むってどうするんだろうか。
「王子の婚約者として参加させる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わー・・・
まじか。
・・・おめでとう?
王子は一同からの視線を受けてもニコニコと笑顔のままだ。けど、ちょっと怖い。
・・・・・・ゴメンナサイ
全部ディーアのせいです。
不満があればディーアにお願いします。
一発の魔術で自分の婚約者が決められてしまったのだ。そりゃ、怒りを隠すために表情も変わらなくなってしまうだろう。
「そしてその護衛に、シア、おまえをつけようと考えている。おまえには魔術師として目立つ行動をとってもらいたい」
ちょっと待て?、てことは、勇者候補として隠れることはどうなる?。ましてやベルティナ嬢のことは?。
それでは彼女は・・・
「ベルティナ様は、囮ではないですか・・・」
エステラがつぶやいた。
そうだ、囮だ。目立って敵を引き付ける、囮の役だ。
「そうなるが、だがあれほどの魔術の腕を埋もれさせるのは戦力としてもったいない。もったいないからと使ってしまえば、敵から狙われる。もし王子の護衛のままであれば、王子がねらわれることになる。それは看過できんので、今回めだってしまったロスクートの娘に被ってもらうことにした」
ひどい。
でもしかたないのか・・・。どのみち今後はベルティナ嬢は狙われる立場になってしまった。なら、本格的に敵に狙わせればいいということだ。
「そしてこの話の一番大事なことなのだが・・・おまえの聖剣は、別の人間にゆずることはできんのか?。兵士であればいいが、なんなら信頼できる人間でもいい。おまえがロスクートの娘の護衛として狙われるなら、聖剣は別の、安全な場所に置いておくべきだろう」
あー、んー。
・・・・・・どうするかなー。
ディーアは周りを見回した。
シアは周りから気付かれないように、オレを握りなおした。
少しの静寂が流れる。
「・・・・・・なぜ、そんなことを?。聖剣など、たかが武器なのですから取り上げてしまえばいいんじゃないですか?」
ディーアの言葉に大隊長たちが視線を交じわらせあう。きっと事前の話し合いではそういうことも検討に上ったのだろう。
「・・・イズワルドには、あなたたちが思うよりも強く、特定の聖剣への信仰があるのですよ。そしてその聖剣以外の聖剣を求めることは、恥にもなりかねないのです」
答えたのは王子だった。
「イズワルドの王族から勇者は5人、出ています。その貢献をしたのは3本の聖剣です。”剣の聖剣”、”獅子の聖剣”、”竜の聖剣”。この3本こそが、王族を助け、ともに戦う意思のある聖剣だとされています」
そしてそれ以外は他国を助ける聖剣ってことなのかな。ルデリウス神聖国に専用の聖剣があったようなものかも。
だから、取り上げたりはしないということか。
シア、どうする?
「ん。わかった。なら、いい。・・・騎士もいないみたいだし、ちょっとだけ信じる」
騎士や兵士をひそませて断ったら死ねズバーってこともなさそうだしってことだな。
わかった。まかせる。
パパの行く末はシアにまかせるっ
「聖剣はわたしが持ってる。だからディーアと別でも平気」
「・・・うん?」
「・・・・・・?」
「・・・どういった意味でしょうか」
その場に混乱を招いていた。
おそらく、満場一致で意味がわからないだろう。
「聖剣・・・聖剣の”スキル”はわたしの。”花の聖剣”は壊れて、その”スキル”だけがこの・・・パパの中にある」
「・・・・・・まて、わからない。まったく意味がわからないぞ」
「・・・何か、いろいろと理解しがたいことが言われている気がします」
ツキワも王子もシアのはしょりすぎな話を理解するのに苦労しているようだった。
うん。
こんなときに頼りになるのがエステラである。
「・・・わかりましたわ。シア様、全部説明していいのですわね?」
エステラがシアに確認を取る。
「ん。お願い」
長い、そしてとんでもない話がイズワルドの軍上層部になされるのであった。
「・・・・・・あなたが、シア様で、そして龍の一族で、さらに壊れてしまった聖剣と似たスキルを使える唯一の存在だと・・・それでいいのですよね?」
「ん。」
だいたい合ってるな。スキルが使えるのはオレなので、オレが助力したい相手だけが使えるってくらいだ。
「今まではその・・・ディーアという魔将の孫と入れ替わっていたと。我々が聖剣を狙ってそちらに無体を行うかもしれないから、と?」
「ん。」
「そしてその・・・・・・そちらのメイド姿の女性が・・・グラッテン王国のシエストリーネ・グラッテン第二王女だと?」
「・・・エステラ。そこは隠してもいい」
「全部と聞きましたわよ。だから全部ですわ。聖剣が壊されていることも、赤毛の亜人が暗躍していることも、魔王が”悪魔”であるかもしれないことも、世界崩壊を防ぐために魔将の一人を仲間にしていることも、全部ですわっ」
後々説明が必要になりそうなことを全部この場でぶちまけてしまったのだ。
おそらくぶちまけられた彼らの思考は過剰な情報で機能不全を起こしている。
「・・・そうか。理解した」
理解した!?
ツキワが一同を見回して宣言した。
「守るべきは龍の娘であり、魔将の孫であるディーアはロスクートの娘に付けても問題は無いのだな。なんならその魔将もつけてやろう。これで確実に目立ち、そして確実に敵を返り討ちにできる」
おお、その通りだ・・・。すごい。
「そして我々には熟考する必要がある。・・・よって、細かいことは後日とする。解散だ」
・・・・・・うん。
そうしてもらえれば幸いだ。
誰からも反対の声が上がらず、話し合いは区切りをつけることになった。
天幕の外は真っ暗だった。
「そういえば食事前に呼ばれたんでしたわね・・・」
夕食を食べそこなってしまったか。
「シア様、まってください」
シアを呼び止める声が後ろからかけられる。
天幕の入り口を開けながら、ヴァーダリウス王子が出てきた。
王子はディーアに頭を下げてからシアの前に歩いてきた。
「ん。何?」
王子はシアの目をじーっと見ていた。
「・・・ツキワ殿のことを、どう思いますか?」
軍師か。
頭の回転がいいんじゃないかな。あきらかにオレよりはいい。
「ゴブリンぽい」
「そうですね。あの人は人間の素体にゴブリンを混ぜられた存在です。・・・彼を作ったのはグラフェン・テスラーという魔将です」
「魔将グラフェン・テスラー・・・」
「あなた方の話に出ていた、『亜人』を作った存在ですね。彼はその魔将の研究施設から逃げてきたそうです」
逃げてきた・・・。
いったい、グラフェンテスラーとはどんなやつなのか。
「私から言うべきではないのかもしれませんが、きっとツキワ殿は言わないでしょうから、私が言いますね。私が聞いたその魔将は」
――世界を滅ぼそうとしているそうですよ
と、そう言った。