馬車移動中にて1
指揮官のパルド・エレイム侯爵から実際に移動許可の知らせをもらったのは次の日のことだった。
護衛としてエイハム以下20人がついてくることになった。
彼らは馬に。オレたちは馬車で移動する。
「ご不便はありませんか?」
移動を始めて二日目。御者台にいる女兵士さんからの声掛けだった。
名前をイリーニャ。齢は20代半ばくらい。
少しふわふわしたところのある弓兵だった。女性ということもあって、身の回りのあれこれを手伝ってくれている。
よく気も付くし、いいこだ。
「ありませんわ」
「・・・ない。しいて言えばエステラの筋肉が心配」
あー。馬車移動のせいで走ってないからなぁ。エステラにはたまに走らせて筋力維持させるか。
「・・・ちょっと体を動かしてまいりますわね」
エステラが自主的に運動しに行ってしまった。
シアと走ると本気で3,4時間ずっと走り続けることになる。
ならば自分で調整できるようにということか。
「ええと、・・・き、筋肉は、私も欲しいと思います」
そうですか。イリーニャはそれほど筋肉質ということはない。むしろ柔らかそうな印象の娘だ。
特に・・・胸だ。胸が大きい。オレは自己紹介の時にそのことに気が付いて心配になってしまったほどだ。
「・・・・・・ふーん。」
弓兵は弓の弦を引くとき、胸筋を張る。言ってしまえばその弦を離す時に大きな胸は邪魔になるのだ。
なので、彼女は弓兵に向いていないことになる。
そう、心配したんだ。
「・・・へー。」
うむ。
・・・なのでそういうパパのパンツをつまむような持ち方はやめてくださいパパが泣きます
さて、シアとオレが遊んでいると、外が少しざわめきつつ、馬車の速度が落ちる。
「シア様、旅人です。なにか倒れているようですが・・・今、兵士が様子を見ています」
町や村を捨てて安全な場所に移動する旅人は多い。
その旅の途中で急に体調を崩すことだってあるだろう。無事だといいな。
けれど大きな雄たけびが聞こえた。
そして大きな怒号と、喧騒が広がる。
うーん・・・。これはあれか。旅人に化けて敵の工作員が要人を襲撃してくるという・・・あれか。
「シア様・・・旅人は魔族みたいですっ。他にも敵が、周りからきてます!」
襲撃だっ。
すごーい
けれど、・・・たまたまなのか、それともオレたちを狙って襲撃したのか・・・。
「私も、戦いますっ。シア様も警戒をおこたらないようにしてください!」
イリーニャはそう言いながら、左手に弓っぽい物を装着した。
お?、おや?。胸が大きくても矢が打てるその機構は・・・。クロスボウか!。
魔術的な機構はいくつか見てきたが、もしやそれは一切魔術を使っていない仕組みじゃないか?。
めずらしいな。
あとで詳しく聞きたいところだ。
さて、シアも馬車から飛び出し、戦いに参加しようとする。
「ご主人様、終わりましたわ」
エステラが少し乱れた髪を手櫛で治しながらそう言った。
襲撃者は一人ではなかった。道の真ん中に倒れていた魔族の他に、9人の魔族が縛られ地面に転がっている。
はやいなぁ・・・。というか、みんな強いなぁ。
こういう時のための護衛なのだから当然なのか。
襲撃者を尋問したが、補給を絶つために監視していた。何か重要そうな馬車だったから襲撃したとしか言わなかった。
本当なのかウソなのか・・・。けれどたった9人でできることはかぎられている。
荷馬車の襲撃というならわりとできそうな人数だと思う。
けどなぁ、その人数で20人の護衛付きの馬車を襲撃するだろうか?。
オレならしない。
シアみたいな規格外の戦力でもいるならいざ知らず、普通の兵士では勝ち目はないだろう・・・。
襲撃者の処分がひと段落した後、シアにイリーニャの持つ弓のことを聞いてもらった。
「弓ですか?、これは機械弓というものです。・・・兄が武器作成の工房を持っていまして、これはその作品の一つなんです」
武器の工房か。
しかも魔術を使わない武器を作っていると言う。
ふうむ、すごいな。
オレの体も見てもらって意見が聞きたい。
もっと強くなるためのアイデアとか聞けたらうれしいんだけど。
「ふふっ、・・・機会があったらお願いしてみますね」
ぜひともお願いしたい。