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邪武器の娘  作者: ツインシザー
魔族領 軍隊編
115/222

魔王

残虐描写あります。


 昨夜は曇りだったが、どうやら雲は夜のうちに抜けたようだ。

 式典会場には秋の陽が輝いていた。

 魔族領真都。祭典用の中央大広場。

 10万人規模の式典会場である。

 人がだんだんと集まってきている。その流れに逆らわないように、シア達も観衆のなかに紛れていく。

 式典には特殊警護部隊以外にも多くの兵士が参加していた。会場の祭壇を守るように並んでいたし、外周にも武器を持って多くの兵士がいた。

 間もなく式典が始まる。



 魔族領の成り立ちから今後の抱負、魔族としての在り方を述べられ、ようやく魔王の戴冠が行われようとしている。

 王冠・錫杖・外套を持った司祭たちが入場し、片膝をつく。

 祭壇の前の一風変わった鎧姿の男が王の入場を告げるとともに、軍楽隊がおごそかな音色を奏でだした。

 赤い絨毯のうえを、一人の青年がゆっくりと進んでくる。

 黒い髪、知性のある眼差し、けれどどこか野性味のある顔立ち。体は鍛えられた、けれど筋肉ばかりが目立つわけでもない、引き締まった肉体。それを少し褐色の肌がきわだたせている。

 魔族的な特徴はない。角も、羽も、しっぽも。目の光彩すら人間とかわらないように見える。


 ――っと、シア、シア、警戒しろ

「・・・ん。」

 オレでさえ魅入ってしまう端正な顔立ちの偉丈夫を、シアも仕事を忘れて観ていた。それだけの魅力があの青年からあふれていると言うことか。

 急いで仕事を思い出し、辺りを警戒するが、どうも周りの観衆も彼の虜になっているようだ。

 不審な動きをするやつなど一人もみられない。

 青年が祭壇の中央につき、膝をついた。司祭が立ち上がり、青年を囲む。

 儀式めいた文言の後、青年にそれぞれの持っている儀式物を授与していく。

 すべてを受け取ると、青年は立ち上がり、民衆の前へ一歩進み出た。


「我はすべての魔物、すべての魔族、すべての魔将を従える者である。我の即位により、魔の存在は本来の使命を取り戻す。この世界を正すために、我々にはやらなければならないことがある。――我に従え、すべての魔属よ!。我はブランヒルグ・ベヒモス・オーク!。今代今世唯一の『魔王』である!」

 魔王を名乗る青年が人々へ、片手を上げる。王が、民衆に力を求めるように。

「――人を、滅ぼせ」


 ?、なんだ、周りの雰囲気が変わった。シア、違和感がないか?

 青年の宣言が終わると同時に辺りの空気が変わった。

 なんか・・・方向が一方に集まったような・・・

「っ、何これ・・・、私を、何か・・・」

 シアが見えない何かに抗おうとしている。

 周囲の人間は”魔王”の宣言が沁みわたっていくにつれて、青年に賛同する声が大きくなっていく。

「っ、つ、っ・・・い、やっ、・・・」

 どうした?何が。くそ、魔王か。魔王が何かしたんだな?これが魔族を戦争に導くという支配能力・・・シアの言う、”呪い”か

 シア、強化消去はっ

「んっ、っ《失力イレイズ》っ、《失力イレイズ》!・・・・・・つぁ。・・・ふぅ・・・ふぅ」

 シアが胸を押さえながら荒い息をしている。

 効いた・・・のか?


 シアに内包された『魔族』の割合は1/3だ。

 なら、”魔王”の支配力も効果が1/3になっていても不思議はない。

 もしくは広範囲効果のスキルだから効果力は少ないとか・・・あるかなぁ

 しかし、この様子だとお嬢様は・・・

 ちらりと横に視線を向ける。

 あぁ、うん。

 知ってた。

 それじゃシアの配下は・・・

 お?、おお。なるほど。

 配下促進キャンペーンをやっていたから、主が魔王の支配効果を受ければ自然と配下もその効果を受けるのかと思っていたが、違うらしいな。

 お嬢様は魔王に熱狂してる。けれどオレには効果がない。なんでないのかわからないけれど・・・

「・・・たぶん、パパは”邪”武器、だから」

 お、その案はかっこいいな。採用しよう。魔族ではなく邪族の王の命令なら熱狂したかもしれない。

 そしてシアには効果あったが熱狂しなかった。その配下のエステラは効果がない。むしろきしょく悪そうな顔をしている。

 魔族にしか効果が無いのか。

 ・・・いや、周りの熱が高い。人も、魔物も、エルフもドワーフも獣人もみんな熱狂しているように見える。

 シアは魔王をにらみつける。

 魔王はそれに気が付いたのか、うっすらと目を細めて笑った。

 魔王が口を開く。


「我が命じよう。――配下の人間を殺せ」


 観客は熱狂のまま、人を殺した。

 自分の配下を。奴隷を。仲間を。親を。子を。

 契約を結んだ主が、配下の”人間”を手に架けた。

「なっ・・・なんですのこれはっ」

 辺りは笑いながら”人間”を殺す観客と、笑いながら殺される”人間”たちで彩られていた。

 その色は”赤”。

 たった一言で世界は簡単にくり返った。

 笑いながら目をえぐり、笑いながらハラワタをぶちまけ、笑いながら顎を引きちぎる。

赤 赤 赤 赤

 笑 笑 笑 あ は は は は


「ぐっ、・・・う・・・っ、《失力イレイズ》っ」

 赤くなる。赤くなる。誰も、彼も、ここにいるすべてが壊れていた。

 これが・・・これが”魔王”。

 すべての魔族を統べ、支配し、征服する存在。

 圧倒的と言う言葉すら生ぬるい。絶対的な支配勅令。

 けれど。

 シアだけが抗えた。

 この場の主でただ一人、配下の”人間”を殺さなかったのはシアだけだった。

「ご主人、様・・・」

「へい、き。私は、魔王に屈してない」

 まだ青い顔をしている。2度、魔王の支配を退けたが、それでも消耗が大きい。このままだと次も大丈夫だと言う保証はない。

 今すぐ逃げたほうがいいかもしれない。

「・・・・・・ん。エステラ・・・」

 シアはエステラに逃げよう、と言おうとした。言おうとエステラの方を振り返り―――


 オレを叩きつけた。

「――シア。なぜ邪魔をするの」

 シアの攻撃の先に、お嬢様がいた。シアの攻撃を小剣で受け止めている。

「何を、するつもりだった」

「なにをも何も。あなたがやらないのなら、その主である私の仕事でしょう。けれどあなたがやるのなら、いいわ。早くしなさい」

 お嬢様は小剣を引く。シアに早くやれと言いながら。

「何、を・・・?」

「何って。早くその人間を――


  殺しなさい」


「何を、言っている・・・っ」

「殺しなさい。これは名誉なことなのよ。殺すことがどれほど喜ばしいことなのかわかるでしょう?。ほら、エステラ。あなたもシアにお願いしなさい。私を殺してくださいって」

「・・・正気・・・とは思えませんわ。これが魔王の能力なのですわね・・・」

 お嬢様は本気だった。本気で、エステラを殺せと言った。

 昨晩3人で目標を確認しあったはずなのに。そんなことまるでなかったように、魔王の命令のみを実行しようとしている。


「早く、早く、早く、早く殺しなさい。そうじゃないとおかしい。そうじゃないとおかしいわ。だって、魔族の主従は絶対だもの。早く、早く、早く、早く・・・」

 その声はお嬢様だけではなかった。

 人間を殺し終えた、周りの魔族たちにも広がってゆく。

「早く、早く、早く」「早く、早く、早く」「早く、早く、早く」

「シア、もう一度いいます。早くその人間を、殺しなさい」

 周りに味方はいない。シアとエステラは武器を持った魔族たちに囲まれていた。

 返答によってはここにいるすべての者が、二人をなぶり殺しにするだろう。

 エステラが青い顔でシアを見ている。

 彼女はおびえている。わかっているからだ。シアが、お嬢様とエステラ、どちらをとった方が安全なのか。どちらを選択すべきなのか。

「・・・殺さ、ないっ」

 シアは答えた。

 お嬢様が祭壇にいる魔王を振り仰ぐ。

 魔王は無表情のまま、口を開き・・・


パンッ


 と、矢が肩に刺さった。

 2本目、3本目と矢が射られるが、魔王の前で鎧姿の男が払い落とす。

 どこから?、いや、今はそんなことどうでもいい。

 辺りが襲撃者に動揺している今がチャンスだ。逃げるぞ、シアっ

「んっ。」

 シアはエステラの腕をつかんで走り出す。邪魔な人垣を殴り、蹴飛ばし、吹っ飛ばしながら広場の外へ。


 仲間だ!

 どこかから声が上がる。

 仲間だ、魔王様を狙う暗殺者だ、裏切り者だ。

 その声はすべて、異分子であるシアとエステラに向けられていた。

 シアの前に男が行く手をふさぐ。・・・いや、それはシアに敵意の目を向けるタシムだ。

「シアさん。止まってください。あなた、自分が何をやっているかわかっているんですかっ。今すぐ武器を置いて自分の主に釈明しなさい」

 シアは槍を下から振り上げた。シアの前で仁王立ちしていたタシムの股間にオレの横刃が叩きつけられる。

 悶絶しているタシムの横をシアはエステラを連れて走り抜けて行く。

 わかっている。わかっていて選んだんだ。

 おそらく、この選択は失敗だ。

 シアがほしかった、大切にしたかった、大好きだった”日常”へとつながらない。

 そのすべてに背中を向け、裏切ってしまう行為だと思う。

 けれどシアは選んだ。

 お嬢様よりエステラの方が大事?。

 そんなことではない。

 大事さで言えば圧倒的にお嬢様の方が大事である。

 けれど――

 けれどシアは選んだ。

「し、シア様、なぜっ、わ、私なんて選ぶのですかっ!。私にだってわかりますっ、これはダメですっ、これでは、あなたは魔族を敵にまわそうとしていますっ。バカなんじゃないですかっ!」

 エステラが涙目でそう叫ぶ。

 なぜシアが自分を選んだのか。絶体絶命の場面で助けてくれたのか。けれどそのせいで、自分のせいでシアがまずいことになる。

 彼女の中ではいろんな感情がぐるぐると廻り、涙と言う形であふれ出していた。


「・・・・・・私は、二度と、捕まえた手を離さない。」

 捕まえられなかった手があるから。

 だからシアは今度こそ、その手を離さない。

 魔族だから。人間だから。

 そんなことはどうでもいい。ただ、シアは自分の掴める範囲の大切なものを、だた守りたいだけなのだ。

 昨夜、アンナのことを聞いたエステラは理解する。理解したうえでつぶやくのだ。

「・・・ばかですわ、あなた・・・」




 この日、魔族は人族領への侵攻を開始する。

 40年ぶりの”魔王”襲来だった。

 すべてはより良い未来のために。


 人を、滅ぼすために



 その陰で、二人の少女が魔王暗殺を企てたとして、処刑対象として手配された。


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