緑龍1
一月と言ってもなかなかやることがあった。
主に、冬の間に帰省しているジェラルダス家の親族一同、その子供達5人の相手をさせられているという意味で。
始めに挨拶した時の衝撃がその後の運命を決定したのだ。
「おねえさんはりゅうさまの人なの?」
「ん。少しだけ」
子供たちにとって”龍”とはすごくてかっこよくてキラキラした存在なのだ。
そしてシアにはその血が流れている。
ちょっとだけ龍の人なのだ。
それ以来子供達にはかっこいい、すごい人として大人気になった。
遊びにまきこまれるのはもとより、お昼寝、絵本朗読、はてはお風呂まで、みんなシアといっしょにこなそうとしてきた。
シアも拒否せず、みんなの相手をする。
いつもとあまり変わらない無表情のなかに、困惑やあせり、驚き、そして笑い、そんな感情が見えた。シアが子供たちに振り回されている。
子供達もそれがわかってきているようで、いつの間にかシアは”シアおねえちゃん”と呼ばれるようになっていた。
ちなみに大人からも一目おかれていた。イオと仲良くしていた、というのが一番の理由だ。
イオ君は手紙にひたすらダンジョンに潜り、自己鍛錬にあけくれる不思議な少女のことを書き記していた。
その少女がシアであることは、首長のロウから聞いている。
これがあの・・・という驚きの目で見られたのだった。
実際ジェラルダス家に滞在中もシアはスキルの鍛錬を怠らなかった。
早朝、雪が降る中庭でずっと槍を振っているシアと魔術を使うエステラの姿は、早起きした者なら知っていることだろう。
そんな筋肉逞しいお嬢さんたちだったが、奥様方のお茶会に何度か誘われることがあった。
シアのこと、シアが館に来た理由のこと、そして、イオ君のこと。
いろいろなことを話した。
話して少ししんみりして、そして祈る。
海に還り、そしていつか新しい命として生を受けられますように、と。
さて、そんな一月の半ば。やっと”龍”に会えることになった。
「龍様がお会いになってくれるそうです」
「ようやくですのね。ずっと楽しみにしておりましたわ」
「ん。やっと会える」
ロウがめずらしく書斎から出てきて一階の食堂にきていた。
車イスを押しているのは執事さんだ。
「それで、いつ会いに行きますの?」
「いや、来るそうです」
来る。
こっちに来る。
龍が?飛んでくるのだろうか。まさか巨体で地上を移動してくるとは思えないが。
どこから来るのかわからないが、龍は星を移動することができるそうだ。
ということは・・・・・・まさか宇宙から?。
ありえる
すごいなぁ・・・
「それで、いつごろ、どこでお会いするんですの?」
「いつ、というのはわかりませんが・・・お会いする場所はここです」
「え?」
エステラが疑問の声を上げるのと同時に、食堂から見える中庭に雪が、ゴゥっという音と共に舞い上がる。
窓ガラスがバリバリと音がする。
何だ、何がおこった?、襲撃か!?と驚き、身構えるが、雪と風はだんだん落ち着きを取り戻していく。
――人だ。
雪が無くなった中庭の真ん中に、一枚の布でできたような服を着た、一人の女性がいた。
「・・・到着したようです」
そう言ってロウが食堂から移動を始める。
ということは・・・あれが、”龍”?
「行こう」
シアたちもロウに続く。
中庭に到着するとその人物が廊下へと入って来るところだった。
「うぅ、やっぱり素足になると寒いね。暖炉暖炉。はやく暖炉にあたろうよ」
足をこすり合わせながらその人物はそう言っている。
ぱっと見は普通の人間に見えた。
髪は長く腰まであり、色は薄い青から銀色へと変色している。さらさらきれいだが、あまり梳かしていないのか、乱れている。まぁ、あの突風のあとだし、梳かしてきたとしてもあまり意味はないだろう。
体は細く、手足が長い。きれいなスタイルをしている。体験の年齢は20歳くらいに見えるが、おそらく違うだろう。
服は白いローブなのか、一枚の布の真ん中に穴を開けただけのようなものだ。穴に頭をつっこんでいる形である。刺繍や模様は入っているが、なんとも簡単な作りをしている。
もしかするとこの下は裸かもしれない。
龍が人に変身する。変身後は服を着ていないので、持ってきた布をかぶって肌を隠す。隠すための速度が重要なので一番着やすい形のものを持ってきた、と。
おそらくはそんな感じだろう。
そして・・・
緑色の瞳は、少しシアの物と似ていた。
「う~・・・。あー、寒かった。本当、人間の姿になると温度調節がうまくいかなくて困るよー。まぁ、こっちの方が舌も肥えてるから便利っちゃ便利なんだけどねー」
あははーと言って笑っている。
これが、龍?。
応接室の暖炉の前に陣取って、メイドが持ってきたお茶をパカパカ飲んでいる。
普通の気のいいおねえさんに見える。
「遠いところを、ようこそおいで下さいました。”龍”様・・・緑龍アクスタリア・D・リンドブルム様」
「うん。そんな遠くなかったよ。かしこまっちゃってさぁ・・・。もしかしてこの子たちがロウの手紙の子かな?」
「そうです。紹介してもよろしいですか?」
いいよ、という返事をもらい、ロウが一人ひとりアクスタリアに紹介をしていく。
「はじめましてよろしくー。アクスタリア・リンドブルムだよ。それで、そこの紹介されてない子は何かなー?」
「紹介されてない、子ですか?」
ロウが一同を見回す。けれどわからない。
・・・シア、オレの代わりにたのむ。
「ん。パパはパパ。”邪”武器」
「へぇ、面白いね。私の動きを目で追って来るんだ。生きているだけじゃなくて意識もあるのかな?、君みたいなの初めて見たよ」
「パパはよくしゃべる。・・・私とだけ」
アクスタリアはオレをまじまじと見て観察している。
「なんだろうなー、私には無理だけど、他の”龍”なら作れるかなぁ。専用の籠から作らないとダメかもなぁ・・・」
籠とは揺りかごのことかな。
「まぁいっか。で?だいたいのことは手紙に書いてあったけどさ、魔王とやりあうんだって?」
「ん。」
シアが頷く。
「へぇ、君か。君が魔王とやりあうために、魔王の”支配”能力に抗う方法をさがしてるって子だね。何で魔王とやりあおうなんて思うのさ?」
そこを聞いてくるのか。
「魔王とやりあうためじゃない。・・・やりあうかもしれないけれど。魔王のせいで、お嬢様がエステラを殺そうとする。私はそれを止めたいけれど、魔族の血のせいですぐには”支配”を消去できないから。私は私の心を他人の好きにされるのが許せない。”支配”は、嫌い」
「ふーん。んー、お嬢様ってのは魔族で、君の主人なのかな?」
「そう。」
「それで、大好きなんだ?」
「ん。」
アクスタリアはニヤニヤと笑う。
「いいね。魔王を倒すために何かを教えてほしいっていうのは割といたけど、好きな二人が喧嘩するから止めたいってのは初めてだなぁ。面白い。面白いけど、私便利屋じゃないんだよね」
「・・・・・・」
「横から口を出すようですまないのだが・・・いいだろうか」
エイハムが手を上げて発言を求めてきた。
「いいよ」
「彼女は今現在聖剣スキルを使うことができる、唯一の存在だ。このままなら魔王と戦うこともあるだろう。その時に”支配”の解除に手間取られていては魔王に後れを取るかもしれない。・・・方法があるなら”支配”をどうにかする方法を教えてあげてほしい」
「それは君の事情だよね。・・・いや、待って。今聖剣”スキル”って言った?。なんでわざわざそこを強調したかな?」
シアはオレを持ち上げて言った。
「聖剣は壊れて、スキルをパパが吸収したから」
「うそん・・・・・・」
アクスタリアが目を丸くしている。
いい気味だ、などと思ってしまうのは、少し彼女の性格にオレがイラっとしてしまう部分があるせいだろう。
「まって、聖剣は壊れないよね。壊れないはずだよ。だって主様が壊れない強度で創生したんだから。壊れないよね?」
「・・・パパはたぶん、”邪”属性だから」
「・・・・・・それ、舐めていい?」
アクスタリアは手を出してシアからオレを受け取り、ペロリと舐めた。
「・・・・・・まじだわ」
それだけを言って呆然としていた。
動かなくなったアクスタリアからシアがオレをもぎ取った。
アクスタリアは何もなくなった手をしばらくニギニギとしていたが、しばらくして気を取り直したのか、腕を組んで姿勢を正した。
「うん。まぁ、壊れることもあるよね。それで?吸収して、スキルを持っているから、君が今度は魔王をたおすって?・・・ええと、倒すんだっけ?」
なんかまだちょっと本来の自分を取り戻せていない感じがあるな。
まぁ、しかたないけど。
「エイハムたちは倒すことを期待してるけど、私は魔王の人に対する害意を無くせればいいと思ってる」
「・・・へぇ、魔王を助けたいんだ?」
「ん。前はそう思っていたけど・・・、今は、倒すのも仕方ないかもしれない」
魔王は人を殺しすぎた。
直接やったわけではないが、そう命令を出したのは魔王だ。その罪には人は罰を求める。
「そうだね。やられればやりかえしたいよね。まぁ、魔物を殺しまくってる人間が言えたことじゃないとは思うけど、復讐は悪いことじゃない。存分にやりたまえ」
おや。魔王と聖剣があるから、魔王は倒すものだと思っていたけど・・・、どうやら”龍”の認識ではちがうっぽい。
そういや初めは”悪魔”を倒すために用意された武器なんだっけ。今は高性能だから”魔王”を倒すために使っているが、本来の使い方ではなかったのか。
この”龍”という生物、魔王や魔族のことにはあまり関心が無いように思える・・・。
人間も魔族も同じ星神が創ったモノ。勝手に繁栄したり衰退する分には干渉しないのかもしれない。
「魔王には関心が、無い?」
「私?、あまりないね。それは掟をやぶらない戦いだろう。まぁ、一時期に多くの魂を還しちゃうとバランス悪くはなるけどさ、そんなことで世界は揺らがないから好きにしてていいと思うよ」
はーん。そうか。魂が帰るのは”根源の海”。そしてそれは、”邪”属性の領分だから、力関係的に”邪”属性が強くなるのか。
普通であれば、揺るがないだろう。けれど今は・・・あやしくなってきている。
「・・・揺らぎ始めている」
「えー、何言ってるの。あぁ、聖剣?一本くらいならぜんぜん平気だよ。というか、君、なんかさっきから詳しいね。世界のこっち側のこと、どこで知ったのかなぁ」
シアはため息をつく。
ダメだこの龍
という心境か。
「あれ?、私さげずまれてる?あなどられてるみたいじゃない?」
ニヨニヨと笑う。今度は少しだけ、空気を剣呑なものにして。
シアには威圧無効がある。・・・あ、龍は下位種族じゃないな。シアにも効くのか。
けれどシアは顔色を変えない。
「引きこもりの、今の世界事情に疎いヘビの王様が教えてくれた。どうやら、あなたも同じらしい」
「・・・・・・へぇ?」
「引きこもりの、龍に教えてあげる。聖剣は2本壊れた」
「・・・・・・」
剣呑な雰囲気が消えて、ス・・・と横を向いて冷や汗をかき始めた。
「そしてまだ終わりじゃない。ヒュリオは、まだ聖剣を壊そうとしてる」
「あわわ・・・あわわ・・・」
あわあわし始めたぞ。あともうちょっとで泣き出しそうだ。
シア、とどめを!
「まぁ、これくらいで。」
そっかー。
シアはいいこに育ったものだ。
「そういえば”魔王”に関心がないみたいだけど・・・」
「う、うん。そうだね、魔族だからね」
「あれはたぶん、”悪魔”の転生した能力者」
「・・・・・・あははー?そんなまさかー」
「”邪”武器のパパも、転生した存在だから、魔王もそうだと考えた方がいい」
アクスタリアはテーブルにつっぷしてしまった。
「ゴメンナサイ。ちょっと心が折れそうなのでやめてもらっていいですか。私はいじめられるためにここに来たんじゃないんで」
むしろ人間をいじりに来た感じでしたよね。
アクスタリアが休息を要求してきたので、いったん場を改めることになった。