東の王子と勇者候補3
シアの世話がひと段落し、また騎士隊に入り魔族軍と戦うことになったので、アクリアは自分の住処へ帰ることになった。
”龍”は人や魔族なんかの属性種族の争いには積極的に参加しないのでしかたない。
シアの角としっぽも引っ込むことになるが、それはイズワルドに人として助力することに決めたとかなんとか言ってごまかそうと思う。
「また夏になったら会いに来るから。夏にならなくてもさっき教えた場所に手紙を送ってくれれば会いに行くよ。そのときはきちんと『お姉ちゃん』って呼ぶこと。いいね」
アクリアは『お姉ちゃん』呼びにこだわりを残したまま、空の遠くに去って行った。
”龍”とは、なかなか色味に富んだ種族だったなぁ。
変な連中が多かった。
子供だったり寝ていたり大きかったり喧嘩っぱやかったり大きかったり
またそのうち会うこともあるだろう。
少なくとも夏に、一番大きな”龍”に会うために。
さて、王子の護衛騎士になる前にいくつか確認したいことがある。
エイハムの居ない場所で話がしたかったので、自室にディーとディーアを呼んで小さな文机を4人で囲む。
こっそり集まったのでエイハムは気付いていないはずだが・・・いや、流石にそんなに甘くはないかもしれない。
けれど女子二人の寝室に押しかけられるほどの度胸はあるまい。
くくく、やつだけ確実に仲間外れよ。
「・・・・・・」
うん。
シアに仕方ないなぁ、って目で見られている。
話を進めよう。
「二人を呼んだのはまず、お嬢様のこと」
「えぇ、聞かれると思っていました。私たちはあなたたちを標的にするにあたっていろいろと調べていましたから。お二人が魔王に逆らって手配書で張り出されていたこととか、そしてその主である、モルテイシア・タウロンのことも」
ディーアが少しすまなそうに答える。
いろいろ調べていた、という言葉の中にはイリーニャに化けた魔族からの情報もあるのだろう。
趣味の良い魔族ではなかったが、方法としてはうまいやりかただった。姿だけではなく、記憶まで奪うことのできる変身能力者。そんなのがいたら潜伏しながらの情報収集はぴかいちだろう。
おかげで説明する手間が大分はぶけているのだから、まぁ気に病むことではないな。
「お嬢様は、どこに?」
「熱地の先・・・ドライフォン南東領にある、フォルネスト大監獄にいます。・・・契約魔術に抗い、魔王様を裏切った配下を出したモルテイシア・タウロンは、主の責務として監獄での労働懲役を科せられています」
「懲役・・・」
なんてこった。
魔族の社会は主従契約が絶対の縦割り社会だ。そのため、契約魔術が効かない存在は危険視され、もしその契約に抗い罪を犯したなら一族もろともに処分される。
お嬢様は罪を犯したシアの直接の血族ではなかったため処分は免れたが、重い刑罰を科されることになったのだろう。
「モルテイシア様・・・ご無事であってほしいですわね・・・」
「あぁ、そこのところはたぶん大丈夫ですよ。肉体系の魔族にとっては少しきつめの鍛錬と同じだという話ですから。モルテイシアさんはミノタウロス種ですよね。おそらく元気に焦石を掘っていると思います」
ディーアは気にすることは無いと手をパタパタ振っている。
いや、そんな過酷な環境にお嬢様を置いておくのは不安でしかない。
無事助け出せたとして、お嬢様の持つ魅力が筋肉に置き換わっていたらどうするんだ。人類の損失だぞ。筋肉からどうやって乳を絞りだあだだだだだだ
オレを曲がらない方向へ曲げようとシアが《龍力》を使って力を込めている。
やめよう。折れるからやめよう。もう言わないのでやめてください
「焦石とは何ですの?」
「熱地にある燃える石です。魔素を含んだ石なので、魔素ポーションを作るのに使われるんですよ」
ダンジョンから魔素を吸い取らなくていいのは便利だな。ダンジョンを怒らせると怖いから・・・。
「フォルネスト、なら魔都がある?」
「あります。監獄も魔都の管理地ですよ」
そうか。魔将グラフェン・テスターがいるという魔都の研究所もフォルネストだ。目的の二つが同じ場所にあるのはいい。
「フォルネストへ行けば、お嬢様がいる」
「ですが、”支配”はどうするのですか?。解除できてもそのままというわけにはいかないでしょう?」
「・・・・・・ディーア、”魔将”になるにはどうすればいい?」
魔将に昇位すれば魔王の”支配”に抗うことができるかもしれない。だからお嬢様を”魔将”にしようということか。
「おじい様」
「・・・ぐー」
ディーアがディーの頭をスパンと叩く。
「・・・んむ」
「おじい様、魔将にはどうやってなればいいのかと聞かれてますよ」
「・・・・・・うむ」
うむの一言にうんうんとうなずき返しているディーアの奇行はさておいて、魔将になる方法はどんなのだろうか。現実的な条件であればいいけど。
「わかりました。まず、Sランクの魔物を1000体倒します」
うん。無理。
「次に、何らかの功績が、ある程度の存在に認められる必要があるそうです」
ざっくりとしてる。何らかのって何だよ。ある程度の存在って誰なんだ・・・。
「おじい様であれば魔術ですね。グラフェン様であれば錬金魔術です。おじい様は多数の兵士から認められ、グラフェン様はグラフェン様の父であった魔将、ゼネブ・テスラーに認められたのです」
偉い存在一人か、もしくは偉くなくても数があればいいということか。
称号を得るに足りていると判断されればもらえるようだな。二つ目の条件はディー・ロームがいるおかげですぐ済みそうだ。
問題は一つ目。
『Sランク魔物1000体』
魔将になったディーはこれをこなしたのか。ディーがいるなら時間をかければ可能だと思うのだが・・・お嬢様をパーティーに連れていなければいけないわけだろ?。
”支配”がかかっているのに連れまわさなければいけないというのは、なかなかハードルが高い。
時間もかかるし、難易度も高いし、”魔将”を目指すとそれ以外のことが当分できなくなるな・・・。
「”魔将”は遠い・・・」
「ですわね。”魔将”のことは置いておきましょう」
Sランク魔物が1000体いるダンジョンでも見つからないと目処がたたないもんな。今は考えないようにしよう。
「・・・ん。わかった。なら・・・あとは王子のこと」
シアは姿勢を正して、ディーとディーアに頭を下げた。
「ごめんなさい。二人には、王子のことで世話をかけることになる」
一回だけの入れ替わりではなく、この後、どれくらいの期間にわたってディーアとシアの入れ替わりをしなければならないのか・・・その負担をかけることを、シアは謝ったのだ。
「エステラも。いろいろ世話をかけるから」
「ふん、私はかまいませんわよっ。ご主人様といるのが、一番グラッテリアの落し前をつける機会がありそうですから。私は私の目的のために配下になってるんですから、頭なんて下げなくていいですわっ」
顔を赤くして横を向いているけれど、エステラの言ったことだけが理由ではないだろう。シアに助けられたこと。その時のことも、シアの配下でいる理由だと思う。
シアとエステラには主従の絆が見える。
けれどディーとディーアには、シアに仕えるほどの理由が見られない。
「・・・うむ」
「おじい様は、あなたのこの先を観てみたい、と言っています」
この先・・・将来ってことか?。
「魔族でありながら魔王に抗い、聖剣を壊しながらその力を使い、龍でありながら種族の争いにかかわる存在。おそらく、こんな不思議な存在は1000年にそう何人もいないだろう、と言っています。だから観たい。若者が何を成すのか、何になるのかを。・・・おじい様が頑張って育てた私は、そんな奇天烈なことをやらなくてつまらんのじゃ、とも言っています」
奇天烈て・・・。
ディーアさんは確かにあまり冒険する選択肢は選ばなそうな性格だと思うけど。
そういや王子対策にディーアとシアを入れ替えてしまえ、と助言してくれたのはディーだったか。
じいさん思ったよりもイタズラ心があるようだ。
「私は・・・よくわかりません。配下となったからには頑張りますよ」
・・・まぁ、特に強い使命感とか必要ないよな。
ディーアは魔族でありながら今まで配下契約をしたことなかったみたいだし、役目があるなら頑張ろうという性格なのだろう。・・・真面目か。
「なので、王子のことはまかせてください。こう見えても人生経験は人間より多いですから」
魔族は外見イコール年齢ではないから・・・。若そうに見えても倍くらい齢を経ている可能性もある。
彼女なら王子を手玉に取ることだってできるかもしれない。
「・・・ん。期待してる」
「ふふ、おまかせください、主様」