逃走4
「竜の住処から抜け出してきたか。惜しいな。実に惜しい。それほどの実力、魔王様のために振るわせたかった」
リグナントは口に並んだノコギリ状の歯をギリリと噛みしめる。
「だが裏切り者はいらねえ。部隊のために死ね。魔王様のために死ね。とりあえず死ね。・・・さらばだ」
シアシアシアシアシアシアッ
やばいやばいやばいやばいやばい
早くおきてくれっ
リグナントが大剣を振りかぶる。それをふたりめがけて振り下ろそうと・・・いや、止まる。
リザードマンが大剣のまえに槍をかかげて止めたのだ。
「・・・邪魔をするのか?。・・・あぁ、そうか。貴様らは戦士の矜持を重んじるのだったか。チッ。待てってか」
リグナントは振りかぶっていた大剣を下ろす。
「あぁ、待ってやるよ」
リグナントは腰を下ろす。だが眼光のするどさは残ったまま、二人を見ていた。
「・・・・・・ん・・・」
シアが身じろぎしてゆっくりとまぶたを上げる。
おきたか、シア。
敵が待ってる。エステラを起こして戦う準備をしろ
「・・・・・・・リグナント、リルシャーク・・・」
シアはオレを握りしめる。
「おきたか。では、処分をはじめるぞ」
「ふっ」
ガキンと大きく音がして、オレの刃がたわむ。
リグナントの腕力は強い。
蛇腹槍の姿で全力で叩きつけられたオレを、リグナントは大剣で迎え撃つ。
「恐ろしいなっ、その腕で、体格で、これほどの剛力を生み出すのかっ」
つ・・・強い。リグナントの武器との接触時間が短いせいであの大剣を破壊できないし、こちらの《円舞》の流れもうまく作れない。
リグナントはそのパワーで、
シアは遠心力で、
お互いの攻撃をぶつけ、相殺しあう。
「んっ」
何度も、何度でもぶつけ合う。リグナントは避けながら、動き回りながら。シアはほとんど場所を動かず、まだ目を覚まさないエステラを守りながら。
どちらかが隙を見せるまでこの競い合いは続く。
「くっ、はっ、貴様のことは知っているっ。部隊長であるタールトを一撃でぶったおした、新人がいるとなっ。だがオレは違う。オレは、お前など相手ではないのだ。お前などっ・・・!」
リグナントの筋力が増していく。おそらくスキル。内発の魔術か、時間制限のあるスキル。
リグナントはカードを切ってきた。
何度も、何度も攻撃をぶつけあった。その衝撃はリグナントの大剣を少しずつ、少しずつ欠けさせていった。
このままでは武器が壊れ、戦えなくなる。その前に決着を、つけるつもりだ。
リグナントはシアの攻撃を弾き飛ばした。
そのまま踏み込んでくる。
「ぶったぎれっ《断空閃》っ!」
背中から振りかぶられた大剣は大気の刃をまとう。まっすぐ伸びた透明な剣は空ごとシアとエステラを二つに切断しようと落ちてくる。
これは――”技”か
シア一人なら避けられる。けれどエステラもいっしょによけるには、もう間に合わない。シア、ふせげっ
「んっ・・・!」
シアはオレをかまえる。リグナントの刃がオレの刃にのしかかる。
ぐうううっ、おもっ、重いっ!やばい、シア、耐えろっ
シアはオレを腕で支えながら、膝を地面について耐える。
ぐっ、おおおおおおおおおおおっ
すべてを切断しようとした刃の重さが
ゆらいだ。
ぉぉぉぉぉおおおっ!
《風刃》っ!
大気の刃の、その刃にまっすぐ《風刃》が突き刺さる。
刃が押し返される。けれどまだ、消えたわけではなかった。リグナントは再び刃で押しつぶそうとしてくる。
けれどその一瞬、刃が浮いた一瞬だけ、オレには余裕ができた。
シアを守りながら、リグナントに狙いを定める時間が。
防御術――《三段突き》っ!
リグナントには避けることができなかった。シアが攻撃行動をとっていなかったから。そして後ろで倒れているエステラも気を失ったままだ。
まったく不可視の風が、リグナントの右目をえぐった。
次に右頬、そして右の口を切り裂いて、歯をぼろぼろに切り裂いた。
「ぐあああぁぁぁぁあああああっ」
リグナントは後ろに飛びのいて距離をとった。
「・・・パパ?」
あ、うん。後で説明するっ。今はリグナントを!
「んっ。」
シアがリグナントに迫る。
「なめるな小娘ぇっ!」
シアは《風刃》を放つ。
リグナントもシアに《風刃》を放った。
二つの風の刃は衝突する。相手の風を絶ち切り、己のなすべきことを成すために。
リグナントの大剣にヒビが入る。
「くぅ!?」
リグナントは剣を引いた。
リグナントの《風刃》は消え、シアの《風刃》がリグナントの胴を横に切り裂いた。
シアは体を回転させる。そして遠心力の乗ったオレの刃たちを、リグナントに叩きつけた。
無数の火花を散らし、甲高い音が響き渡る。
ギィン と一層高い余韻を残し、その音がやんだ。
防ごうとした大剣ごと胴体を真っ二つにしたのだ。
「ぁっ・・・が・・・ア・・《水槍》っ」
方陣円!?、シアっ
上下にわかれたリグナントは、崩れ落ちながら、魔術を放った。
「・・・《虚無弾》っ」
《虚無弾》が水の槍をすべて呑み込んでいく。
あたりに静けさがもどったころ、リグナントはもう、事切れていた。
終わった。これでもう、安心――
そう思ったシアの前に、リザードマンが槍を持って立ちはだかった。
「・・・・・・ヒュィオ」
「・・・キューァ」
シアは動揺していた。
ふるえる手が、掴まれているオレに伝わってくる。
「・・・・・・ヒュィオ!」
リザードマンは首を振る。
気持ちが定まらないシアに、リザードマンが槍をふるう。
シアが・・・押されていた。
速度も重さも鋭さも、リグナントとは比べようもないくらい軽い。なのに押される。
シアは幼児のころにリザードマンに育てられた。リザードマンの集落で育ち、リザードマンの仲間と遊び、リザードマンからスキルを教わった。
リザードマンの言葉もそのころに覚えたものだ。
「ヒュオ・・・ヒュィオっ」
リザードマンはシアの言葉に耳をかさない。
次々に振るわれる槍をひたすらに防ぐ。
「ん・・・・・・ご主人様?、何が・・・」
エステラが目をさました。
そして周りの状況に気が付く。真っ二つになって転がっているリグナントと、リザードマンとつばぜり合いをしているシア。
「・・・・・・どういう状況なのですか?」
まったくだな。
「・・・敵」
そうだ。この二体は川からオレたちが逃げ出さないように配置されていた追跡者だ。
できれば二体ともここで倒しておきたい。オレたちが逃げたことを知るのが遅れれば遅れるほど、その後の捜索でみつけられにくくなる。
だからシア、早くそのリザードマンを倒すんだ。・・・シアっ
「つっ、・・・でも、彼女は・・・」
彼女ってメスなのか。いや、もしかしてこんなにシアが戦うのを嫌がるなんて・・・、まさかと思うが、知ってるリザードマンか?
「・・・・・・ん。」
そうか・・・集落から逃げ出せたのはシアと、もう一体。コモンと呼んでいた普通のリザードマンだけだった。
そのときの、リザードマンなのか・・・。
けれどシア、それなら無力化して縛ってころがしておこう。もうそれしかない。
シアが倒せないと言うなら、今はそれでもいい。まさかリグナントなんかよりも手ごわい強敵がいるなんて思わなかったが、今だけは、それでいい。
「んっ。」
槍の側面をたたき付け、リザードマンを気絶させる。
「縄・・・エステラ、縄は・・・」
「いえ、持っていませんわよ。あえて言うなら・・・腸?」
こうしてリザードマンは束縛され、川辺の片隅に放置されることになった。
しばらくは追跡者から逃げられるだろう。
リザードマンが味方に連絡をとらなかったから。リグナントとの戦闘中に仲間を呼びに行くかと思っていたが、そんなことはなかった。
たまたまなのだろうか。それとも・・・・・・本当の所はわからない。
仲間を呼びに行かれたら流石に気力体力の減っている二人ではどうしようもなかっただろう。
けれど彼女は呼ばなかった。シアが目を覚ますまで、近くにいてシアを見ていた・・・
こうしてオレたちは、一時的にではあるが、追跡をまいたのだった。