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邪武器の娘  作者: ツインシザー
人族領 軍隊編
143/222

エステラ2


 ・・・・・・

 5分くらいたったろうか。少し騒ぎが近づいてきた気がする。

 たしかエイハムの部隊が屋敷の近くの公園にテントを建てていたはずだから、そっちからも救援がきたのだろうか。

 それならばすぐに終わるだろう。彼らは中隊長の選んだ精鋭だ。普通の兵士よりもスキル数も、経験も多い。

 ・・・けれど音がやまない。

 いや、これは、近づいてくる。

 バンッ

 と扉が開かれ、一人の女性が飛び込んできた。


「シア様、エステラ様、ご無事ですかっ、魔族の襲撃ですっ・・・いないっ!?、シア様だけですか、どうしましょうっ」

 その胸・・・イリーニャか。

 イリーニャは右肩に傷を受けたのか、服が赤く塗れていた。室内を確認したあと、廊下の方もエステラか敵がいないか確認してから部屋のドアを閉める。

「シア様、起きてください。安全な場所に移動しましょう。ええと、私がおぶったほうがいいのかな、・・・シア様、少し失礼いたします」

 そう言って口元に触れ、かけ布団をどかして胸が上下しているのを確認する。

「起きてください、シア様・・・」

 困ったようにつぶやくイリーニャの表情が、スー・・・と消えていく。

「・・・・・・寝ていらっしゃいますね。まったく・・・手間取らせる」

 イリーニャはシアから目をはずし、オレにその無表情な眼差しを向けてきた。

「これか・・・これが”聖剣”か?。・・・まぁいい・・・返してもらう」

 イリーニャの姿をした者がオレを掴み、持ち上げる。

「ただいまですわっ!」

 バーンと音がして扉が開き、エステラが部屋にもどってきた。

 いそいできたのだろう、息があらい。

「あらっ!?。あぁ、イリーニャさんでしたか。あなたがなぜここに?」

 イリーニャはオレを手放し、今はベッドの横に立ってエステラに笑顔を向けている。

「・・・私は二人が心配で様子を見に来たんですよ。今、外を魔族が襲ってきています。私たちの部隊が相手していますが、ここは守りが薄いので部隊の所まで移動しましょう」

「えぇ、そうですわね。敵は何人くらいですの?」

 エステラはそう言いながらベッドに近づいてくる。

「少なくとも30はいるようです。あ、武器は私が持ちますよ。シア様をお願いできますか?」

「ええかまわ・・・あら」

 エステラが気が付く。

「・・・・・・怒っています?」

「え?、私ですか?怒っていませんよ?」

 イリーニャが見当違いの返事をしている。

 けれどその言葉に返事は返ってこない。

「・・・・・・・・・・・・」

 エステラはシアを運ぶためにベッドに片ひざを乗せたまま、身動きせずにオレを見つめている。

「・・・・・・エステラ様?」

 シアを持ち上げようとしていた左手を、オレに向ける。

 そして掴んだ。

 オレは持ち上げられる。

「・・・いったいどうしました?」

 オレは答えない。答えられない。けれど返事の代わりにスキルを発動した。


 ――《ノコギリ草ペントレイア


 オレの刃先から、突然紅色の花弁が噴出する。

「ちょっと!何をされますのっ!?」

 エステラはとっさに刃先の向きをシアから遠ざける。

 そう。

 今の持ち主はエステラだ。《ノコギリ草》はオレと、オレの持ち主には効果が無い。

 だからベッドで寝ているシアに花弁が触れれば、シアが傷つくのだ。

 向けた先は部屋の真ん中。運が悪いことに壁に寄っていたイリーニャにも少ないが、花弁が舞い散ることになる。

「いたっ、何を!」

 イリーニャが飛びのく。

「ご、ごめんなさ、ぎゃあああぁぁぁぁぁっ」

 色気のない悲鳴が部屋にひびきわたる。

 部屋に向けられた花弁をさらにかきまぜるようにオレの《風刃》が吹き荒れたからだ。

「ぎゃぁぁああああっ、貴様っ、わかっていたかっ」

 イリーニャが天井に飛びのき、長く伸びた爪で天井の梁に貼りついた。

 体のあちこちが小さな刃によってボロボロである。

 エステラは「え?、え?」と動揺しながらもシアをかけ布団で覆い、花びらをかぶらないようにする。掛け布団は柔らかいのでそのうち穴が開くが、しばらくは平気だろう。

「・・・・・・その爪は何ですの?」


 イリーニャの変化に気が付いたエステラはようやく事情を理解してオレを強く握りしめる。

 ぐるる、と喉から人とは思えないような警戒音を鳴らしているイリーニャに、エステラはオレの刃先を向ける。

 だんっ、と天井の梁を蹴って花弁の渦から逃げる。けれどエステラが追いかけるように刃先を向ける。イリーニャはまるで軽業師のようにそれを避けて行くが、花弁の範囲は広く完全によけきれていない。

「きさまぁっ」

「くふふ、謝るなら許してあげてもいいですわよ?。さぁ、ご主人様をどうするつもりだったのかしら?魔物さん」

 エステラは《影縛り》も使い、どんどんイリーニャの行動範囲を狭めていく。このままならすぐに終わる、そう思えたが。

 うん。オレの《ノコギリ草》の持続時間が終わった。

 刃先から何も出なくなり、エステラがしまった、という顔をする。

「・・・くくく、いいものを見せてもらった。やはりそれが聖剣だったようだな。それで?他にかくし芸はあるのか?」

 イリーニャは余裕の出てきた様子で笑いながら、自分の体に掌を這わせて傷ついた部分を傷の無い体に変えていく。

 ――《変身》能力か。

 変身能力者は何度か見たことがある。魔族領の学校で馬に変身していた少年を、グラッテリアの学園で生徒に化けて学園内に侵入しようとした魔物を。

 この魔物も、シアに近づくためにイリーニャに化けていたらしい。化けて”聖剣”を奪うつもりだったようだ。


「あなた・・・イリーニャさんはどうしました?」

「ふん、この胸の大きな娘か?。どうしたとは愚問だな。いったいどうしたと思うのだ」

「・・・・・・」

 エステラがぎりり、と表情を険しくする。

「《変身》がその記憶まで似せるには記憶の入れ物を喰わねばならぬ。・・・くくく、若い女の脳ミソはいい。中身がつまっていて食べ応えがある。それに生きたまま喰われるときの女の声が実にいい味付けをしてくれるのだ。絶望の聲が少しずつ細く、弱く、そしてあきらめに変わる瞬間。おれは最高の幸せを感じることができる」

「・・・ゴミですわ」

「次はお前だ。お前の聲を聞かせてくれ。どんな声で助けを請う?許しを請う?そしてその強気な態度がいつ、どこから絶望に変わる?。聞かせてくれ、おれに聞かせてくれよっ」

「・・・・・・《雷光スパークレイ》!」

 エステラは答えずに方陣を展開して《雷光》を放つ。けれどまるでどこに狙いがあるのかわかっているかのように、イリーニャの魔物にかわされる。

 雷光は雷のごとき速さで放たれる、回避の非常にむずかしい魔術スキルのはずだ。

 けれど一発も当たらない。

 エステラは《雷光》のスキル中に《影縛り》を混ぜて魔物をしとめようとする。

「無駄だ、おれはお前のスキルを知っている。旅の道中、お前たちとの戦闘を想定していなかったと思うのか?。さぁ、どうする?、魔術師が戦士にどう勝つ?一発も当てられない吸収スキルだよりのお前が、おれに勝てる可能性はどれだけあると思う?」

 くくく、と笑いながら、少しづつエステラとの距離を縮めてくる。もう5メートルもない。隙を見せれば終わりだ。たった一飛びで魔物の爪がエステラの体を抉りとるだろう。

 まさか、この距離でも《雷光》が当たらない・・・まるで《予知》能力じゃないか。

 オレはちらりとエステラの左手に目を向ける。

 そうか。方陣円だ。

 外発の魔術は方陣円を描き、そこから魔術が外へと放たれる。方陣円の向きがわかれば高速の攻撃魔術の軌道だって発動する前にわかってしまうのだ。

 ただでさえ”光”魔術の方陣円は白く輝いてわかりやすいのだ。薄暗い部屋の中では『ここに撃つよ』と教えているようにしか見えないだろう。

 けれど撃たなければ接近を許すだけだ。エステラに取れる手段はほとんどない。

 それも終わりを迎える。

 魔素が無くなったのだ。ほぼ打ち止めだった。

 手に持っていたオレに寄りかかるような形でエステラがひざをつく。

「終わりか。雑魚め」

 魔物の右手がエステラの肩口を切り裂くために振り下ろされる。

 エステラはとっさにオレでそれを防ごうとする。


 防御術《風突》っ・・・・・・!


 だが、風が吹いただけだ。

 魔物の爪はオレに届くことなく止まっていた。・・・オレのスキルが見切られている。

 右手がオレを掴み、エステラから取り上げようとする。

「さ、させませんわっ」

「チッ、面倒なっ。邪魔だ!」

 エステラの腹に魔物の蹴りが入った。けれどそれでもエステラはオレを手放そうとしない。

「こいつっ・・・殺すぞ」

「できる、ものならっ」

 ゲホゴホとむせながらエステラは《雷光》の方陣を魔物の目の前に展開する。

 魔物は首をヒョイっと傾けて《雷光》の軌道から自分の頭をどかした。

「・・・《雷光スパークレイ》っ!」

 眩しい光と共に、《雷光》が放たれる。自分に向かって。

 それは、エステラと魔物との間で奪い合いになっている、オレに直撃した。

 オレが金属なのかどうか、そんなことは知らない。けれどオレを掴んでいる二人は直後に感電し、そして


 ぼぼぼぼう御術《三段突き》ききき!


 ビリビリと痺れるオレが放った《三段突き》が、魔物の胴に大穴を3個作り出した。

 魔物は自身の手でその穴を《変身》させようとするが・・・痺れてうまく動けない。

 それはエステラも同じだった。

 どうにか体を動かそうとしている魔物の手首に、一本の黒い鎖が絡みつく。

 《影縛り》。

 魔物の目が大きく見開かれる。もう片方の手はいつの間にかエステラによって両手でがっちりと掴まれていた。

 奴は手が動かせなければ変身できない。そしてエステラは、相手に魔術が触れている限り、魔素吸収スキルが発動する。



 エステラが己の魔素を使い切り、昏倒するころ。

 その向かいには人とも、魔物とも取れない中途半端な死骸が一つ、転がっていた。


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