東面軍3
3度《ノコギリ草》を使い戦場をひっかきまわした。
そのせいか、シアのいる前線に現れる敵の種族がかわってきたように思う。
「これは、思うとかそういうレベルではありませんわよ・・・」
エステラが《雷光》を3連続で放つ。
殻を押し戻し、少しの硬直を体に与えられたようだ。
・・・けれどそれだけだ。
二つの鋏をもつ2メートル超の巨大な甲殻の生物
巨大蟹。
硬い甲殻は《ノコギリ草》もほとんど効かない。
そんなのが前線にずらっと並べられるのだ。シア対策と考えるにはすごい景色だった。
・・・けど、足が遅いよな。
盾兵士より鈍重だった。
前に歩くのに苦戦してる・・・わけでもないか。カニなんだけどな。
「・・・ダメですわ。私は足止めにまわります。あとはご主人様が好きになさってくださいな」
エステラは天を仰いで地面に腰を下ろした。にぎやかしに回るようだ。
まったく・・・ともあれ、あのカニはシアにとっては壁にもならない。
カニ軍団は少し後ろに魔族の兵隊を連れている。カニに前を守らせてあとは遠くからこちらを攻撃する腹積もりのようだ。
シアは両軍が距離を取り、にらみを利かせているのを一切無視して駆け出した。
魔族の攻撃が届くより先にカニの近くに寄り、姿勢を低くする。カニが邪魔になってシアまで魔族の攻撃が届かないように。
「《虚無弾》」
ハサミの届く距離に気を付けながら《虚無弾》を放つ。それはゆっくり近づいていき・・・ギリギリでかわされてしまった。
おしかった。
撃つときはもっと近づかないとダメそうだな。
「ん。」
シアは場所を変えながらオレを構える。
振りかぶり一刀。蛇腹槍になったオレはカニの殻をガリガリと削り、切断した。
カニ味噌がこぼれおちる。
よし、どんどん行こう
「んっ。」
まっぷたつになった仲間を見るカニたちの顔が、青ざめているように見えた。
「君は・・・スキルを使わなくても規格外だな」
夕食の時、同じテーブルで配膳を待っているエイハムにそう言われた。
テーブルと言っても木箱に薄い木板を乗っけただけの簡単なモノだ。それが広場の焚火を囲むように置かれている。
季節柄、火の近くが人気が高い。
シアは火から少し離れた場所に座っていた。
「・・・ありがとう?」
「あぁ。大丈夫、称賛しているんだ」
疑問系だった返事にエイハムが苦笑していた。
「あの魔物はBランクの魔物でな。同盟軍でも攻略にてこずっているやっかいなやつだったんだ。・・・が、君がほとんど一人で片づけてしまった。指揮所でも大絶賛されていたよ」
足は遅いが壁としては非常に高性能。持久戦で戦った場合、損害が多い方がどんどん不利になってゆく。その壁を、ほとんど一撃で倒してしまうシアの功績は大きかったらしい。
「攻め時には投入されなかった魔物だが、膠着状態にはああいったものが最適だろうね。・・・しかし、やはり魔族は魔物の層が厚いな。他にどんな魔物がいるのか、あちらが出してこないとこちらでは対処できない」
人族はいつも後対処させられる。
先に出せる魔族が有利だということか。
「・・・召喚ができる兵士がいるって」
「あぁ、ドメッツィオ様か。開戦の時のことを聞いたか。あれは彼の家に伝わっていた召喚用の触媒をほとんどすべて使っておこした一回きりの奇跡みたいなものだ。今も召喚術で戦っているだろうが、魔族の魔物のように戦場の一角を塗り替えれるほどではないさ」
開戦の時、ゴブリンやスケルトンを大量に召喚して魔族軍の足を止めさせた話を聞いたことがある。
大量召喚には触媒がいるのか。
うまい話と言うのは早々ころがっていないものだ。
「なんの話ですの?」
二人分の食事を持ってきたエステラがシアの向かいに座りながら聞いてきた。
「カニを倒してくれて、大助かりだと言う話をしていた。あぁ、そうだ、そのことであとで呼ばれると思うが、もしかすると君の言っていた北西地方への移動が叶いそうだぞ」
北西部のトートハイム領。そこに行きたいと言っていたのだが、今は指揮官からのたっての頼みでこの戦線にとどまっていた。
「あの壁がなくなったおかげで・・・、いや、それ以外にもいろいろと活躍してくれたおかげで、この東戦線は魔族軍を押し返すことができた。今なら君がいなくても攻勢に出れると考えたらしいな」
押し返せた、と言われても実感がないが。こうして毎日同じ場所で休み、食事をとっているわけで、押し返せたなら南に移動していくんじゃないのか?。
「敵の東の本営が南に移動を始めたんだ。そのうちこちらでも後退を始めるだろう。まぁ、こういうのは機会をうかがうものだから、被害が少ない時を狙って下がり始めるだろうさ」
そういうものなのか。
ともあれ、移動できるならありがたい。
「これでやっと”御子”に会いにいけますわね」
「ん。」
会うのが目的じゃないからなぁ。その後に”龍”に会って魔王の”支配”の対処方法を知らないか聞くことが目的だ。
しかも、知らなければまた探しなおさなくてはいけない。
「・・・・・・そのことだが、私も同行させてもらっていいだろうか?」
おや、勝手についてくるものだと思っていたが、ふむ。
エステラはシアを見る。
「・・・どうぞ」
「ありがとう、では今後もよろしく頼む」
なんだろうな。言質を得たりということだろうか。
同盟軍としては重要な人物二人を護衛もなしにほっぽりだせやしないだろうから誰かが護衛についてくるとは思っていた。
それを、エイハムは自分にまかせてもらえるよう、他の部隊長を説得するための説得材料として、今のシアの言質を利用するのかもしれない。
・・・・・・そこまで憶測で想像してしまうと、エイハムの考えも思い浮かぶ。
エイハムはまだ、シアを信用しきっていないのだ。
やつはシアを監視するために護衛の役を買ってでたのかもしれない。
まぁ、かもしれないレベルの話だけどな。