護衛騎士2
王子の護衛は朝、夜の2交代で行われる。けれど細かいことを言えばその時その時の気分で人員が入れ替えられることがある。
まぁ、気分と言うとあれだけども、その場にあった人材を選ぶ、ということだ。
広場での演説には盾にもなる大きな武器や遠距離武器を持った護衛を、室内での護衛は剣や槍を持った護衛を連れて行く。
そして王子の実務の中には『お見合い』というものが含まれているのだ。
「こちらになります」
案内によって連れてこられたのは今回のお見合い相手、ベルティナ・ロスクート。イズワルド王国の公爵位貴族のご息女だ。
王子には婚約者がいた。子供のころに決められた、政略としての結婚相手だ。
それは隣国の姫であった。グラッテン王国の第一王女。
彼女を娶ることができれば、二つの国はより、強固な関係を築くことができるだろう。
――そのはずだった。
2年前に起こったグラッテリアの災害。その時にグラッテンの王族の多くが巻き込まれることになった。それは、婚約者だったグラッテン王国の第一王女も含まれていた。
婚約者の死亡――それは王子との婚約を結びなおす必要が出てきた。
けれどグラッテン王国に残されたのは、まだ幼い王女が一人。政治的な要因で婚約を進めようとしたが、イズワルド国内からグラッテン王国の有用性に疑問の声が上がってきた。
崩壊した国との婚約は意味があるのだろうか。国としての支援は別の形で行っている。けれど、国同士の婚約とは、将来を見据えた取引のようなものだ。将来が不安定な国との婚約は結ぶべきではない。
王女が幼いこともあり、新しい婚約は結ばれず、王女がもう少し大きくなった時にイズワルド王国の第二王子の相手に考えては、ということになったらしい。
さて、そうなると新しい問題が持ち上がる。
第一王子の嫁問題だ。
他国から娶るのか、それとも自国から探すのか。イズワルド王国の議会は長く紛糾したらしい。
けれどそれを解決したのは当の本人。第一王子ヴァーダリウス・イズワルド・コルドライアの一言だった。
「私の婚約者は私が探します。あなたがたの選んだ相手は拒否しません、が、それが一人目の正室かどうかは約束しかねます。・・・ただ、私にも選ぶ機会をいただきたい」
・・・・・・王子は、自分の相手を探すチャンスを手に入れた。
王子も恋愛に夢を見る人の子であったのか、という人々の思いを裏切るように、王子は隣国のために兵を連れて戦場へと突き進んでいった。
困ったのは王子の婚約がなくなり、自分の娘をあてがおうと考えていたイズワルド王国の上級貴族たちである。
王子に娘を合わせようにも相手は戦場の真っただ中。そんなところに娘を行かせられるわけもなく・・・。
ほとんどの貴族があきらめの境地にいたったのである。
極、一部を除いては。
「まったく、なぜこんな土臭い場所でヴィーダリウス様とお茶をしなくてはいけませんのっ、カーラ、もっと匂いの強い花を用意なさい。あーもうっ、こんなに茶色い場所だとは思いませんでしたわっ、もーっどうしましょうどうしましょうっ」
ベルティナ嬢が近くの街で用意された会議室につれてきた側近たちに花を追加させている。
シア達、女性騎士は王子の護衛ではなく、先に会場に入り会場の安全を確認したり、見合いに来た相手側の武装を確認したりと、見合い女性を萎縮させないような仕事をさせられていた。
確かに、護衛騎士には男しかいなかった。今まではどうしていたのかと聞けば、騎士団から数人の女性騎士に頼んでいたのだと言う。けれどもしもの時のことを考え、できれば女性の護衛にたのみたかったそうなので、なかなか便利に使われるシアたちであった。
「恐れながらお客様の側仕えの方、発言をお許しいただけますでしょうか」
「あら、あなたは王子の使用人ですか?。えぇ、かまいませんよ。何かしら」
メイド服姿のエステラが頭を下げながらベルティナ嬢の側仕えのカーラに話しかけていた。そうか、エステラは貴族社会のあれやこれやには慣れているんだな。こんな状況の対処法も知っているのかもしれない。
「このような場所でのお茶会ですから、むしろ質素さを前面に押し出していくべきですわ。装飾品も用意せず、部下もほとんど連れず、取る物もおいたまま、異性の下に参じてしまう熱い心を隠し切れない方なのだ、とアピールすることができるのです」
「・・・それははしたないのでは無いかしら?。こちらから押しかけるような、つつしみの無い女に思われませんでしょうか」
「すでに他国まで追いかけていらっしゃったのですから今更でしょう。取り繕うよりも、取り繕うことをしない方が、今この場では好まれることと思いますわ」
「・・・・・・納得できる忠告、ありがたく思います。お嬢様と検討させていただきます」
ヒソヒソとお嬢様に耳打ちしている。
不満そうにしていたお嬢様が、一転にこやかになり、キツネみたいな顔で算段を始めたようだった。
「・・・カーラ、花は減らして、それから側使えの数も減らしなさい。それと・・・私のブーツに泥の汚れをつけましょう。それを見てヴァーダリウス様が心苦しく思っていただければ幸いですわ」
ベルティナ嬢がテキパキとお茶会のよそおいを切り替えていく。その様子を見ると考えさせられることがある。貴族の女性にとってはお茶会と言うのが戦場と同義語なのかもしれない。
エステラのアドバイスによって戦場の様子がかわり、王子を迎えられる状態が整った。
それからそう時間をおかず、使用人から王子の到着を告げられる。
シシールとクラウニードを伴い、ヴァーダリウス王子が部屋に入ってきた。
「本日はお招きいただき、うれしく思います。ベルティナ・ロスクート殿、よもやこんな場所であなたのような女性とお茶を楽しめるとは思いませんでした」
「こちらこそ、このような場所までおしかけてしまったことを恥ずかしく思います。場所柄、十全な準備ができていないことをお詫びいたします。けれどお茶と菓子は最高の物を用意しております、どうぞお席へ、楽しんでいただけると思いますわ」
王子は促されるままに席に着く。
取り分けられた菓子と茶をシシールが味見をし、お茶会が始まる。
その間、シアたちは壁に突っ立ったままお茶会が終わるのを見守る。
・・・暇だな。
王子たちが何の会話をしているのか、いまいちよくわからん。異世界言語だな。
ぼーっとしているとつつつ、と横にシシールが寄ってきた。
「ディーア、どうだ?。護衛任務には慣れたかい?」
「・・・暇」
シシールが苦笑している。
「そうだな。初めはそんなものだろう。けれど思ったよりもやることがあるんだ。天井に人が隠れていないか、床下に隠れていないか、家具の後ろに盗聴用の穴がないか、花瓶の中に幻覚を催す薬がいれられていないか、花は、茶器は、お菓子は・・・とね。今回はイズワルドの相手だからそれほど警戒することもなかったが、他国の貴族や商人が相手の時はいろいろな意味で警戒が必要になる」
色々な意味で、というのには、話し合いの内容も含まれるのだろう。
しかし、天井にも床にも壁にも気を配らなければいけないのか。・・・もしかしてシシールの実体験なんだろうか。
ともあれ、話の中で気を付けなければならないことなんかは文系の側近が全部なんとかしてくれるのではと思うが、まかせっきりというのもかっこ悪い。
ちょっとはできるところを見せて行きたいところだ。
「まかせて。」
うんうん、シアはできるできる。
しかし、護衛騎士とはただ王子に付き従って周りを警戒すればいいだけではないらしい。
今日であれば先に会場入りして下見をしつつ、怪しいところがないかチェックするといったことが必要だった。
細かいところに気が付くスキルが重宝しそうである。
おおざっぱなシアにはあまり向かなそうだ。
かわりに、エステラには向いているような気がする。悪意のある相手が何を考え、どう策を練るのか、そういったことに頭を使うのが好きそうだ。
あとはディーアだが・・・今日は終始ニコニコしている。いまいち何を考えているのかわからないところがあるな。
まぁ、憶測でいいのなら、今日は体を酷使しなくていいからうれしいのかもしれない。
時間があればラザン将軍に鍛錬させられているから・・・。最近は剣を持たされ、スキル獲得のために素振りをさせられているらしい。
ディーアは魔族ではあるが半分は人間の血が混じっている。けれどシアとは違い魔族の色が濃いらしく、スキル獲得数に制限がある。ラザン将軍の手前、埋まりきっているスキルからどれかなくさないと武器スキルを覚えられないと頭を悩ませていた。
シアのためにそんなことになって返す返すも申し訳ない。
ディーアにはできるだけ頑張ってほしいと思う。
さて、そんな風に時間をすごし、ようやくお茶会も終わりを迎えようとしていた。
ブーツを汚したベルティナ嬢の目論見通り、王子は汚れに気が付いて謝罪し、ベルティナ嬢は何でもないことだと答える。けれど気にした王子は代わりのブーツを送らせてくれと申し出て、後日採寸に人をよこすからという話をしていた。
次回につながる約束を得られて非常に満足そうだった。
王子たちが帰った後、会場のかたづけを見守ってからシア達もあいさつをして護衛用の天幕へと帰って来る。
「おわりましたわー」
「ただいま帰りました。報告はシシールさんでいいのですか?」
「お帰りなさい。報告はこちらにしてください。・・・できれば紙で出してほしいですが・・・、紙で書くことはできそうですか?」
側近のタルティエがおずおずとシアに報告用の紙を渡してくる。
ただ、どうも報告書を出せるかどうか、不安なようだけど・・・。
「すいません、どうも騎士の方々は書類仕事が苦手なようで・・・特に文章を書くと言うことに頭痛を覚える方もいるくらいです。ですから、ディーアさんが書類を書けなくても大丈夫ですから。話を聞かせてもらえれば、こちらで書いておきますよ」
「・・・・・・書いてみる」
そうだな。頭痛を覚えるのはラザン将軍かな。鍛錬ばかりで筋肉割合が高くなると書き仕事で頭痛を覚えるようになってしまうのかもしれない。
シアはそんなことならないように報告書をがんばってもらいたいところだ。
空き机に紙を置き、椅子に腰を掛ける。
「・・・ん。よし、・・・・・・パパ、出だし」
こらこら。
「ふぅ、完璧」
三人寄れば文殊の知恵。
シアが満足そうにしているが、ほとんどの草稿を書いたのはディーアだ。
シアとエステラがあまり役にも立たないことを思い出しながらああでもない、こうでもないとしゃべているのをディーアが拾い上げて要点化し、書く順番を決めたものをシアが文章にする。最後にディーアとエステラがざっと確認をしてタルティエに渡して終了である。
・・・まぁ、報告書というのは書きなれてない人間にはちんぷんかんぷんな代物なので、書き方をディーアに分かりやすく教えてもらっていると思えばこんなものだろう。次回は頑張ろうな(涙)
「そういえば、こうやって王子のところまで押しかけてくるお嬢様ってベルティナ様だけですの?」
「いえいえ、それがそうでもなくて、ベルティナ様で3人目なんですよ」
多いなー。
でも1人いるなら3人いても不思議はないか。
それほど王族というのは魅力的なのだろう。
「そうは言っても戦場に近くて危ないですからね。あちらの側仕えから、早めに国へ戻ってもらえるよう話を伝えてもらうんですよ」
うんうん。早く帰ってもらわないとね。
ディーアはチラッとエステラの方に視線を向ける。今回のお見合いの後、ベルティナ嬢が残る要因を作ったエステラは少し視線を泳がせていた。
まぁ、残るといってもブーツのことが終わるまでだろう。それ以上の理由がなければ帰るはずだ。
ブーツは3日後に採寸し、作成に3週間ほどかかるらしい。
彼女のブーツが汚れる原因を作ってしまったのは、自分がこんな田舎町でお見合いをしてしまったせいだと王子が考え、お貴族様的な気遣いを見せた一連の謝罪劇の結末には、彼女と顔を合わせる場を設けてそこでブーツを渡して・・・ようやく終了である。
顔を合わせずに送って終わりでもいいのだろうが、あちらはそれを望まない。もう一度王子と顔を合わせる口実を得たのだから、利用してくるだろう。
護衛騎士になって前線へと移動している王子一行は、今魔族軍との戦場まで約5日という場所まで南下してきていた。
これ以上南下するとベルティナ嬢一行も前線に突入することになるのだが・・・どうするのだろうか。
ブーツを渡す時だけ安全な街まで戻って顔合わせの場を作るのかもしれない。