廃都
※会話はシアが仲介しています。
王城はまだ外観が残っていた。他の場所は城壁以外、ほとんどが灰に埋もれてしまっていたが城は東側の3階部分が少しうもれずに灰の外に出ている。
出ている部分の窓には板がうちつけられ、鎖がまかれていた。
それらをはずし、3階窓から中へ入る。あちこりに火事の痕がある。火が付くものはほとんど燃えてしまったらしい。
「火口からこんなに離れていても、火がつくのですわね」
おそらく火砕流と呼ばれるモノだ。高温のマグマが噴煙とまじりあって流れてくる現象で、その中では生きられないとかなんとか。
絨毯やカーテンで飾られていたのだろうけど、今は一面石の壁があるだけで区別もできない。
ここはどのあたりの建物なんだ?
「・・・東外周は使用人部屋ですわね。宝物庫は北棟にくっついている四角い建物でしたわ。あと貴品室が北中央の2階に。・・・私や王族の部屋も北にありますわ」
エステラが教えてくれる。
残っていた階段から2階に降りる。真っ暗だ。
エステラが《明光》で辺りを照らす。
そのまま一階へ。ところどころに灰が入り込んでいるが、普通に歩くことができるくらい城の中に変わりはなかった。
いや・・・そんなことよりも・・・
おかしいものが残されていた。
「人の・・・石像?」
服は燃えてしまったのだろう、人体のみの石像が立っている。
いやおそらくそれは、像ではなく、実際に過去に人間だったもの
石化した人間だった。
「これは?」
「おそらくですが、バジリスクかメデューサの能力だと思いますわ。焼け死ぬよりはと、一縷の望みをかけて石化の能力で人を石にしたのですわね・・・」
石化を解けば助かるわけか。
”無”属性魔術の《異常消去》は自分の異状しか治せない。
これは治癒魔術の領分だな。けれどこの状態なら、城にいた人間は遠からず助けられることになる。
「いいえ・・・石化を治す方法はありませんわ。少なくとも、全身に回ってしまったもの治して生前のように、というのは無理のはずです」
エステラは説明する。全身が石化した時点でその体から命は消えてしまう。それを戻したとしても、新鮮な死体にしかならないのだと。
「少なくとも、私はその方法を知りませんわ・・・」
つらそうな顔をしていた。
後をついてきたオレたちも、かける言葉を知らない。
「・・・・・・大広間に行きましょう。あの日、広間にはたくさんの人間がいましたわ。これなら・・・私の知りたかったことも、すぐわかりますわね」
エステラは大広間へと歩いていく。
知りたかったこと―――おそらく、他の王族の生死。
イズワルド王国を継ぐ者は、誰だったのかということ。
小さな地震があった。灰は降らなくなったが、大地はまだ完全に安定しているわけではないようだ。
シアとエステラは広間に向かった。
王城の入り口があけっぱなしにされ、灰で埋め尽くされていた。入り口から遠くないこの大広間にも大量の灰が流れこんできていた。
腰あたりまで灰で埋まった人々が、慌てふためいた姿のまま石になっている。
「オーギュスリィ様、コルドワ様とその夫人、ベルベッロ様とそのご子息、あら、コートニーもこちらの舞踏会に参加していたのね。知りませんでしたわ。声を掛けてくれればよかったのに・・・。シア様、どうやら殿方はあちらの壁際で紫煙を吸っていたようですわよ」
指差されたほうに歩いていく。
慌てふためく人々の中、壁にもたれかかりその様子を眺めている一団がいた。厭世家きどりの集団。その中に一人、シアの知っている石形があった。
「・・・・・・見つけた。」
そうだな。こんなところにいたのか。
ながい家出だったな。まったく、義娘を心配させるなんてとんだ義父親だ。
「・・・ん。」
2年弱。
ながい2年だった。
ようやく、一人みつけた。
・・・いや、シエスがいるから二人目か。まぁあれはいいとして。
ミルゲリウス・グラスマイヤーはここにいた。
ここに、いたんだ。
本当に、世話の焼ける義父だった。
「・・・・・・ただいま・・・」
セシル君も石像もあった。父親と肩を抱き合っていた。
エステラの確認作業はまだ続いていた。
「・・・・・・これが、父ですわ」
「会ったことある」
シアは調査隊の褒賞を受けとる時に会っている。
最後まで人の前に立ち、先導していたようだ。
その後ろに二つの石像がある。
「兄クロフォードと、姉のエルグレシアですわ・・・。おそらく、皆様を石化したのは、この姉の固有スキルですわ」
エルグレシアには魔物の特殊スキルを複製する固有スキルがあった。どのようにかはわからないが、複製して保持していた石化能力を、城全体に行き渡らせたのだろうと言う。
「これで、ここにいるのは全員ですわね・・・」
エステラは王族3人の石像を確認したのだ。
王位継承の順番がはっきりしたわけだが、今はシエスもいない。妹がいるそうなので、おそらくその子か遠縁の親せきが王位を継ぐだろう。
「シア様、手伝ってくださいませ」
エステラはそう言ってエルグレシアの周りの灰を掘り返していく。
シアが手伝うこと、1時間あまり。エルグレシアの足元付近を掘っていたエステラから「ありましたわ」という声が上がった。
彼女の手には一つの赤い宝石があった。
きれいなカッティングと装飾をほどこされ、拾った頃の面影はない。
赤い、ガーネット。
きっとあの日、エルグレシアが装飾品として身に着けていたのだろう。
「これを、シア様に差し上げますわ。約束の物です」
シアが受け取る。
シエスが魔族領に行く時、顔見知りのシアにもついてくるように頼んできた。その報酬として、シアは自分が見つけた石を返してもらう約束をした。
「・・・このあたりは盗掘されていないようで良かったですわ」
エステラがそう言って笑う。
「・・・いいの?」
赤い宝石を手にしたまま、シアはそう聞いた。
エルグレシアが身に着けていたということは、これはエルグレシアの物だったのだろう。エステラにとってこの石は、姉の形見ということになる。
「いいですわよ。何を遠慮なさっているのかわかりませんが、それはあなたが持ってしかるべきものですわ」
効果だけを見ればエステラが持ってもパーティーの効率を良くしてくれるものだと思う。けれど自分より、シアに持っているべきだと言った。
「あの日お姉さまが身に着けていなければ盗掘にあっていたかもしれない。私と会わなければ取り返す約束ができなかったかもしれない。私を配下にしてここにつれてこなければ、探し出すことはできなかったかもしれない。・・・その宝石は、シア様に使われるべくしてそこにあるのですわ」
運命とまではいわないが、シアが小さな偶然を手繰り寄せて手に入れた宝石。
これはシアの物なのだからと。
「・・・ん。わかった。これは私の、石」
「お似合いですわ、ご主人様」
マントの襟の所にくくりつけられた宝石は、赤く輝く。
これでシアが見つけた特殊輝石、《魔素治力》の効果を持つ石は数奇な運命をたどりながらも、シアの元に戻ってきた。
ようやくか。
これでシアのMP回復能力は合計80%かな。
MP総量も増えている。使えるすべての持続系内発魔術を途切れさせることなく、一日中でも使い続けられるようになるだろう。
「ご主人様、私のほうは終わりましたわ」
誰がいて、誰がいなかったのか。エステラはリストの更新が終わったようだった。
「・・・・・・ん。一応宝探し、してみる」
宝物庫には灰は入ってきていなかった。
だからこそ、一度開けられてしまった宝物庫はそこにあったすべての宝物を守ることもできず、すべて盗掘されるに至っていた。
「・・・からっぽですわね」
きれいにすっからかんだった。
壁と床しか見えない。
「・・・・・・そこ。」
シアが宝物庫の床の一角を指さす。
「・・・・・・まさか」
床はただののっぺりとした、白いだけの一枚床に見えた。けれど小さなくぼみがある。指を置いて、横に力を入れることができるように。
エステラが小さなとっかかりに力を入れて床をゴゴゴとスライドさせる。
そこには、体中を拘束された黒いミイラと赤黒い一冊の本があった。
「なに、これ・・・」
エステラは眉根を寄せていた。これが、宝・・・?
シアの《探索眼》は隠された財宝にしか反応しない。ならば、これは宝なのだ。
「この死体は・・・魔族・・・いいえ。魔族と似たようなしっぽはあるけれど・・・わからないですわね」
肌が黒いのか、それとも月日がたって黒く変色しているのか。元の色も判別できない。ただしっぽがあるからおそらく魔族だろう。
「では、こちらの本は・・・。古い紙と、古い文字ですわ。タイトルは、『根源の獣』・・・?ええと、根源の海には一匹の獣が、根源の空には七つの星がありました・・・。これは七星の童話?。物語風の本なのですわね・・・、ここで読むのもあれですから、持っていきましょうか?」
「・・・・・・最後の方だけ読んで、判断しよう」
慎重だった。この死体といっしょに入れられていた理由がわからない。もし別々にして何かあれば大変だと考えたのか。
「では・・・『獣から生まれた悪魔はことごとく滅ぼされました。七つの星から授けられた七つの奇跡の力で。世界が新しい朝を迎えます。その時、初めて世界は色があったことを知ったのです。けれど獣は色が怖かった。『色』だけは、獣の海にはなかったのです。獣は海の底へと還っていきました。暗く、暗く、深く、深い場所へ。色の無い場所へ。今もきっと獣は、そこで色が消えることを待っているのでしょう。いつまでも――いつまでも――。・・・終わりですわ」
七つの星の話と同じかな。違いは”悪魔”のことが描いてあるくらいか。
「ええ、七つの星座の御伽噺ですわね。私もしっていますわ。けれどあれは悪行を行った八つ目の星を懲悪する話でしてよ。この本では倒さずに海の底に逃げられてますわ」
そうか。”獣”は今も眠っている。ヘビ王の言う通りなのか。
ということは・・・もしかしてこの死体は”悪魔”なのか?。
滅ぼされたはずの”悪魔”。その死体を残し、その物語が描かれている本を後世に残す。
警鐘のために。
誰かが残したのだ。
ともあれ、”悪魔”のことを知っていたオレたちにとってはあまり得るものはなさそうだな。
「本を持ってここを出ましょう。死体の隠し扉はもどしておきますわね」
「宝、なかった・・・」
シアがしょんぼりしていた。
シアの《探索眼》にひっかかったなら何かしらの財宝のはずだけども。・・・いや、探索眼がダンジョンから供給される”魔素”の集まる場所に反応する能力なら違う可能性もあるのか。
まぁこういうこともあるってことだけ覚えておこう。今度また、不思議なものに反応したときには仮説が立てられるかもしれないしな。
「ん・・・。」
こうして城の探索は終わった。
城には『過去』だけが見つかった。
けれどこれが、未来に進むために必要だったのだと思う。
シアも、エステラも。