護衛騎士1
それは冬の終わりのまだ先日降った雪が解けきらない、少し暖かい朝。
トートハイム領中央市を囲む城壁の外に、王子が連れてきた部隊と騎士隊、それから護衛騎士が天幕を建てて駐屯していた。
「多いな。イズワルド第一王子の御忍び行脚かと思ったが、この人数では小規模な戦争ができるな」
うっすらと白くなる息を吐きながら、エイハムは天幕の並んでいる景色を見ながらつぶやいた。
エイハムと彼の部下、再集結した彼の部下たちは、ここまでシアたち、勇者候補を守り、そして王子へと届けたものとして、王子から褒美の言葉を賜るためにこの場に呼ばれている。
このあとのシア達のお披露目とかの後にはエイハムたちの護衛任務は終了することになる。
まぁ、最初に比べて護衛の兵士の数も半分以下になってしまったので、護衛としては心もとないというか、シアのあれこれに巻き込んでしまい申し訳ないのでゆっくりと休養を取ってほしいと思う。
「エイハムさん。エイハムさんはこの人数をどう判断します?」
白いふかふかなコートに身を包んだディーアが眼鏡を息で曇らせながら質問した。あのコートはジェラルダス家からもらったものだ。貴族の外出用にしつらえられた良い品である。
「機動力を重視した訓練をこなした兵士か、能力のある指揮官か・・・、もしくははじめからあなたたちの動向を知っていたということもあるでしょうね」
あなたたち、と言うのは魔族としての二人のことを言っている。
魔族が騒ぎを起こしてからまだ数日しか経っていない。1000人規模の軍勢を連れてやってくるには、トートハイム領は前線から離れすぎている。
けれどその距離をものともせずにやってきてしまったというのだから驚かされる。
どうしてそんなことができるのかはわからないが、イズワルド軍にはそれだけの力があるということか。
「少なくとも、シア殿の護衛ということであれば十分でしょう」
エイハムはため息ながら答えた。
「・・・今日までありがとうございました。代わって、述べておきますね」
「・・・・・・仕事だ。気に病む必要も、気に掛ける必要もない、と答えておこう」
それはディーアの後ろに付き従っているシアに向けられた言葉だ。
「はい」
エイハムは努めていつもと同じようにしている。
けれど、その内心はどうなのだろうか。
今まで何かと理由をつけてここまでついてきた勇者候補を、横から出てきた他国の王子に強引にかっさらわれようとしているのだ。
同盟をいいことに私の国で好き放題しやがってきぃぃぃぃっ とかならないのだろうか。
「きぃぃ?」
シア、何でそこだけ拾うのかな・・・。
天幕の真ん中にある広場にはかなりの兵士が集められていた。これから集会のようなことがあるらしく、シア達もそこで紹介されるんだとか。
「集まっているようだな。ダリウス王子の準備も整っている。そろそろ始めようか」
背の高い碧色の鎧を着たかっちょいい兄ちゃんがこちらに歩いてきた。
他の騎士たちとは違う、個別の衣装に身を包んだ騎士だ。
おそらく相当な実力者なのだろう。
他にも少し衣装の違う装備に身を包んだ騎士たちがいる。
これが護衛騎士なのか、それとも王子の親衛隊なのか。格が違う連中が面白い物を見る眼でディーアとそのお供を品定めしている。
「新しい護衛騎士が増えると聞いたが、どの娘が龍なのだ?。一番はでめな金の目の娘か?」
「勇者候補がいると聞いたのだが、それっぽい獲物を持っているこはいないようだぞ」
「二人とも、挨拶もまだなのにそのようなことを・・・あぁ、恥ずかしい」
わいのわいの騒いでいるが、何なんだ。背の高さもあってか、ぶしつけな視線にさらされて気後れしてしまいそうだ。
「がははっ、女子供ばかりではないかぁ、これを鍛えるのか?。勇者として戦えるようにせねばいかんと言っておったが、・・・ふぬぅ・・・難しいのではないか?」
ちらちらとディーアを見下ろしながらひときわ大きく白髭の生えた武将という感じの男がそう評していた。
ディーアがシアってことになってるしなぁ。まぁ、ディーアは文系っぽい感じがあるので荒事に向かなそうではある。
・・・でも鍛えるってなんだ?
勇者として戦えるように?
・・・・・・それって、ディーアをだよね?
ディーアを勇者として戦えるように、この武将髭の男が鍛える。
・・・・・・・・・・・・これはまずいことになるのでは・・・
ディーアが微妙に白目をむいている。
うわぁ・・・ガンバレー
さて、そんな浮ついた雰囲気も、「傾注!」という一言で静まり返る。
「イズワルド王国第一王子、ヴァーダリウス・イズワルド・コルドライア様よりお話があるっ。膝をついて待つようにっ」
兵士に言われた場所に膝をついて待つ。
一番大きな天幕から二人の護衛を連れた第一王子が出てくる。赤と橙に染められた肩羽織に、白を基調として金のふちどりのある軽鎧を着た姿だ。
優雅さをにじみ出しながらゆっくりと進んでくる。
兵士たちが注視する中、王子は騎士が立ち並ぶ真ん中で立ち止まる。
辺りを一度見回した後、王子はみんなに聞こえる声で話し出した。
「騎士諸君、この度の遠征目的であった聖剣を持つ勇者候補の保護は達成されました。彼女を狙う魔族との戦いには間に合いませんでしたが、彼女の護衛兵たちが守ってくれていました。・・・このほど、勇者候補は私の力になってくれることになりました。彼女とその仲間二人は、私の護衛騎士として今後、私たちと行動を共にします。シア様、ディーア様、エステラ様、前にでてください」
王子に促され、シア達は立ち上がって一歩前にでる。
兵士たちの視線が3人に集中する。
――子供、少女、細腕、武器は、聖剣は。
そんなつぶやきがざわめきとなって聞こえてくる。
「銀のメイド姿の娘はエステラ。・・・先日と姿が違うようですが・・・黒く片目が金色の娘がディーア。そして眼鏡の白い姿の娘が勇者候補・・・シアです。シア、こちらへ。私の前で片膝をついてください」
ディーアが王子の前で膝をつくと、王子は腰に帯刀している剣を鞘ごと持ち上げ、ディーアの肩の剣を置いた。
「騎士としてのそなたの力に期待する」
これで彼女はヴァーダリウス王子の護衛騎士だ。
続いてエステラ、それからシアも同じように王子の護衛騎士として任命される。
「・・・・・・新しい仲間を歓迎しよう」
パラパラと拍手がたち、ゆっくりと歓声がおこる。
おおおおー
シア達はたちあがり、兵士を振り返る。
いくつもの顔が見える。これからはその一人一人が仲間になるのだろう。
シアは護衛騎士になった。
エイハムたち、グラッテン王国の中隊兵士と別れをした後、改めて他の護衛騎士と顔を合わせることになった。
はずなのだが、
なぜか連れてこられたのは訓練用の広場だった。
「わしは”将軍”ラザン・クロウロイ。お主らを勇者になるように鍛錬するように頼まれておるっ!。勇者とは戦士であるっ、戦いにすべてを捧げる強者であるっ、信じられるのは鍛錬の量と筋肉っ、信じるのは仲間と己の強さだっ。わかったか!」
いや。
言いたいことはわかる。
戦士の根底を支えるのは結局それまでの鍛錬の量と鍛え上げた己の体だというのも。
けれどそれを顔合わせでやらせる意味がわからない。
「しぬ・・・しにますわ・・・」
なぜか昔にもこんな光景を見たことがある。
「あはは。治癒魔術を覚えるといいですよ。スタミナを魔素で回復できるようになりますよ。筋肉痛にも強いです」
ぜーぜーと青い顔をしながらディーアがエステラの前を走っている。
この二人は体力がだいたい同じくらいっぽい。周回遅れで訓練場をよたよた走っている。
「走れーっ、体力の続く限り走れーっ。勇者たるもの、筋肉を育てることは最重要だと考えるのだっ」
かわいそうに・・・ディーアは集中的に特訓されている。
まぁ、勇者候補ってことになってるししかたないか。
「ははは、ラザン将軍につかまってしまったな。あれだと彼女たちは夜まで解放されないと思うよ」
「そうそう。将軍の《鑑定眼》は他人の筋肉量を計ることができるからね・・・、当分訓練漬けになると思うな」
どんな《鑑定眼》だよっ
人間ではなく、筋肉に特化した何かだろ。もしくは筋肉神の”御子”だな。
「それはそうと、君は彼女たちと同じような年齢の割に持久力があるんだね。初日から将軍の特訓についてこられるこがいるなんて思わなかったよ」
シアの左隣りを走るのは盾の護衛騎士、ジェフリー・トロイア。ラザン将軍ほどではないが、良い体つきをしている。人のいい性格らしく、にこにこと話しかけてくる。
「この娘がヴァーダ王子の言っていた”龍”なんだろ。”龍”は長寿な生き物らしいからな。若い娘に見えてもおまえより年上ってこともあるぞ」
右隣りには槍の護衛騎士、シシール・E・セルアジル。長耳の肌の黒いエルフ・・・ダークエルフの男性が、種族の年齢と外見の指摘をしていた。エルフも長寿っていうし、この男性も実際の年齢よりも長生きなんだろう。
「そんなに話しながら走っていていいのか、二人とも。ラザン殿があの二人にかかりきりとはいえ、鍛錬をおろそかにしているのを見逃すとは思えないが」
そう後ろから声を掛けてきたのは第2大隊の隊長、ニール・クロイチェル。大隊長になっても訓練に駆り出されるものらしい。”将軍”の威光はすさまじい。
「・・・ではまじめに走るとするかな」
「そうだね。ディーアさん、先に行くよ。僕もちょっとまじめに走らないとね」
「・・・・・・そう。なら私も」
手を抜いていたらしいジェフリーとシシールが真面目に走ろうと切り替えたようだが、どうやらシアも手を抜いて走っていたらしい。3人は無言で速度を上げる。
がたいのいいジェフリーはだんだんと遅れだすが、シアは他の騎士と遜色のない速度で持久走の訓練を終わらせる。
「遅い!、ジェフリー・トロイアっ。お主は5周追加だっ。盾持ちに持久力がなくてどうするっ。死ぬ気で走れいっ」
騎士たちの中で一番遅かったジェフリーがラザン将軍に追加訓練を言い渡されている。
・・・今後、これがシアたちにも課されるわけだな。
たいへんだー・・・。
「では、終わった連中で手合わせをしてみるぞ。ディーア。お主は近接戦闘ができるようだが、どれほどのモノか確認したい。クラウニー、お主が相手をしてやれ」
「・・・おれがですか。流石に体格が違わないっすかね」
二本の刀をブンブンと振り回しながら、シアを見て眉をひそめる。
彼はクラウニード・クロイチェル。ニール・クロイチェルの親族らしいが、ニールよりも貴族臭がうすく、雑味がある青年だった。
「戦いの丁寧さはお主が一番であろう。時間をかけて良いのでみなに見えるように相手をせよ」
「へいへい」
くるっ、と両の刀を一回しし、シアの向かいに立ち構えた。
手合わせというには集中力がすごい。オレにまで気迫が感じられる。
シア、どうする?、鞭形状になるか?
「ん。まずは槍で。」
わかった。
シアも構える。
周りを騎士団や兵士たちが囲む中、ラザン将軍の「はじめっ」という合図でシアは前に出た。
走るように歩く。
槍を回し斜め下からクラウニードの脛を狙う。クラウニードは半歩足を下げた。シアは次に斜め上から左肩を狙う。左手の剣で打ち払われる。――払われた速度をそのまま乗せて返す刃を胴に向ける。クラウニードはそれを両方の刀を交差させることで受ける。
防がれた刃を再び《円舞》の回転へと戻そうとした瞬間、クラウニードがス・・・、と前に出た。
オレの刃は通常の槍よりも大きく、一度落とされた速度を再び取り戻すのに、ちょっとだけ間がある。そこを狙って前に出たのだ。
シアに振るわれた左手の刀をオレの石突で防ぐ。けれど刀は一本だけではない。クラウニードは体の左半身で隠した右手の刀を最速の突きとしてシアに振るった。
――胴へ
けれどシアは槍を振り回す。
クラウニードはシアの体に刀を当てるのをやめ、槍を避けるために後ろに下がった。
あのままであればシアは大ダメージ、クラウニードには中ダメージというところか。強いな。
けれどスキルを乗せた場合、両方が致命傷になる。・・・相打ちだ。
いや、先に刃が届くのはクラウニードなのだから、良くて相打ちというところか。
昔、ある執事に指摘されていたシアの体に武器が会わないせいで武器に振り回されているという指摘が、いまだに克服できていないせいだ。
おおざっぱな戦闘にはいいが、こういった格上の相手に丁寧に戦われては、シアの辛いところを露呈することになってしまう。
シア、さっきみたいに防がれたら一歩引こう。クラウニードの手数、間合いだとあとほんの少しの武器速度がいる。
「ん。・・・あとは?」
さっきの左肩を狙ったとき、クラウニードは左手だけで武器を逸らされたよな。あれと同じようなのを、もっと重く。
シアはオレを振るう。クラウニードはそれを除け、かわし、払い、防いでいく。
間合いにさえ気を付ければ、さっきみたいなピンチは起こりにくい。
シアが攻撃し、クラウニードがそれを受ける。クラウニードは積極的に攻撃してこない。本気になった時が怖い・・・けれど、そうなる前にシアの間合いに飛び込むことに苦手意識だけでも植え付けておきたい。
何度目かの打ち合いの後、シアの右上からの攻撃を左手で打ち払う瞬間が来た。
「ふっ」
同じ流れで、同じように払う――いや、手首を返して払おうとした瞬間、クラウニードは目測を誤ったことを知った。
払いきれず、武器を落としそうになる。クラウニードは一歩引いて武器を持ち直す。シア、誘え
シアはクラウニードにできた隙に一歩、後ろへと下がる。間合いを意識していたクラウニードはつい、つられて前に出てしまう。2歩分の差を縮めようと、少しだけいつもの動きとは違う歩幅を。
シアっ、今!
・・・あ
シアはクラウニードが前へ出るのに合わせるように、オレを横凪に振るう。クラウニードを武器事まっぷたつにするつもりで、大振りの攻撃を振るった。
クラウニードはしまった、という表情をしながら、左側に二本の刀を重ねて衝撃に備えた。
・・・・・・
「・・・・・・あ」
シアは大振りをしたまま固まっていた。クラウニードもぽかんとしている。
「・・・スキルを使うつもりだったか?」
ラザン将軍が空白になった時間にぽつりとつぶやいた。
いつもならオレが鞭形状に変化するはずだった。けれど今回は槍で、ということだった。だからオレは変化をしなかった。
シアは大きな隙を見せたまま固まっていた。
・・・すまん
「・・・・・・」
ラザン将軍が手を一度、パンと打ち合わせた。
「うむ。ここまでだな。面白い手合わせだった」
なんとも味気ない終わりだったが、これで満足してもらえたらしい。
「クラウニードがひやっとしてたな」
「あいつ初めになんて言ってたか覚えてるか?体格が違うから相手にならないって言ってたんだぜ」
「膂力ってことなら完璧にあいつの予想を超えてたよな。笑える」
「きさまら・・・」
クラウニードがギリギリと歯ぎしりしながら騎士たちの話を聞いていた。
「おれは、負けていない」
実際の勝負であれば負けていたのはシアかもしれない。ラザン将軍からしばらく様子をみるようにと指示が出ていなければ、もっと積極的に攻撃してきたはずだ。
本気で勝てたかどうか・・・、ともあれ、今回は中途半端な感じになってしまった。
「・・・ん。私の負け。次のときは、負けない」
シアは少し不満そうにクラウニードにそう言った。
「・・・・・・おう。また相手してやるよ」
ぶっきらぼうに言って、クラウニードは訓練場の端へ歩いていく。そして一人で刀を素振りし始める。
「ディーア、お主、他の武器を使うつもりはないのか?」
ラザン将軍はさっきの手合わせを見て、シアが武器に振り回されていることに気が付いたのだろう。武器を変えてみないかと言われてしまった。
「ない。」
「そうか。ならいつか慣れるまで、鍛錬だな。シシールっ、ディーアを見てやれ。・・・あぁ、3人とも見てやれ。お前が主導になって教育せよっ」
呼ばれたシシールが肩を落としている。
シアと同じ槍使いとして白羽の矢を立てられたらしい。
よろしくー
「ん。よろしく」
「・・・よろしく。ひとまず所持スキルを教えてもらっていいか?、何ができるのは把握したい」
教師役に任命されたシシールがさっそくシアの育成カリキュラムを立て始めたようだ。
こうして騎士団との顔合わせと、訓練の、初日のあれこれが終わった。
「ぐへぇ・・・私はしんだ」
「もう・・・うごけませんねえ・・・」
合唱。