入隊式
途中途中で買い物をしたり、ダンジョンに潜ったりしながら、3人とオレは魔族領北方の中核都市へとやってきた。
間もなくお嬢様の軍への入隊式が始まる。
この数日間の旅行はすべてそのための移動だった。
「おー・・・」
「すごい人数ですわね」
新しく入隊する新人兵士が4,5千人くらいか。その配下がその3倍くらい。シアとエステラもその人数に含まれている。
今、お嬢様はあのダークグリーンの制服に身を包んで、番号のかかれたプラカードを探してうろうろしている人々の中のどこかにいる。
そこはラスカンザリア北方領・中央市フルムスの祭典広場という場所だった。石造りで円を描くように並べられたタイルを中心に、周りを石の台座で囲っている、本来ならかなり広い場所だった。
「あぁ、始まるみたいですわよ」
エステラの言うとおり、列の前面にある台に人が立ち、何やら偉そうなことを整列した新人たちに聞かせている。
そんなのが2,3度続き、それからちょっと年を召したローブの男が台に上る。
「あれが魔王なのかしらね」
いやいやいや、なぜ君も魔王があたりまえみたいな反応をしているのか。
一応人族には秘密のはずなんだけども・・・。学校に行けばそんな話が耳に入ることもあるか・・・。
「いいや、あれは魔王様じゃないね。魔将様の一人でディー・ローム様だよ。何でも海を割ることができるほどの魔術の使い手だって話さ」
エステラの隣に立っていた鹿っぽい頭部を持つ魔族が教えてくれる。
「そうなんですの。魔王を見に来たのですが、出てこないのかしら」
「どうだろうね。まだ公の場には出てきてないみたいだけど、魔将様も従えられたみたいだし、もうそろそろ魔王様のお披露目もあっていいはずだよね」
出てきてないのか。見てみたかったが、慎重なことだ。
けれど世界情勢的には今代の魔王は人族から狙われる頻度が少ないのではないかと思う。
なにせ、近くの国2か所が相次いで首都を崩壊されているのだ。どちらも自国のことで手一杯だろう。
挨拶も終わり、今度は新人とその上司となる魔族との対面式になる。新人はみんな着席し、呼ばれたプラカードの列だけ立ち上がるのだ。
いくつか呼ばれた後、お嬢様のいる列が呼ばれる。
「あ、シア様のお嬢様の番ですわね。どんな方なのかしら」
現れたのは、巨大な亀の魔族だった。
あたりから少しざわめきがおこる。
「何?」
「どうしたのかしら?」
「あー、あれはタールト様だな。まだ退役されてなかったのか・・・」
そうつぶやく鹿の魔族にエステラがくわしい話を聞いてくれる。
「あの方はね、防衛戦においてはかなりのものなんだよ。でもそれだけなんだ。正直、新人がつく上司じゃない。手柄はほとんど期待できないし、周りからは臆病者の集まりだなんていわれるしで、正直言ってハズレを引いちまったね」
まじかー。
お嬢様は攻撃的な性格なのに、防衛戦なんてできるのかね。上司と馬があうとは思い難いが。
「しかたないか。最近は軍備の拡張だなんだって、いろいろな人材を再雇用しているらしいからね。そういうこともあるさ」
慰めてくれているのだろうが、シアとしてはありがたいかもしれない。
このままでは人族との戦争に駆り出されることになる。
なるたけ人を殺したくないオレたちとしては、後ろでのほほんとしていられる環境と言うのはありがたいかもしれない。
そうさせてくれるなら、だが。
シアの配下のエステラも同じだろう。下手をすれば自分の国民とも戦うことになる。
おそらくエステラにそこまでの覚悟はない。やれと言われても拒否するだろう。
なのでオレはタールト様を歓迎しよう。お願いだから、戦闘のおきない僻地の防衛部隊であってくれ・・・!
さて、すべての対面が終わると、一番前の台で読み上げをしていた魔族がおかしなことを言い出した。
『この配属に不満がある者がいたら、今この場で起立すること。部隊長が決めた勝負方法に勝利した場合に限り、別部隊への配属変更機会が与えられる。起立する者はいるか?』
ちらほらと立ち上がる者がいる中、タールト様の部隊になった兵士の多くが立ち上がった。
もちろん、お嬢様もその一人だった。
あー・・・、いや、仕方ないか。お嬢様としては戦闘でバリバリ活躍するぜーと今まで剣術の鍛錬だー魔術の勉強だーと頑張ってきたのだから、立ち上がるのは当然の選択かもしれない。今日この時のための準備だったのだから。
他の部隊がじゃんけんやあっちむいてホイで勝負を決める中、タールト様が言い出したのは10分以内にタールト様にキズを付けられれば勝ち、という勝負方法だった。
タールト様の部隊に入りたくない新人たちがみんな思いおもいの武器を手に合図を待つ。タールト様はゆっくりと甲羅の中に全身をしまった後、ゆっくりと開始の号令を出した。新人たちは走り出して武器を振るおうと力を籠める。剣、斧、槍、すべての力でタールト様にキズを負わせるために。
タールト様の土魔術がさく裂した。
ふっとばされる新人たち。
・・・そりゃね、本人が自衛しないとは言ってないけどさ。
お嬢様は・・・・・・倒れてるわ。
それでもなんとか立ち上がろうとするお嬢様に、追撃の石つぶてが放たれた。
・・・・・・お嬢様は完全に沈黙した。
しばらくしても誰もおきる様子が・・・いや、お嬢様を圧し潰している石山から、腕が一本だけ伸びた。
しかしそれだけだった。
あとは静かなものだ。
ふー・・・
シア、どうする?
「ん。しかたない」
そうだな。しかたない。
こうなれば結果はわかりきっていることだ。
あのクソ亀をブチ倒そう
「ん。」
走り出し、巨大な甲羅に体を隠しているタールトに《虚無弾》を連発する。
亀はこちらの姿を認識すると同時に、今までのゆっくりとした動きとは真逆の俊敏さで《虚無弾》を回避してゆく。
やっぱりフェイクだったか。
シアの《虚無弾》は続く。一発でも当たればキズがどうとか言うレベルではなく、大ケガを負う。それがわかっているからタールトも全力で避けるのだ。
弾幕を張りながら槍の当たる距離まで近づく。
シアっ方陣っ
シアが斜め下に《旋風刃》を放つ。ほぼ同時に地面から土魔術が発動する。さっきお嬢様をふきとばしたのと同じ魔術だ。
相殺・・・しきれないっ
シアの体を無数の石弾が襲う。
けれどそれを左腕で防ぎながら、槍を横凪に振り回した。
タールトは槍の射程からはすでに退避していた。魔術を使うのと同時に飛び跳ねたらしい。
けれどそれはシアのフェイク。
シアの武器――オレは振り回される攻撃のさなかに、その姿を鞭へと変えた。
すべてを切断する、蛇腹槍へと。
ついでにこれもくれてやる 《風刃》!
視界を覆っていた土埃が晴れたとき、片腕と体のあちこちにキズを負った少女と、そして腹部に大ケガを負って仰向けに倒れている部隊長の姿があった。
完全にのびている。
・・・・・・ふん、お嬢様の仕返しはこれくらいで許してやるか。
「・・・ん。」
シアはお嬢様の埋っている石山に近づいて、掘り出し始める。
辺りからはザワザワとした戸惑いの声が上がっているが、シアを止めようとするものはいない。特に、他の部隊の隊長たちはシアのやることを無言で見守っていた。
「・・・・・・ちょっと、シア様、いいの?。部外者がこんなことして、大変なことになるんじゃないの?」
コソコソと寄ってきたエステラがそうシアに小声で聞いてくる。
「平気。ルールには反してない」
そう。亀が反撃しないとは言わなかったように、配下の手を借りてはいけないとは一言も言っていないのである。
”10分以内にタールトにキズをつけられれば勝ち”
それだけなのだ。
掘り出され、意識朦朧としつつもシアのことを認識したお嬢様の耳に、ようやく10分がたったことが聞こえてくる。
結果は・・・お嬢様のみ、勝利だ。
他の新人は今後もタールトの部隊でやっていくことになる。
勝負が終わると負傷者を救護するために新しく救護部隊となったらしい部隊員たちが慌ただしく動き出していた。
タールトの傷も癒されていく。
そして――どこからともなく、拍手がおこる。
シアに。そしてシアが勝ち取った、勝利者に。
こうして、お嬢様の入隊式は終わったのだった。