家族
逃げ出せたのはシアとコモンリザードマン1人だけだった。
長老を含むハイリザードマン3人は初めの剣の兵士にやられていた。
その兵士はシアを追ってこなかった。
あの上位スキルを使っていた兵士が上官だったのだろう。上官を倒した相手に気後れしたか、それとも同じ人の子供の姿をしたシアに仏心を出したか。わからないが見逃されたおかげで生き残ることができた。
シアとコモンは逃げながら、何度も振り返り、辺りを見回し、オレの知らない鳴き声で仲間を呼んだ。
けれど応えるものはなかった。
どれだけの距離を移動したろうか。
二人は走るのをやめ、トボトボと歩いていた。
すでに仲間を呼ぶこともやめていた。
いつの間にか落ちていた夜の帳がシアの足をすくい、転ばせた。
シアは地面に手をついたまま、起き上がらなかった。
起き上がれなかった。
声を上げて泣き出したシアを、オレは観ていることしかできなかった。
前の人生のあるオレには、リザードマンとの暮らしは仮の住処を提供してもらっているような感じだった。
オレはずっと”異邦人”だった。
『異世界』というだけで異邦であるのだ。種族の違うモンスターではなじめないのもしかたないだろう。
現に4年もいて、言語のひとつも覚えなかった。
覚えられなかったわけではない。彼らとて時節のあいさつはする。けれどオレの心の底にある、モンスター=経験値という不文律が、彼らを対等な者として扱うことを、オレは拒んでいたのだ。
いつか倒すんだから、いつか別れるんだから。
だから仲良くしなくてもいーじゃん。
そう思っていた。
シアはオレを掴んで投げた。
カランカランと地面に落ちる。
ごめん。でもそれが、オレの本心だった。
オレには前世?がある。オレには故郷がある。オレには長い人生経験がある。それは生まれてきて5年もたたないシアとは違うものだ。その差だけは埋まらない。
シアが彼らを家族だと思うように、オレにはオレの家族がいた。迷惑かけてばっかで、それでもこんなオレを、オレ一人を助けようと一枠しか当たらなかったコールドスリープ装置に入れてくれた。
オレが贖いきれない恩をもらった家族が。
シアは、それが彼らだったんだな。
だから、ゴメンな。
ゴメン。
ゴメン