逃走1
それは中央大広場だけには収まらなかった。
街のいたるところに人の死体が転がっている。
いや、街どころか、田畑の中、街道の道中に至るまで、目につく場所の”人”という種族はことごとく殺され、死体が投げ捨てられていた。
「異常ですわ・・・。これが魔王の強制力ですか。習ってはいましたが・・・吐き気がしますわね」
エステラは早歩きのまま目を背ける。
二人はフードをかぶり、街道を通らず見つからないように姿を隠しながら、真都から北へと移動していた。
人の領域へ。
それが二人の進路だった。
街道の位置を遠めに見ながら落葉の終わった森の中を歩く。時期が良ければもっと見つかりにくかっただろうが・・・あぁ、やっぱりダメか。
・・・・・・シア、追手だ。
猟犬が3、上にグリフォンが1・・・遠いが、おそらくタシムだ。もしかするとうちの部隊が来ているぞ
「ん。・・・エステラ、追手。たぶん振り切れない」
「・・・シア様、どこまでやっていいんですの?」
「どこまで・・・」
手加減てことか?。いや・・・手加減している暇なんかなさそうだぞ。
まだ遠いが空からグリフォンの部隊が追ってきてる。
それにおそらく陸にもいるだろう。
このままだと囲まれる。その前になんとかしないとまずい。以前にもこんな場面があった。あの時、ミルゲリウスが現れたときには、すべての包囲が完了していた。
あの時と同じ失敗はしない。
シア、タシムをはじめに落とす。少し崖を降りて奴の追跡を誘導してやれ
「エステラ、・・・あなたはつかまれば、必ず殺される、はず。死にたくなければ、全力でやって。」
「・・・いいんですわね」
「ん。それが戦場に出る、覚悟」
戦うと言うことはそういうことだと、お嬢様が言った。操られていようと、戦いの場での死は誇るべきものなのだ。
「ついてきて。合図したらグリフォンを狙って。・・・全力で」
「わかりましたわっ」
シアは崖をおりる。
これでタシムからオレ達の姿が見えなくなったはずだ。奴は自分がみつかっているとは思っていない。だから再びオレたちを視界にとらえようと、グリフォンを操るだろう。
それは魔術の的として、実に狙いが絞りやすい行いだと知らずに。
「・・・今っ」
「《雷光》っ!」
エステラの魔術がグリフォンを襲う。けれど距離が遠かったか、きわどいところで避けられてしまう。
これでこっちが気がついていることがばれたな。
シアは走り出していた。
猟犬はとまどう、追う相手が向かって来たのだから。
犬はタシムにどうするのか振り返るが、答えをもらう暇はなかった。
シアの一閃で2つになる。
3匹は6つになった。
他にも馬の足音がある・・・左に6・・・右に7か。
「んっ。」
右から来る兵士に気付かれないように木の陰に隠れる。
――シアっ
シアが飛び出す。そのままオレを横凪にする。
「《風刃》っ」
オレが伸ばした刃群は、辺りの景色を一刀した。木が倒れ、馬は首をうしなったまましばらく走り、崩れるように倒れた。
馬に騎乗していた兵士たちは一人残らず絶命していた。
あとは左。左の馬こちらに気付いていないのか、エステラの方に向かっている。
まずいな。エステラ一人じゃあの数は無理だぞ。
エステラとの合流を急ぐ。木々の合間からピカピカやかましい魔術光が見える。アレは合流する分には便利だな。
「このっ、ほらっ、落ちなさいっ、よけっ、るっ、なっ!」
数が2減っている。けれどエステラは岩陰に追い詰められていく。
「エステラ、お前の魔術はバレバレなんだよっ、あきらめて捕まれよ」
土の魔術を避雷針にエステラの雷光を無力化している。見覚えのあるこのイノシシ頭はグラウロムか。配下のダードもいる。
あの二人はエステラを知っている。魔術さえなんとかすればエステラはほとんど無力なことも。
ダードがエステラの方に迫っているシアに気が付いて道をふさぐように立ちはだかる。エステラはグラウロムと数人の兵士の相手を一人ですることになる。
「へへっ、おめえの相手はオレだぜ。あいつをたすけてぇならオレを――うおっ」
シアは容赦なくダードを排除しに行く。
ダードはシアから距離をとる。シアの攻撃を受け止められないとわかっていてこちらの攻撃を誘ってくる。
「・・・私たちを、どうするつもり?」
「わかってんだろ?、いっしょに来てもらうぜ。それでも反抗するってんなら・・・殺してもいいって言われてんなぁ」
「ダードは、どう・・・?」
シアの問いにダードは両手の短剣を構えなおす。
「・・・安心しろ。オレと兄者がお前が悪くならねぇようにお願いしてやるよ。お前が魔王様に害をなすなんてそんなわけねぇもんな。お前の主人も魔王様の呪いを解こうとお前が心配してたって言ってたしな」
「・・・・・・なら、エステラは?」
エステラはもうまずい。ありったけの魔素を使いまくってしのいでいるが、あれでは魔素切れをおこすだろう。もう時間がない。
「エステラ?人間のことか。あぁ、大丈夫。きちんと処理しておくぜ」
処、理
「オレや兄者は人間の肉も慣れてるからな。ばらして血抜きしておいてやるよ。ハラワタでも臓物でも脳ミソでも、欲しいとこあるなら言っておいてくれ。きちんとのこしといてやるよ」
ダードはそう言って笑う。
あぁ、そういうことか。
「・・・《竜力》」
踏み込む力だけで地面がえぐれる。
シアの全力の出足に虚を突かれたダードは反射的に短剣を繰り出してくる。シアはそれを避けながらオレを斜め上へと突き出した。
ダードの腹から赤色の中身がぶちまけられる。シアはそれを振り払いながらそのままエステラを囲む敵に近寄り、オレを薙いだ。
シアが武器を振るうということの意味をわかっていたエステラと、グラウロム以外の存在は周りの障害物ごと切断される。
腰から斜めに二つにされる兵士の中、グラウロムが後ろに飛びすさる。けれど逃がさないっ。
シアの追撃がグラウロムを追いかける。
「てめぇっ、あいつをやりやがったなぁっ、許さねぇ!」
鼻息は荒いがシアの攻撃をひたすらに避けていく。攻撃する暇がないのだ。
流石はAランク冒険者。一撃でも当たれば真っ二つになるだろう攻撃でも、なんとかさばいている。
「くっ、《水霧》っ」
「《風刃》」
霧を発生させて姿を隠そうというグラウロムの魔術を《風刃》が切り裂く。
・・・逃げたか?
グラウロムは一度だけではなく、連続で魔術を発動させている。流石にこれほどの霧の中を追いかけるのはリスキーだ。
しばらく辺りを警戒するがグラウロムはいない。空でこちらを追跡していたタシムの姿も見えない。・・・まぁ、タシムは別の魔物を使ってこちらを監視しているだろうけれど。
「エステラ、平気?」
「えぇ。生きていますわ・・・でも次があったら死ねますわね」
立ち上がるのに手を貸す。
エステラの息が整ったらまた移動を開始しよう。・・・しかしどこに行けばいいか・・・このまままっすぐ人間領を目指していいのだろうか。確実に戦闘することになりそうだけど。
怖いのは・・・お嬢様と出会うことだ。
お嬢様とは戦えない。戦いたくない。部隊のメンバーが追いかけてくるのなら、きっとシアが逃げるルートのどこかにお嬢様もいるはずだ。その確率が一番高いのが、このまままっすぐグラスマイヤー領に向かう場所。そのどこかだ。
「・・・地理に詳しくないから、考えてもしかたない」
そりゃそうだけど。それなら人に聞くとかすればいい。国境を越えるときに裏ルートを知っている怪しい人間と渡りをつけたりってことだ。
「・・・・・・わかんない」
そうか。そうだな。
オレも実際そういう人間を探したことはないからな・・・どうやって見つければいいかわからないな。
けれどこのまま進むのは危険な気がする。
なんらかの対策を考えなければ。