東面軍1
歓迎しようとする村人たちから食材だけもらい、シア達は先へと進んでいく。
村人たちには村長と合流したら村を捨ててもっと安全な場所に逃げるように言っておいた。
さっき逃げて行った兵士たちが新しい部隊を連れてくるだろう。
その前になんとかなってほしいものだ。
北に進むにつれて放棄された村や町が増えてきた。もしくは・・・間に合わなかった場所も。
人を探しているような魔族の小隊はこちらから襲い掛かり殲滅していく。
全員倒しきることもあれば逃げられることもある。
魔族の進軍をひっかきまわしながら進むと魔族軍の前線拠点を発見した。
「数えられます?」
「3万」
実際にありそうな数字だな・・・。
確かに1万以上いそうだけども。
どうやら戦闘が終わり、回復や休憩をしているようだ。
相手はグラッテン王国軍か?、同盟軍らしいが、勝っているのか負けているのか・・・。
「ご主人様、あそこ・・・」
エステラが指さした方を見る。それは川岸の光景だった。
川岸に縄でつながれ、一列に並べられた兵士たちが見える。・・・人間の兵士だ。手と足を縛られ、目隠しをされて座らされている。
彼らが逃げないように警戒している魔族の兵士が8人。処刑用と思える武器を持ってニコニコしているミノタウロスが一匹。
川岸は前線拠点から少し距離があり、堤のおかげで直接目が届くこともないだろう。
――今ならいける。
しゃがみながらコソコソサカサカと移動する。
「エステラは兵士を。私がミノを倒す」
「わかりましたわ。・・・助けた後はどちらに逃げればいいのかしらね」
「・・・彼らに聞くしか」
いきあたりばったりだ。
しかたない。近づいていくと彼らの声が聞こえてくる。
「ぐるるん、お前らの総指揮官のいる場所、魔素回復ポーションの在庫量、魔術師の人数、他に何でもいい。こちらの有利になる情報を言える者は立ち上がれ。おれの配下にしてやるぶるっ。それができない者は殺す。殺してそこの川に浮かんでる奴らと同じように、ゴミクズとしてあつかわれるぶる。さぁ、どうする。おれはかまわない。お前らがみんな死んでも、また次の奴らを捕まえてくるだけだ。誰かが話すまで殺す。一人ひとり殺す。意味のある死などないぶる。お前のかわりは誰でもいいぶる。だが、今この瞬間だけは、お前が生き残ることができる最後のチャンスだ。そうだ、一番早く立ち上がったものを配下にするぶる。立ち上がることは勇気ぶる。生き残ることが正義ぶる。何も成せない死より、何か成すための――」
「断る」
ひときわ大きい声が聞こえた。
いや、その男は大声を上げたわけでは無かった。静かだが、よく響く声だった。
「ぐるる?、一人愚か者がいるな」
「愚かなのはお前だ。ここにいるみなは知っている。魔族軍は人の子一人残すことなく殺すことを。味方を裏切り殺されるなら、このまま潔く殺されてやろう。さぁ、貴様の持っているモノはなまくらか?、違うならオレで試してみるがいい」
潔いと言うか、なんというか・・・
男の言葉に辺りからそうだそうだおいう声が上がる。ミノ兵士は自分の策略がうまくいかないらしいとわかると、さっさと彼らを殺すことに決めたようだ。
「ぐるる。では死
ね
と言う言葉は出なかった。
ミノタウロスの体は、シアの蛇腹槍で縦に二枚にされてしまったから。
「《雷光》!」
エステラの《雷光》が八回きらめいた。
ちょうど人数分。これだけ近づけば一発もはずれることはない。
まぁ、ただし目立ってしまったわけだけども。
前線拠点から不審に思ってこちらに人がやってくる。到着する前に逃げ出すとしよう。
エステラとシアはタッタカ走りながら人間の兵士たちを解放していく。
「き、君たちは・・・?」
「何が、どうなってるんだ?」
「ほら、さっさと逃げますわよっ。あなた達のお仲間の所へ走りますわよ!」
エステラに尻を叩かれ、状況が呑み込めていなかった兵士たちがやっと、助かるのだとわかって走り始める。
「まじか、助けに来たのか。ありがてえ」
「誰だか知らないが、無茶するやつらだ」
そんな声を聴きながら、シアが最後尾になって捕まっていた兵士たちの後に続いた。
「シア・M・グラスマイヤー」
「んっ?」
兵士の一人がシアの名前を呼んだ。
「そしてそこにいるのは、シエ・・・」「あーあーあーっあああああーっ」
エステラが突然奇声を上げる。
ちょっと、この微妙に厳つくて取り締まることに人生を捧げそうな野郎は・・・!
「・・・そうか。まぁいい。助けてくれたことには礼を言う。しかし、君を素直に同盟軍に連れて行くわけにはいかない。・・・理由はわかるな?」
おい、そんな場合じゃないだろう、ということを平気で言ってくる。
彼ならば確かにそういう判断をするだろう。
この律儀な男――学園の風紀委員長だったエイハム・ディオンだ。
生きていたのか。
風紀委員は生徒会主催の舞踏会に参加させられていたものだと思ったが。
無事で何より、と言いたい場面ではある。
けれどそう言えないわけがあった。
「シア・M・グラスマイヤー。君は魔族の配下なのだろう?。以前私にそう宣言したのを覚えている。ならば、今も配下だな?」
少しだけ威圧感が増した。
おいい、そうだ、風紀委員に勧誘された時の話だっ。
そうだ、シアはお嬢様の配下だから、味方じゃないって言ったんだ。
魔族は魔王の支配で自分の意思よりも人を殺すことに執着する。なら、ここにいる魔族の配下の娘も、実は人間側にスパイとして入り込もうとしているだけの敵ではないか――
そう思われているのだ。
「あれはエステラ」
シアはエイハムの言葉を無視してアレの紹介をしている。こちらに聞き耳を立てているエステラから抗議の声が上がっている。
ちなみに、いつの間にかエステラがメガネをしていた。あまり使われていないが偽装用の一品である。
「私の配下。私はあれを守りながら、魔族領から逃げ出してきた」
「・・・・・・証明できるものはあるか?」
シアがイヌミミを着けた。
いや、それは証明にならないだろ。
エステラもしぶしぶとネコミミを着ける。
「にゃー。」「・・・にゃー」
エイハムが走りながら眉間を押さえていた。器用だな。
心中、お察しします。
「わかった?」
いや、わからんだろう。
言いたいことはわかるけど、わかるかよ。
「・・・・・・獣人のふりをしていた、と言いたいのだろう?。だが、それが証明になるか?。ならんぞ」
ならんよな。
「・・・・・・」
シアがちょっと衝撃を受けていた。
視線をさまよわせて考えている。
「ちょっと、そこの厳つい男子っ」
とうとうエステラがこちらに寄ってきて会話に参加してくる。
「・・・エイハム・ディオン、でございます」
「誰でも構いませんわ。あなたがこの兵士たちのリーダーかしら?」
エイハムはそうだと頷いた。さっきから周りの連中がエイハムの話の邪魔をしないわけだ。
「ならいいですわ。あなたたちの総大将に話があります。ひとまずそこまで案内してくださいませ」
エイハムが彼女のことを知っているのなら、この言葉は無視できない。
・・・いいのか?身分がばれれば担ぎ出されることになるぞ。
国民に懇願されて断れるのか?。
オレの心配をよそに、エステラはエイハムの返答を待った。
エイハムはわかりました、と答えた。
だが、同盟軍に合流し、助かったのを喜ぶ姿もはじめだけだった。
エイハムの号令で周りの兵士が武器を抜き、シアとエステラに向けた。
「・・・・・・」
「・・・そう、きますのね」
囲まれ、すぐにでもとびかかられる距離に彼らはいる。シアでもこの状況は打開できるかわからない。ましてや魔術メインのエステラではどうしようもない。
「拘束させてもらう。しかし私たちは奴らとは違う。殺しはしないから安心してほしい」
くそっ、知り合いだからと甘く考えていたか。
・・・どうする?
と、言っても、選択肢がないか。
「・・・ん。」
シアがオレを手放す。エステラもそれを見て持っている包丁と盾を地面に置いた。
「・・・私の要望は叶えてもらえるのかしらね」
「・・・・・・」
エステラの言葉には何も返されなかった。
オレはエステラの武器といっしょに指揮官の集まる天幕へと連れていかれる。
エイハムは自分の上官たちに自分が帰ったことと敵の様子、それからシアのことを話した。
シアが魔族の配下であることも。
・・・けれど、エステラの正体については話さなかった。
ただ、シアの配下が”人間”であったこと。そして、シアが人間の配下を守るために魔族領から逃げ出してきた、ということだけは伝えたのだった。
指揮官とやらはシアへの尋問や詮議を始める前に、一度指揮系統内の人間たちで話し合っておこうということになった。
エイハムは今、中隊長らしく部下に指示を出して人を呼びに行かせる。少しの後、エイハムの上官の大隊長、そしてこの同盟軍の部隊長たち4人と、軍団指揮官があつまってきた。
「・・・子供ではないか」
そう言ったのは指揮官だった。
グラッテン王国の軍事顧問をしていたパルド・エレイム。爵位は侯爵。今は3国同盟の東面軍の指揮官だ。
齢は40を超えて50になっていそうな風貌だが、その指揮能力は高い。現在の東面戦区を数で勝る魔族軍と互角にまで高めているのは彼のおかげらしい。
「だが美しいな。金と黒のオッドアイか。観賞用としても価値があるのではないか?」
・・・シアをそういう目で見るのはやめてもらいたい。ニヤニヤしているしいつか殴っておくべきだな。
第二のミルゲリウスの誕生かと思ったが、周りがいさめてくれた。
「ご自身の趣味は場所をわきまえていただきたい。ここは他国の人間もいる場。あまり我々に恥をかかせないでいただこう」
部隊長の一人、グラッテン王国のブライア・ネアンドロだ。
「うちのエレイム殿が申し訳ない。・・・さて、本題に入ろう」
ブライアが空気を変えるために少し間を開けてから話し出す。
「まず、部下の命を救ってくれたことの礼をしたい。・・・ありがとう、君たちのおかげで、大切な仲間が何人も救われた。個人的なことだが、私は君たちに形あるものでお礼がしたい。・・・とは思っている」
最後ちょっと言葉が弱くなっていた。
うん。しかたない、今はこんな状況なのだし。その気持ちだけでありがたい。
「さて、・・・君たちが魔族の配下であるというのは本当かな?」
「ん。本当」
シアが答える。
「・・・けれど君は、魔王の支配を受けていないように見えるが?」
ブライアが言いながら、シアからエステラに視線を移す。
魔族が主でありながら、人間を配下に持つ。今そんな主従関係はもう・・・残っていない。人間の配下はことごとく死んでしまったからだ。
彼らはそのことを知っている。
「もしその方法を知っているのなら、ぜひ教えてもらいたい」
「まて、それは後の話だろう。彼らは今、自分の身がどうなるのか不安なはずだ。まずそこを決めよう」
ブライアを止めたのは他の部隊長だ。確かイズワルド王国の。
勇みすぎたブライアが咳をしてすまないと謝罪をいれる。
やっとシア達の身柄のゆくえが決まるわけだけども・・・、
「ではまず、君たちにかかっている疑いの」「こちらの要求を言わせていただきますわ」
イズワルドの部隊長の言葉を遮り、エステラが尊大な態度で囲んでいる連中に通告した。
「まず、私たちは魔族軍をグラッテンの地から追い払いたい。その手伝いをしていただきますわ。第二に、グラッテン北西部のトートハイム領のジェラルダス家に用があります。これはブライア様がおっしゃる魔王の”支配”に抗う方法を探すためですわ。その邪魔をしないでいただきます」
「・・・・・・」
まるでこちらが優勢であるかのように話し出した少女に、みんなが驚いて困惑していた。
「・・・・・・君は、だれだ?その娘の配下の人間かね。少し思い違いをしているようだが、ここは君の願望を言う場ではないぞ」
指揮官のパルドがそのことを嗜める。
「エステラですわ。お初にお目にかかりますわね、パルド・エレイム様」
しれっと挨拶をするエステラにエイハムが体を硬くしているのがわかる。彼は国に準じているのだろう。エステラが秘密にしたいという気持ちを汲んでくれたのだと思うが、角突き合わせはじめるとは思ってもいなかっただろう。胃とか痛くなりそう・・・かわいそうに。
「ふん、知らぬわ。おい、誰かこいつを牢に入れて置け。話が進まぬわ」
「エステラはそこにいて」
シアが告げる。
パルドの命令に従うものはいなかった。というか、今この場所で一番身分の低いエイハムが動かないのだ。誰もエステラを連れ出そうとはしない。
「今、ここで一番偉いのが誰かわかっていないようですわね」
エステラはまだパルドとやりあうつもりだ。
けれどまて、おいまて、まてまてまて。
ばらすのか、自分の身分をばらすのか?。それは少し待ってと言いたい。
けれど強引に場の流れを自分の物としているエステラは止まらない。
「簡単な話です」
エステラはふふんと鼻を鳴らして言った。
「シア様は聖剣を使える”勇者候補”ですわよ」