黒龍
疲れからか、ほぼ丸二日寝て、ようやくシアが起きてきた。
まだ体がギシギシ痛むそうだが、体を使わないことならできるらしい。
ということでこの間の続きの話だ。
面子はシアの他にエステラとアクリア、そしてエイハムだ。
「それで、シア様は”龍”の加護の<称号>は黒いのがいいのですわよね」
「ん。黒がいい」
「ということですけれど、できるかしら?」
エステラがアクリアに視線を向ける。
「それがねー、正直言うとちょっとおすすめしないかなー」
「龍が気難しいとか?」
「会うのに制限があるのかもしれんぞ」
「絶滅した。」
「ちがうよー。やー・・・あのさー、なんと言うか、シアちゃんの目ってさ、金色じゃない?。その目がどこから来たのかって話なんだよね」
どこから来たのか?。出所と言うことか?。
「多分、龍の子をさらったか、死んだ龍から奪ったモノだと思うんだ。そして金の目の龍が生まれるのは・・・地龍と白龍、それから黒龍なんだよ」
・・・・・・あー・・・、なるほど。
その3種のどれかの龍の子供か、死骸から盗ってきた、と。
そんなシアがのほほんと子供と同じ目をして龍の住処にやってくるとどうなる?。
修羅場になる。
血を見るだろうなぁ・・・。
自分のいなくなった子供だったり、旦那だったりが、違う形で人間の一部になって利用されている。よし、殺して取り戻そう。なんてことになる・・・。
うーん・・・
こればっかりは、回避した方がいいかもしれないなぁ
「・・・・・・わかった。なら、謝りに行く」
シアは逆だった。
むしろ謝罪に行かなければいけないと思ったらしい。
確かに。出所をはっきりさせといた方がいいかもしれない。
「どのみち、全部回ることになるから」
全部の龍から加護をもらうつもりらしい。でも持ってない属性も多いぞ。土とか一個もない。
「土はたぶん、パパの《ノコギリ草》」
オレのスキルだけどシアの加護が影響するかなぁ。
まぁ持っておいて損はないのかもしれないけど。
ともあれ、謝罪するのは悪くない。
加護が目当てだが、この目のことも知りたかったし。
「ん。アクリア、道案内をお願いできる?」
アクリアはため息を一つついて答えた。
「・・・いいよ。わかった。君がそう言うのなら私もお供するよ。私は君のことを、もう仲間だと思っちゃってるからね。いざとなったら強引にでも逃がしてあげるよ」
「ん。ありがとう」
始めは協力的じゃないやつに見えたけど、そうでもなかったらしい。
きっと人に敬われ、力を求められる”龍”としての処世術だったんだろう。
誰にでも力をかすわけじゃない、そんなに安く便利に扱えるわけじゃないと、壁を作っていたんだ。
今はそれが無くなって、新しく仲間になるシアに協力してくれる。
頼もしい存在だ。
「ほんじゃー、いこっか。黒龍は大陸の左だね。3時間くらいでいけるかな。きっと寒いからあったかい恰好してきて。ほらほら、さっくと行くよ。ほらほらほら」
左とか、かなりおおざっぱというか・・・。
それにしてもせかして来るなぁ。アクリアは会ってからずっと急ぎ目に行動している気がする。これは緑龍の性格なのかな。
シアはまだスパルタ育成の疲れが残っている。体を休めるために、もう二日ばかり時間を空けることにした。
出発は二日後の同じ時間に、中庭に集合することになった。
二日後。
準備をして集合場所の中庭に向かうと、巨大な龍がいた。
青と緑のウロコが冬の光を反射してキラキラと光る。
その龍は――オレがずっと会いたいと思っていた、理想の龍だった。
長い首といくつもの角を生やした頭部。スラリとした胴体から手足としっぽが伸び、一対の羽がその体を覆っていた。
実に典型的なファンタジー世界におけるドラゴンだった。
おおお、やっと、やっとだ。やっとドラゴンにあえたぞーっ
どーらーごんっ。どーらーごんっ
あ~、すごい、爪がこんなか!牙も生えてるんだな。目の色はアクリアと同じだ。でっけー。
少し角の形が女性的なのはアクリアの性別のせいなのかな。はー・・・すげー・・・。
しかし・・・美しいな。ウロコが光を浴びて青や緑に色を変えているようにも見える。
きれいだ
『ほらほら、早く乗ってよー。まずは手に乗ってから持ち上げるから、背中にね。背中に棘があるから、そこを掴んで、絶対手をはなさないようにしてね。落ちないように縄をもってきて体にも結ぶといいよ』
アクリアからテレパシーのような音が頭に響いてくる。
これ、どうやっているんだろう。オレも使いたい。スキルか、魔術かと悩んでいる間にシアとエステラがアクリアの背中に移動していく。
エイハムは留守番しているようだった。
「他の兵にも君たちが外に行くことを伝えなければならない。それに、おそらく私の護衛はいらないだろう。無事に話がまとまって帰ってくることを祈っている」
シアは返事をしないで手振りで了解したことを知らせる。
龍になったアクリアの体は大きい。おそらく100メートル弱はあるだろう。そこそこ広い中庭が、ほとんどアクリアの巨体で埋まっていた。ここからどう飛び立つのか不安になる。まさか館の屋根を壊していくわけじゃないよな・・・。
オレの心配をよそに、まるで魔法のようにアクリアの体はふわりと浮き上がった。それから広げられた羽が、空気を大きく、優しく包み込んで下へと掻きだされる。
ぐんっ、と体に圧がかかった。
高い。
一掻きで館を飛び出し、空中へと駆け上がる。ぶつかる物が無くなった羽は、今度はもっと勢いよく、力強く空を駆けてゆく。
早いな。
すごく早い。
あっという間に雲の上に上がる。太陽だ。厚い雲に覆われた下とはちがい、こっちは雪が降っていないし陽光がある。
けれど、どうやらすごく寒いらしい。
さっきからエステラが変な笑い声をあげていた。
「あはははははっ、あははははっ、あはははははっ、人がっ、街がっ、ゴミですわっ、あはは、ずびっ、あら、鼻が、あはっ、もうっ、あははははは」
「・・・寒い。」
シアとエステラは身を寄せ合いながら、アクリアの背中に結んだロープをぎゅっと握っている。
くふふ笑いじゃないエステラというのもめずらしい。いや、最近は悪だくみすることもなくなったのか、あまりくふふしてない気もする。
二人が寒さに耐えること約3時間。
アクリアがゆっくり高度を落とし始め、大きな山脈の中に入った。
そう、中に、だ。
まるで真ん中を何かでえぐりとったように、山が、横倒しにした円柱形に削り取られている。
極太のブレスでも撃ったみたいに・・・ガクガクブルブル。
怖いわ。
規格外があたりまえに存在している界隈ということか・・・。
さて、山脈の真ん中には草が生えていた。
草原とまではいかないが、冬とは思えないくらいあたたかい。
山脈の外と中とでは環境がだいぶ違うらしい。
その草っ原の中に、黒い巨体が横たわっていた。
物の比率がおかしく見えるくらい大きいが、3種類目の龍となれば普通のサイズに思える。一番大きいのが星くじらで小さいのが緑龍。その中間くらいの大きさだ。
姿形は・・・横になっているからわからないが、硬い表皮を持った犬・・・オオカミのような姿をしている。以前竜の住処で見た、黒竜に近い。あれは前足がおまけ程度にしかついていなかったが、こっちは四つ足で走るために前足が発達している。そして黒竜にもあった頭の角が、より太く、長く、前に突き出していて攻撃的だ。
アクリアはその龍の周りを少し旋回したあと、少し離れた場所に降りた。
『ほい、とうちゃーく。ばあちゃん寝ているみたいだね。他の龍の居場所を聞くからちょっと待っててよ』
アクリアはそう言ってシアとエステラを背中から下ろす。
「ううう・・・凍え死にますわ・・・あら、鼻からつららが」
凍った鼻水をぽきっと折ってそのあたりに投げ捨てた。
うん。
誰も知らないと思うけど、これはかつて王女だったモノである。面影はもうない。
「まだ足がガクガクしてますわ・・・」
「ん・・・。空、すごかった」
空はグリフォンで飛んだこともあるけど、あれよりずっと早かった。
グリフォンよりはやーい。
さて、アクリアが大きく息を吸ってブレスの準備をしていたが、
『おきておる。それと誰がばばあか。突き殺したろうか』
おお、こちらも電波を飛ばしてくる。いいなぁ・・・どうやるんだろう。
『あらぁ、ディアドリカ様、生きてたんだ。他のみなさんはどこへ?ちょろっと用があるから呼んでほしいかなー』
『・・・用があって降りておる。話は私が聞こう。・・・それで?その小さいのは私への手土産と考えていいのか?』
よくない。
「・・・シア。昇位するために、あなたの加護がほしい」
『・・・・・・昇位?。あぁ・・・なに?、どういうことだ。娘、貴様は”龍”なのか?』
ずっと閉ざされていた黒龍のまぶたが開き、金色の瞳がシアを見つめる。
『・・・そうか。その瞳。あの魔将が新しい命のカケラとすると言ったのは、こういうことか』
魔将?。シアを造った魔将グラフェン・テスラーのことか。
ということは、シアの中の”龍”の血は、黒龍のモノだったのか・・・。
「私の中の”龍”は、黒龍のだった?」
『・・・少し待て、貴様をなめさせろ』
龍はみんな味覚で物を判断するのが好きなのか。それともそういうスキルでもあるのだろうかね。
「・・・ん。」
シアが了承するが、大きさには大分差がある。一なめされただけでもシアが削り殺されそうだ。
黒龍は黒い光につつまれると、消えていなくなった。
そして黒竜のいた場所に、小さい人間がいた。
頭に二本の角を生やした黒髪のきれいな奥さんといった感じの女性である。ただ、その両目は濃い金色だった。黄土色に近い。
彼女が歩いてこちらに近づいてくると、小さくはないことがわかる。どこから取り出したのかわからない、灰色のローブに身を包み、アクリアよりも高い背丈をしている。
角を差し引いても背が高い。
「私はディアドリカ・D・ファフニール。・・・娘、右目をつむっていろ」
目をつむるシアの頬に手を伸ばし、ディアドリカがかがむようにしてシアの右目をまぶたの上からなめた。
「確かに。これは黒龍のモノであるな」
そうか。
一件目にして出所がわかった。
シアの瞳は”黒龍”の瞳。その血は”黒龍”の血液だった。
そしてその本来の持ち主は・・・。
「私の”龍”は、本当は誰だったの?」
「名もない幼児だ。産まれてすぐに命を落とした。”龍族”として加護を受ける前のな。ゆえに、アレは同胞ではなかった。だから魔将にくれてやったモノだ」
加護をもらわず”龍族”になれなかった子。
もしかしてディアドリカさんが、おかあさん?
「・・・安心しろ。それは私の子供ではないよ。それの母だった者は、今は下に降りて春まで寒さをしのいでいることだろう」
確かにここは他よりはあったかいが、冬の山であることには変わりない。しかも遮蔽物もないので、風が吹けば身を縮ませて耐えるしかない。
「ディアドリカ様は下が嫌いだからねー。でも、もう何人か残ってるかと思ったんだけど、みんな降りちゃったのかなー」
「・・・地の力が弱いからな。いつもより寒いのだろう。地面に体を近づけても、今年は鼓動も聞こえんよ」
アクリアと違ってきちんと”土”の変化に気付いている。
「あー・・・、ね。それそれ。・・・聖剣が壊れたってさ。しかも2本。私もいつの間に!?って感じだったんだけどさー、ディアドリカ様は知ってた?」
「聖剣は壊れぬさ。壊すとすれば”邪”のしわざだろう。管理役であるお主らの怠慢ではないのか」
「・・・いやー、”悪魔”は増えてないよ?。仕事はきちんとしてたから、これは本当」
ディアドリカはどうだかな、とつぶやいてからシアに向き直った。
「さて、娘よ。貴様は”加護”がほしいのだったな」
「ん。」
「いくつか問わせてもらおうか。まず、”龍”とは何だ」
”龍族”になるにあたって、知っておかねばいけないようなことを聞いてくるようだ。
「・・・星神の使徒。聖剣を持った人間といっしょに、”悪魔”を滅ぼした存在」
「正しくはないがやっていることはそういうことだ。神の定めた掟を守ること、守らせることが我々に与えられた使命だ。”悪魔”の消去もその仕事の一つとなる」
消去ときたか。”悪魔”は生物ではないと言うことか?、それとも、”悪魔”の能力こそが”悪魔”と呼ばれているのか・・・。
「”龍”と一言で表してもその内はいくつかに分かれる。”龍”と”龍族”の違いは分かるか」
「・・・憶測でいいなら。生きているのが”龍”、使命を持っているのが”龍族”」
「そうだ。龍の真核を持っているモノが”龍”だ。ゆえに、真核を持っている貴様も”龍”だ。そして”龍族”は真核に灯をともしたモノ。”悪魔”を消去することができるようになる」
「・・・”龍”のままでは、できない?」
「できぬ。が、倒せはするだろう。”龍族”にならぬモノは死骸を持ってきて”龍族”に滅ぼしてもらっておったわ」
ん?、死骸。死骸ねぇ・・・・・・一個あるなぁ。
グラッテリアの宝物庫に隠してあったのが”悪魔”か。
昔の王族がどうにかして利用するつもりで隠していたのかもしれない。
なら、シアが”龍族”になったら試しにあれを滅ぼしてみるか。
「パパ。それは、今相談する」
おっと、そうだな。オレとシアで決めることじゃないか。
「どうした?」
「エステラ、・・・宝物庫のアレ、・・・いい?」
シアはしゃべってもいいか、と質問する。グラッテンが国として保管しているのであれば、それはグラッテンにも責任がある。
シアが勝手に”龍”に話していいことではない。
「かまいませんわ。話を聞くかぎり、消去したほうがいいですわね」
「ん。なら・・・。グラッテンの王城の中に、死体がある。黒い死体。宝物庫の床に隠してあった。たぶんあれが”悪魔”かも」
「ほう・・・」
「うわー、そりゃまた、王族なら”悪魔”の力が欲しくてやっちゃうかもしれないね。でもそっかー。あるのかー。よく見つけたね。隠してたのなら”悪魔”の可能性は十分にあるよね。あとでおねえちゃんといっしょに確認しに行こっか」
おねえちゃんじゃないがな。
「ほれ。やはり仕事をしていないではないか」
「えー、それ言っちゃうんだ?、”悪魔”がいたころに管理役だったのはディアドリカ様たちじゃなかったかなー。あっれー?誰が仕事してないのかなー?」
ディアドリカが怒気をはらむより早く、アクリアはササッ、と距離をとっていた。
遠くでサッさサッさしている。
「・・・・・・良い。次へ進むぞ。”星神”とは何だ」
「・・・世界を造った存在」
「現在の物質世界を造った存在だ。概念世界だった根源の海から”掟”を選び、組み上げ、そして元素を汲んで己の色と混ぜ合わせて物質を造った。いわば”略奪者”のことだ」
略奪・・・盗人ってことか。
自分の主なのに辛辣だな。
「略奪・・・」
「貴様が知るかは知らぬが、根源の海は”獣”のものだったからな。どちらが悪かで言えば、間違いなく星神の方であろうよ」
けれどおかげでオレたちがいる。
星神がいなければこの世界はなかった。
「では最後になる。これは私の興味だ。娘、”加護”を得て何を成す?」
「昇位して魔王の”支配”に抗えるようになる。なって・・・お嬢様を取り戻す。」
お嬢様を。そしてエステラも手放さない。
これはシアが絶対にやると決めた、決意だった。
「そうか。ひとまずはこれで良い。後はあの緑のに教えてもらえ。では額を寄せよ。加護を与える」
「・・・ん。」
シアが額をディアドリカの方に向けると、彼女はさっきのようにかかんでシアの額に口づけをした。
「・・・これでいい。シアよ」
貴様とか娘ではなく名前で呼ばれた。
「ん?。」
「”龍族”になったあかつきには、”ファフニール”の姓を名乗ることを許そう。では、もう終わりだ。行くが良い」
「・・・はい。」
加護がもらえたらしい。味気ないような、でもこんなものかとも思う。
ディアドリカはさっきのが別れの挨拶だったらしく、どこかから薪を取り出して焚火を始めていた。
あったのならつけてくれればよかったのに・・・。
ディアドリカを気にしつつ、アクリアの所へ移動する。
「加護はもらった?」
「たぶん」
「よーし、それじゃ次いこっか」
そう言ってアクリアは龍になる。
『ほらー、いそいでいそいで』
そんなに急ぐ必要ないと思う。
まだ若干一名が飛行の後遺症から回復しきっていないように見える。
「エステラ。少し休もう」
エステラはHP自動回復が無いぶん、シアより体力の回復が遅い。
無理をするものでもないだろうから、やっぱり休んだ方がいい。
「・・・そうですわね、ロープにつかまっていられるか、わかりませんし、ここは休んで・・・」
『しかたないなー。じゃ、私が持ってくから、シアちゃんは乗ってね』
アクリアの巨大な爪がエステラをはさみこんだ。
悲鳴が聞こえた気がする・・・いや、見なかったことにしよう。
『早くしないとシアちゃんも持ってっちゃうぞー』
シアは急ぎめに騎乗した。
『そういやさー、ディアドリカ様、何か言ってた?。シアちゃんにまたおいでーとか』
「ん?、・・・ファフニールを名乗っていいって」
『そっか。へー、すごいじゃん。黒龍に認められたかー。はーん』
そうか。特に何もしていないような気がするけど、認められたのか。
やっぱりそれはシアの元になった子のおかげなのかもしれない。
幼くして亡くなった子。
きっと誰かの、大切になるべきだった存在・・・。
『・・・うそつきめ』
アクリアがぼそりとつぶやいた。