エステラ1
宿泊に貸し出された部屋とは別の部屋に運ばれ、ベッドに寝かされる。
シアは運ばれている間に意識を失ったようで、エステラが声を掛けながらシアの靴や装備品をはずしていても反応がない。
オレはシアの隣、ベッドの上に転がされた。今はシアの横顔しか見えないが、顔を赤くして熱にうなされている様子がわかる。
「医者がまもなくまいります。私は水と手ぬぐいを用意してまいります」
執事がそう言って部屋を出て行く。
エステラはシアの看病をするつもりらしく、その場で装備を外して部屋の片隅に丸めて置いておいた。
「・・・まったく、もうちょっと私を頼ってもいいのですわよっ」
シアが突然倒れたことにプリプリし始めた。
いや、シアはエステラのことを意外と頼りにしているぞ。
戦闘での重要な部分を普通にエステラにまかせている。
エステラが失敗すれば自分がピンチになるようなことでも、『エステラがいるから。』で行ってしまう。
頼りにしている証拠である。
けれどそれは、オレがシアの近くにいるから知っていることだ。
シアはそういったことをエステラには話さない。
無口なせいもあるが、エステラにとってはシアが自分をどう評価しているかわからなくてやきもきしているようだった。
・・・オレの声が彼女にも届けばなぁ・・・。
龍族の使っていた電波技術が切実にほしくなる。
部屋をノックして執事と厚手のコートを着た医者が入って来る。
エステラは場所を開け、医者にシアを見せた。
首筋に触れ、のどの奥を見て瞳孔を確認する。服をめくって体の各所を診て行く。
「風邪ではありませんな。疲れからくる熱かもしれません。この子はよくこういった熱をだしますか?」
「いいえ・・・初めてですわ」
そうだ。オレもこんなシアは見たことがない。疲れるくらい体を動かした後でも、熱を出すことはなかった。
シアに意識があれば《異常消去》とか試してもらえるんだけど・・・。
「熱さましを3日分出しておきます。状態が急変したり、熱が3日以上続くようなら連絡を」
「そう、ですか・・・・・・」
「・・・・・・水枕や濡れタオルのやりかたは知っていますか」
エステラの様子からもう少し助言できないかと医者が看病のしかたを教えていく。
「・・・また、何かあれば連絡を。連絡は夜中でもかまいませんよ」
「はい、ありがとうございます。感謝いたしますわ」
医者は解熱剤を置いて出て行った。
エステラはそれを吸い飲みで意識の無いシアに飲ませる。
そっと、シアの胸元に手を置く。
「シア様、早くよくなってくださいませ」
長い夜がはじまった。
エステラは荷物の確認よりもシアの看病を優先した。
もっとも、確認したとしてもわかるのは自分の荷物だけでシアの荷物から何かが盗まれていてもわからないだろう。
なら後回しにしてもいいということのようだ。
水を口に含ませ、額に水を絞った濡れタオルを置き、熱が高いようなら体温を下げるために冷たい雪水を入れた袋をタオルでくるんで体の何カ所かにはさむ。
2,3時間に一回、様子を観察し、袋の中身をとりかえる。
できることは少なく、暇の多い作業だ。
たまに手を握ってみたり、添い寝をしてみたりとあやしい行動もあったが、看病ということであれば十分にこなしていただろう。
夜も遅くなりはじめるとエステラは昼間の疲れもあり、うつらうつらしていた。
少し眠ってもシアは急変しないだろうし、いざとなればオレがついている。危ないと思ったら部屋をスキルで破壊してでも人を呼ぶので今のうちに少し休んでほしいのだが。
伝わらないって悲しいね。
エステラが椅子に座ったまま眠りにおちようとしていたころ、外から音が聞こえた。
何だ?。
オレは耳?をすませる。
・・・・・・確かに音がする。
時間的には屋敷の住人はほとんど眠りについている時刻だ。けれど・・・これは、人の声。それも、一人ではなさそうだ。
・・・エステラ、おい、起きろっ寝ている場合じゃないかもしれないぞっ。
しかたない、・・・《風刃》っ
室内に突風が吹き荒れる。
シアの額にあった濡れタオルをふきとばすくらいの威力はあった。突然の事態にエステラが椅子を蹴倒しながら立ち上がる。
「ふゃに、にゃ・・・何がありましたかっ」
エステラがあわてて立ち上がりながら辺りを見回す。
下を向いてうとうとしていたからか、口元によだれ跡がついていた。
エステラは部屋の惨状を理解すると共に、それをやった原因にも気が付いたようだ。
目があう。
オレがよだれ跡にチラチラと目をやっていることにエステラが気が付いた。
「・・・・・・ハッ」
ごしごしと服のすそで拭い、体裁を整え始める。それでいいのか・・・。
ひとしきり満足したらしいエステラは、オレが別の場所に目を向けていることに気が付いた。
それは部屋のドアだ。
オレに聞こえている音は、まだ続いている。
「・・・・・・何の音ですの?」
わからない。けれどこれは・・・争いの喧騒だ。
エステラが窓によってガラスの曇りをぬぐい、外の様子を確認する。
「あれは、魔術の光ですわっ。どうやらこの館を何者が襲撃しているようですわ」
エステラはいそいで部屋の隅の装備品を装着しながら、オレに目を向けて話しかけてくる。
「シアパパ様、ど、どうしましょう、少し見に行くか、ここでシア様を守るか・・・どうしたらいいんですのっ」
うろうろと部屋を行ったり来たりしながら迷っている。彼女は王族だったとはいえ、普通の13か14歳の少女だ。難しい判断になれていない。
とは言っても、オレも困ってしまう。
うーん、よし、エステラ、あっちだ。
「・・・外、ですのね」
オレのアイコンタクトを理解してエステラがそうつぶやく。
敵の情報がほしい。
どの種族が襲って来たのかだけでもわかれば対応策が立てれる。それにエステラの魔術はこの部屋では使いにくい。
戦いになった場合、外の方が役に立てるだろう。
「わかりましたわ。少しだけ、ここを離れます。すぐにもどってくるので待っていてくださいませ!」
エステラは左腕の小盾を構えながら部屋を出て行く。
扉が閉まり、部屋にはオレとシアだけが残される。
気を付けて、エステラ。