東の王子と勇者候補2
「ほう・・・あなたが希代の勇者候補・・・聖剣を持つ者なのですね」
話し合いに4人の軍人がやってきた。
護衛の兵士が二人、そして交渉のための側近が一人。そして最後に、一人。
「ふむ、毛色の違う娘だと聞いていましたが・・・後ろのお二人の方がよほど特徴的に見えますね。ただ、確かにあなたは魔族の血が混じってらっしゃるようだ。・・・話し合いの前に、そこのところの疑念を払しょくさせていただいてよろしいですか?」
イズワルド王国第一王子、ヴァーダリウス・イズワルド・コルドライアがそう言った。
むこうが4人。そしてこちらも4人。
グラッテン王国の軍人エイハム・ディオン、龍の姿のシア、メイド姿のエステラ。
「はい。かまいませんよ。何でも聞いてください」
そして聖剣を持つ勇者候補として――ディーア・ロームが座っていた。
「では・・・」
王子が一度、椅子の位置をなおして口を開く。
「魔王の従属スキル・・・”支配”能力と私たちは呼んでいるモノですが、その支配にあなたは侵されていないように見えます。その理由をお聞かせ願えますか?」
「・・・魔族の血が半分しか流れていない私には、魔王の”支配”は半分しか効果がありません。そして支配に染まりきらなければ、支配の効果を消す魔術で消去できますから」
・・・ディー・ロームと違い、耳が長くないとは思っていたが、ハーフだったのか。
「なるほど・・・。ではなぜ、魔族に対して聖剣の力を行使するのでしょうか」
王子はにこやかに問いかけてくるが、この質問の答えによってはオレたちの未来がどうなるか、そんな可能性をはらんだ質問だった。
こわいわ・・・けれどその質問はすでに検討してある。答えは用意済みだ。
「グラッテン王国は義父が守り、愛した国です。そして私はその国を構成する、貴族の一員となることを目標に学園で学んでいました。・・・あの日、グラッテリアがなくなるまでは。義父もその時に亡くしました。・・・何もなくなった私には、義父に教わったただ一つのことを心の支えにするしかありませんでした」
「・・・それは何ですか?」
「人の上に立つ者の義務。・・・人を守れる力を持ったものは、守るために戦わなければならない。私は、守るために戦います。人が困窮するのであれば、領地を耕します。魔物が暴れるのであれば、兵士を鍛えて向かわせます。そして魔族が群を率いて人を害するのならば――私は聖剣をもってその害を払います。それが私の義務だと思うからです」
持つ者の義務。
それが王子への答えだ。
これで少なくとも、魔族との戦争が終わるまでイズワルドに対して敵対する意思がないことを伝えられたはず。
――どうだ
「・・・お義父上のこと、お悔やみ申し上げます。話を聞いただけでも、なかなかの人柄だったとうかがえます。お義父上は議会員などをされておりましたか?」
「いいえ、兵隊を率いる騎士でした」
「なるほど。そんなあなたに”聖剣”が渡ったのは、運命かもしれませんね」
これは、認めてもらえたかな。
ふう、一山超えたか。
まだ話し合いははじまっていないはずなんだけどね・・・。
「あぁ、待たせてしまいすいません。話し合いに来たのですから、進めていかないといけませんでしたね。タルティエ、よろしく頼む」
「はい、ダリウス様。では私がこの度の要請に対して説明役をおおせつかりました。よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
『話し合い』という名の、強制的な徴兵は進んでいく。
向こうの言い分としては、聖剣とその持ち主を守るために自分たちの陣容に参加してほしいということ。
下級の兵士としてではなく、上級の騎士として。それも、王子を守るための護衛騎士として力を貸してほしいと言うことだった。
「護衛騎士ですか」
「えぇ。勇者候補をわざわざ危険な前線に参加させる必要がありません。我が国には強者が多く、彼らだけで前線を押し上げることが可能です。そもそも聖剣の持ち主は魔族に狙われることが多い。戦場にかかわらず、暗殺される対象になるのです。それを守り、あなたの存在を隠す意味でも王子の護衛と言うのは悪くないと思われます」
・・・そう言われてしまうと一理ある。
南東の前線の時に聖剣のスキルを使いすぎたために、敵が対策を練ってきたり、ディー・ロームがわざわざ襲撃にきたりしたのだ。
聖剣を持っていることをおおっぴらにするとあまりうれしくないことが起こる。
可能であれば魔王の眼前に到達するまで、所持を秘密にしておいたほうがいいのだろう。
イズワルドはどうもそのつもりのようだ。
ダリウス王子を魔王討伐の立役者として宣伝するつもりらしい。
そのダリウスの護衛として魔王のところまで同行し、最後だけちょろっと魔王を倒す役をするのが聖剣を持つ者なのだそうだ。
<勇者>の称号は魔王を倒したパーティーメンバーすべてがもらえるそうなので、王子はそれを獲得したいらしい。
「聖剣や、聖剣の所持者には興味がないということでしょうか?」
「それが花の聖剣であるならば、興味が無いと言ってもまちがいはありません。・・・全く無いわけではありませんが、わが国では”剣の聖剣”、”獅子の聖剣”、”竜の聖剣”、この3剣こそが王族が手にするべき聖剣と考えられておりますから、それ以外の聖剣であれば、どなたが持っておられても、我々や王族から献上を催促されることはありませんよ」
・・・・・・こだわりがあるってことかい。
かっこよかったり、先祖が使っていたりする聖剣が使いたいのかもしれない。それ以外興味ないと言われるならありがたい。現物を見せることなくずっとこちらで所持させてもらおう。
「このように我々にはあなたを守り、そして魔王の懐まで導けるだけの算段がございます。このままグラッテン王国の陣営にいては、いつ戦争を終わらせられるかも定かではないでしょう。ぜひとも我々のところにいらしていただいて、戦争に終結をもたらしていただきたい」
かなり耳障りの良い条件と、勧誘文句だった。
まぁ、戦争終結を早めたいと言われてしまえば、反対する理由がなくなる。
聖剣を持つ者の義務だと言うのなら、戦争の早期終了を行うのも、持つ者の義務だろうから。
もっとも、結論は初めから決まっているようなものだが。
館を囲まれている状況では、今は是と答えるしかない。逃げるだけならアクリアに頼んでいつでも逃げられるのだから。
「・・・・・・わかりました。戦争の早い終結は私も願うところです。イズワルド王国に協力しましょう。・・・ただし、いくつかお願いがあります」
「えぇ、伺いましょう」
協力の返事をもらい、うれしそうな声音がもれる。
「私の仲間二人にも、私と同じ待遇をお願いします」
「・・・同じ待遇ですか?」
「はい。彼女たち二人は今まで私と苦楽を共にしてきた仲間です。いつ、いかなる時でも私を守るのだと言ってはなれません。ですから、最低減どちらか一人は私といっしょにいてもらいたいと思っています」
護衛としてつけさせてほしい。要求はそれだけである。
側近のタルティエは王子をちらりと一度見るが、王子は面白そうな顔を彼に返しただけだった。
「・・・えぇ、それくらいなら全然かまいませんよ。むしろどんなことを願われるのか、もっと驚くことを言われるのではないかと思ってしまいました」
「不安にさせたようですいません。私の願いはそれだけです。これで私は王子様の護衛騎士になれるのですね」
「はい。よろしくお願いします。契約書は後でお持ちします。王子、話は無事に終わりましたよ」
契約魔術ではなく、書類なのか。第三者に見せる必要があるものは書類なのかもな。
「うん。ご苦労さま。それで、彼に変わってお聞きします。あなたの言う同じ待遇っていうのは、私の護衛騎士にってことでいいんですね」
「そうですね。彼女たちも護衛騎士にしてもらえると助かります。・・・面接が必要ですか?」
「うん。それはしてもらいます。その二人と言うのは、あなたの後ろの女性の方々なのですか」
ディーアは振り返ってシアとエステラを見る。
視線は一瞬だけ交わる。
「はい、そうです。銀色の髪のこがエステラ。黒い髪のこが――ディーア。二人ともAランク冒険者相当の実力がありますよ」
「・・・・・・ディーアさんは龍の方のように見えますが、間違いではありませんよね」
「そうですね。龍族から預かっている、龍族の新しい同胞です。彼女は戦場を知らない世代ですから、龍の方から戦いに連れまわすようにお願いされています」
「わかりました。あなたはやはり特別な人らしい。龍の方々の協力を得られるとは、おどろきました」
ディーアは答える代わりにニコリとほほ笑みを返した。
「あなた方の騎士隊加入を歓迎いたします」
王子は笑顔でそう言った。