魔将3
「”魔王”は魔族の中に誕生する、病巣のようなモノです」
ディーアは”魔王”について聞かれ、そう答えた。外は寒いので館にもどってきて一室を借りきってのことである。エイハムは少し、部下の兵士の安否を確認に行きたそうにしていたが、魔将のことを警戒しなくてはならないのでこの場に残るようだ。
「魔族にとっても、”魔王”は歓迎される存在ではないということか?」
「えぇ、魔族全体としてはそうですが、世界的には必要な存在といわれています。世界の均衡を司るための、命の数を平らにする必要悪としての存在だと」
”根源の海”に元素を戻すための存在か。本当に必要ならいいが、”邪”属性を活性化させるために使われるウソに思える。
「では、取り除いてしまっても魔族としては問題はないということか」
「そうですね。・・・あぁ、別の意見もあります」
「別の?」
「世界の選択ではないか、と」
世界の、選択?。
「ええと、この世界に『戦闘用スキル』がたくさんありますよね?。これは何のためだと思いますか?」
えぇ・・・ファンタジーだから?
「わからん」
「さぁ?」
「・・・面白いから」
うちの娘がオレと似た思考をしている。
「まぁ・・・面白いと言われればそうかもしれません。《スキル》・耐性・<称号>・属性・種族・・・まるで多様性の宝庫です。こんなのを用意する必要は本来ないと思われませんか?」
ディーアはそれらを無くし、一種類でいいと言う。一つの完全なものがあれば、そんな多数種類を用意する必要はないはずだ、と。
「しかも、バランスよく性能が調整されていると感じます。弱い人間種族はスキル数に制限がなく、強い龍種族は出産数が非常に少ない。まるでパズルのように、都合よくできた世界。戦闘バランスの良い世界。そしてその世界で『戦闘用スキル』を活かすために用意された選択が、”魔王”ではないかという魔族がいます」
・・・・・・確かに、”魔王”に”勇者”、”聖剣”、”魔族”・・・まるでゲームのような世界。オレのいた世界のゲームを知っている存在が、創ったのだとしても不思議じゃない。
いやー・・・むしろそうとしか思えないな。
オレたち邪武器の中の誰かがやっちゃったのかもしれない。固有スキルで過去に戻ってーとか。
「・・・スキルを使うために用意された敵、ということかしら?、ということは、”魔族”とはそのための種族ということですわね」
「その魔族の言い分を信じるならそうなります」
魔王=”悪魔”説ではなく、
魔王=世界の役割説が出てきたな。オレの知っているゲームであれば、こっちの説の方が納得できる。
ふーむ。
「・・・アクリア様としては、どう思われます?」
「星神様が、”魔王”を造ってないんだから、選択とかではないね。造ったあとに生まれた多様性の一部だと思われてたよ」
神様ってわりと放任主義らしい。世界のカタチだけ作れば、あとは自由に育ってくれていいようだ。唯一”世界の掟”のみ制限がある。
「そうですか。あっけなく否定されてしまいました」
少しディーアが肩を落としている。
けれど星神が造った時にはなかっただけで、後から誰かが造った可能性は残っている。まだあきらめることではないと思う。
「ん。次。魔族は聖剣をいくつ集めてる?」
シアが話を次の疑問に移す。
「知る限りでは、一本もありませんよ。聖剣は人に扱わせるために造られた武器だそうですから、魔族領にあると勝手に消えてなくなってしまいます」
どんな武器だよ。
「まぁ、君と同じような武器だね。聖剣にも意思があるってことだよ」
アクリアがディーアの話を補強する。
そっか。オレみたいに心があれば、もういいや帰ろうってなるかもしれない。
「消えたといっていいのかはわからないです。同じモノなのか、それとも同じ性能を持つ別のモノなのか。けれど星神の創った世界の中でなら、聖剣は別の所に現れることができるようです」
なるほど。星神の創った世界ってのはヘビ王が言っていた、揺り籠のことか。世界と言う揺り籠の中で造られた聖剣は世界の影響を受ける。この世界の下にあるかぎり、このつながりは切れることはない。
だから、世界が選択するなら聖剣は人間が入手できる揺り籠内に移動できるということか。
「ディー・ロームが一時、”聖剣”を所持していたそうだが・・・あれはウソか?」
「前の戦争でグラッテン王国が残した砦がありますから、そこを制圧しきらずに”聖剣”を保管する宝物庫にしていました。美しい武器で、おじいさまのお気に入りだったのですけどね」
今の魔族領は昔より、ちょっとだけ北に広い。前の戦争で制圧した領土がそのままだからだ。そしてその時の砦を魔族が制圧せず、完全に魔族領の一部にしないことで聖剣が勝手に帰ることを防いでいたのだと言う。
「消えたり、消えられなかったり、聖剣とはよほど自由な武器なのだな・・・」
聖剣には意思はあっても自由度は少ない。ふっ、オレの方がすごいなっ
「・・・・・・」
シアがちらりとオレに視線を向けた後、ディーアに向き直る。
「魔将は、”悪魔”って知ってる?」
シアはオレの主張をスルーして次の話題にうつる。
ディーとディーアは”悪魔”についての知識を披露してくれるが、こちらが知っている以上のことはわからなかった。
「悪魔なんて2,3000年前に一度しか発生しなかった存在ですからね。知っているモノも少ないでしょう」
ヘビ王は1000年くらい生きていて、”悪魔”のことを知っていたな。本にでもしないと人々の世代交代で知識から消えてしまうのだろう。
それでも絵物語として長く語られていることに驚かされる。
「・・・あのう、私たちからも聞いていいでしょうか?」
ディーアがおそるおそるといった感じでシアとアクリアのことをうかがう。
「ん。何?」
「その・・・なぜ、”龍”様がいらっしゃるのでしょうか・・・そして”龍”様の助力をうけているシア様は、いったい何なのでしょうか・・・」
アクリアが言っていた。龍が戦いに参加するというのは・・・・・・子供同士の喧嘩に魔王をつれてくるようなものだっけ。
その無茶苦茶な戦闘力差をついさっき味あわされた二人には非常に気になることだろう。
「ん、龍族になったから。」
「・・・・・・ご主人様はこの度昇位して、龍族の同胞になったのですわ」
エステラの説明に二人は驚愕の表情でシアをみつめる。まるで興味の対象のように、上から下まで観察している。
「・・・うむ」
「なるほど。その目は龍の物なのですな、と言っています。シア様は元から龍ではなかったのですよね?」
「ん。亜人だった」
「”亜人”とは、錬金魔術で造る人型のことですよね。亜人の核に”龍”を使ったということですか・・・。そんなことをするのはグラフェン様くらいのものかと思っていました」
グラフェン。グラフェン・テスラー。シアとオレを造った魔将だな。
「それはシアママ」
「あぁ、やっぱり。あの人がしでかしたことでしたか」
しでかした、とか言われてしまうあたり、問題の多い魔術師なのかもしれない。
魔術師同志、知り合いなのだろうか。
「シアママ、知り合い?」
「えぇ。おじい様はそれほどではないですが、私は良くしてもらってますよ。・・・たまに、凶暴な魔物の素材調達に付き合わされるくらいには」
・・・・・・良くして?。都合のいい下っ端のような扱いではなかろうか。まぁいいけど。
グラフェン・テスラーにも会いたい。
夏の時期に熱地が大炎上してて行けなかったんだよね。今なら炎上も終わっているだろうからひとっ飛び行って会っておこうか。
「ん。会いたい。あとで案内して」
「わかりました・・・魔族領ですよ?」
それは問題ない。シアはアクリアにちらりと視線を向ける。アクリアはわかっていてふふふんと胸を張りつつ、そっぽを向いている。
お願いしたければもっと遇せよ、ということらしい。
「・・・あとで、案内して。」
あとで、を強調するとアクリアの胸の張りがしぼんだ。
その後も質問が続く。
ヒュリオのことを聞いたが、赤毛の少女というだけでは数が多すぎる。魔属か、獣人か、どんな種族なのかだけでもわからなければ絞り込むのは難しいと言われた。
完全に石化した人間をもとにもどせるのか、と聞いた時、聖剣なら可能ではないか、と言われた。
「聖剣?、あれは攻撃にだけ使える武器ではありませんの?」
「ほとんどはそうですが、一本だけ、死をも覆すことのできるスキルを持った聖剣がありますよ。”聖剣『アスクレス』”。聖剣の中で唯一、直接は魔王を倒していない聖剣です。仲間を癒し、助けながら魔王と戦った勇者の武器です」
回復系のスキルを持った聖剣か。死をも覆す、というのなら、石化した人を助けることもできるだろう。
「その聖剣はどこにありますの?、もしくは形状とか、入手方法とかわかりませんのっ?」
旧首都の王城で石になった貴族たちを覚えている。
彼らを助けることができるかもしれない。
エステラはディーアにつかみかかる勢いで聖剣の情報を求めた。
「アスクレスは、天使の星神、ルーデリアス神の武器だと言われています。そしてルーデリアス神を信奉するルデリウス神聖国には、その聖剣があると聞きますよ」
・・・・・・ルデリウス神聖国は2年近く前、滅んでいる。首都とその周辺の街を巻き込んで、大きな光の柱がすべてを呑み込んでしまったらしい。
その災厄を起こしたのが、聖剣の破壊ではないかとオレたちは思っている。
「・・・ルデリウスの聖剣は、・・・壊れてしまったのですわ・・・」
エステラは力なく椅子に腰を落とす。
貴族を、家族を救う方法が、また見つからなくなってしまった。
その様子にエイハムが知っていることをディーの二人に伝えている。
聖剣の崩壊。
それは世界を壊す可能性のある、大災害であるということを。
人も魔族も関係なく、防いでいきたいことだと。
そして崩壊を狙っているのが、ヒュリオと呼ばれる少年・・・少女と亜人の持つ”邪武器”、そして”悪魔”。あとは”悪魔”の転生体であるかもしれない”魔王”なのだと。
「魔王様も、”悪魔”ですか・・・。おじい様、どう思います?」
「・・・・・・うむ」
「ですね。理屈は通っています。それに、確かにそう考えれば私たちの仮定にも一応の答えはでます」
「うむ」
「はい」
ディーとディーアはしばらく相談したあと、ディーアがこちらを向いた。
「私たちは全面的にあなたたちに協力しましょう。世界崩壊はこまります。といいますか、魔術を扱う私とおじい様にとって、属性の衰弱というだけで大問題なのです。聖剣は愛でるためのもので壊していい物ではない、とおじいさまも言っていますから」
いや、うん。契約もあるから協力してもらうんだけどね。自発的に協力してくれると言うのならそっちのほうがありがたいけども。
「ん。ありがとう・・・アクリア」
「何ー?じゃなくて、つーん」
お姉ちゃんと持ち上げないと協力しないモードはまだ継続中らしい。
「こんなとき、殴ればいい?」
「ん?」
いや待て、主としての契約のあれか。”ありがとう”と言葉を与えたから殴らなくていいぞ。
「報酬として、配下を殴る?」
「あぁ、そうだね。殴ってもいいよ」
いいのかよ。
「殴らないでくださいっ。おじいさまが死んでしまいますよっ」
ディーアがおじい様を庇っている。が、当のおじい様はシアに殴られることに興味がありそうな顔をしている。
殴られるのが好きな変態の顔ではなく、研究者としての顔だったが。
「ふーん。」
シアは手をニギニギしている。殴るのはやめたらしい。
ともあれ、新しい協力者ができたことはうれしい。
”魔将”ディー・ローム。そしてその孫、ディーア・ローム。
魔王の”支配”によって洗脳されていない、貴重な魔族の仲間だった。