残念メイド
そしてシエスは死んだ。
冬の池に死体が浮かんでいたらしく、投身自殺ではないかと思われる。
もしかするとイズワルド王国やグラッテン王国の偽装工作の疑いもあるので今後も辺りを閉鎖して捜査が続けられるとのことだ。
シエスのためにやってきた使用人たちにも事情聴取したのち、祖国へ帰るように申し付けられたと言う。
ただ、シエスの付き人であり、ずっと首都からいっしょに付き従ってきた専属メイドだけは、シエスの遺体のそばにいたいからとタウロン館にとどまり、ここで新しい職を見つけていくのだそうだ。
名前を”エステラ”と言う。
メガネをかけた銀髪のおさげ髪のかわいい、12歳くらいの女の子である。
「シア様、お茶ですわ」
庭にある温室の一角にイスとテーブルがあり、日の暖かい時などはそこでお茶をするのだ。
「・・・・・・薄い」
「あら」
座っているシアの前に新しいお茶が置かれる。
シアは再びティーカップを持ち上げ、口をつける。
「・・・・・・今度は渋い」
「・・・・・・」
ダメ出しをされたメイドの口がへの字になる。
三度お茶を注がれるが、明らかに温度が低い。
「・・・・・・飲めれば何でもかまわないでしょうっ」
おい、元王族、自分で飲んでみろ。その無駄に肥え太った舌であじわってみろよ
シアに差し出され、しかたなしにおずおずとカップに口をつける。
「ん。粗茶ですわね。もっと高級な茶葉にかえるべきですわ」
このクソメイドは出来損ないだ。しつけられないよ。
「じゃぁ、クビってことで。」
「なっ、メイドがダメなら何をしろというんですのっ、いいからその粗茶で我慢しなさいよ」
それなら普通の茶を出せ、ふつーのをっ
どうしてくれようかね・・・
「ひぎぃっ、ムリムリムリムリおっきいおっきいおっきい!」
メイド服の少女が青っぽい色のゴーレムに追いかけられている。ゴーレムの足は遅いが図体は大きい。ゆっくり歩いてるように見えても移動速度はそこそこである。
「シエ・・・エステラ、足が遅い」
「そんなことありませんわっ、ふっつーの、一般女子並み、ですわっ」
一般女子はもうちょっと足が速いと思うが。
エステラは風魔術《速力》を持っている。なので少しづつゴーレムからは距離をとることはできるが、魔術を使ったり部屋の角を曲がる時に距離をつめられるせいで余裕を持った戦闘ができないでいた。
「んひひぃぃぃらららいとっ、あろぅっ!」
ゴーレムが崩れる。
ようやくといった所か。執拗に右足のスネばかり狙い続けたおかげでゴーレムの脚を破壊し、ひざをつかせることに成功した。
「はぁ、はぁ、やりましたわ。これで文句は無いでしょうっ」
「・・・破壊がまだ」
シアの返答にエステラが青い顔をしている。
彼女はずっと《速力》と《光矢》を連発し、魔力が心もとない状況なのだ。しかも今、このダンジョンの一室を照らしている光源もエステラが作ったものだ。
流石にこれ以上魔力を使うと意識を失いかねない。
「んー・・・まぁ、及第点」
「辛口かっ、・・・まぁ、クビにされるよりはいいですけど。でもそんなに言うならシア様はこいつを倒せるんでしょうねっ。もちろん脚の壊れていないやつをねっ」
「ん。」
シアはオレを一振りし、刃先を分ける。
そしてエステラが足を壊したゴーレムにオレを叩きつける。
ギャギャギャギャギャという音の後、ゴリン、とゴーレムはナナメに切断される。
「・・・・・・・・・・・・」
エステラはただの石くれにされたゴーレムの残骸をポカンと見ていた。
スキルですらなく、ただの通常攻撃でこれである。
形状が切断一極化しているうえに、《女王花》の効果で武器威力が50%増えている今のオレは、武器としての質が一段も二段も上がっている。並みの硬度ではオレの敵ではない。
ふふふ、いまのはスキルではない・・・ともあれ、これでエステラの役職が決まった感じか。
「適役、戦闘用メイド」
「メイドはそのままなんですのーっ!?」
シアはエステラにスキルの鍛錬をするように言った。
魔術だけではなく、スキル全般を。
魔術師は接近戦に弱いが、エステラは決闘で臆さず剣を持っていたように、接近戦を怖がることがない。
ならばあとは武器を決めて遠近両方で戦えるようにしようというのである。
今のエステラのステータス欄がこれだ。
個体 シエストリーネ・グラッテン
種族 人族
筋力 11
耐久 7
器用 15
感覚 11
知力 17
魔力 25
魅力 23
速度 10
麻痺耐性6
魅了耐性6
毒耐性5
挑発耐性3
音耐性2
熱耐性2
・水魔術《治力》15
・風魔術《速力》5
・光魔術《光矢》50
・光魔術《明光》12
・光魔術《浄化》3
・光魔術《雷光》20
・音楽《旋律》46
特
《魔素吸収》
・・・・・・偽名を付けただけでは名前は変わらないらしい。まぁ、そうだよね。
種族が人族らしい。人族人族と話題に出ることはあったが、人間とは違うものなのか。エステラが言うには貴族になると種族が人族になるのだとか。魔物は人化しないと種族が”魔族”にならないというのに。人間のハードルは低いように思う。
ならばシアも、と思ったが、シアの種族”人間”は”亜人”の中に含まれているものなので変わらないっぽい。ちょっとだけ人族の種族特典が気になるオレであった。
あとは《光矢》の熟練度が50。普通の”人間”ならこれで打ち止めだが、エステラは一応貴族。今も貴族かはわからないが、もうちょっとだけ熟練度は上がると思う。
最後に特《魔素吸収》。ダンジョンの魔素を枯渇させるときにお世話になったスキル名だ。ダンジョンの壁に触れて念じればMPが吸収できる優れもの。ダンジョン内でのMP枯渇はそうそう起きないという恩恵の高いスキルだが、代わりにダンジョンが衰弱する危険があるものだ。
攻撃全般にも効果がのるらしい。たとえば消費MP10の光矢で攻撃して攻撃が当たったら、当たった敵からMPを3吸収できるようなものらしい。
スキルの詳細を見ると<魔素吸収力20%増加>とある。攻撃が当たらないと発動しないスキルのわりにはちょっと控えめだろうか。シア基準だからそう思うのかもしれないが。
この固有スキルを持っていたからエステラは魔術師になったのだと言う。
さて、ステータスを確認して、では近接戦闘用の武器を何にするかというところなのだが・・・わりと意見が分かれた。
エステラは剣を。
シアが盾と籠手を。
オレが棍を。
お嬢様が弓を。
ジョージは投げナイフをすすめてきた。
お嬢様の弓はわかる。魔術師なら近接戦闘を一切やらなくていいということだろう。しかし今のうちのパーティー事情を考えるとそうも言っていられない。お嬢様が言うにはシアとオレの他にも配下になってくれそうな人材に渡りをつけているらしいのだが、いつになるやら・・・。
ジョージの投げナイフも似た理由だろう。あとナイフ系は魔道具が見つけやすい。商店に多くおかれているし、スキル講師も多い。
商店や講師の事情なら剣が一番いい。人のふりを見て戦い方を覚えられるというのも悪くない選択だ。
盾と籠手を選んだシアは、やはりイオ君とヒュリアリアの印象が強かったからだと思う。籠手、無手の戦いの変幻さは熟練者になると本当に怖いものがある。だが、エステラがそこまで無手に熟練するかというと疑問がある。あと、盾を選んだ理由に拡張性の高さがあげられた。特殊輝石の大量入手が可能ならば、それを織り込んで装備を選ぼうということである。強化石によるゴリ押しを視野にいれているらしい。おそろしい子だ・・・。
そうなってみると、棍をおしたオレの考えが弱いように思える。
攻撃に良し、防御に良し、トラップ探索や魔術の遠距離攻撃の時に狙うのに役に立つ武器なのだけど・・・それくらいしか売り文句が出ない。遠くから狙うのなら、その時だけ持てばいいのでは?とか言われてしまう始末。
一番初めに脱落したのだった。
武器の選択はなかなか決まらなかった。
しかし、ジョージがふと何かを思いつき、館の物置部屋に入って行ったことで終わりを迎えた。
持ってきたのは3振りの包丁だった。
ちょっと大きい普通の包丁。
「みなさまが黙ってしまうのも無理はないかと思いますが、これはシア様の胴鎧と同じく、若かりし頃にダンジョン主を倒した時、獲得した特別な包丁なのです」
包丁なのに?。
シアの胴鎧はリビングアーマーを倒してドロップしたボスドロップ品だ。
効果に《自動修復》、《自然治癒》という特殊なスキルが付与されている。自動修復は鎧の壊れた部分がかってに治るものだ。自動鎧からのドロップとしてはあるあるって感じのスキルである。自然治癒はいつものHP自動回復スキルだ。ただ、これでシアのHP自動回復スキルは合計で3個目になる。《龍胆》、《女王花》、そして鎧。あと獲得予定の水魔術《治力》を含めると、早々死なない娘ができあがる。
ボスドロップは一風かわったスキルが付きやすく、しかも付与数が一個だけではないらしい。
「どう、特別なの」
お嬢様が聞く。お嬢様も初めて見る物らしく、興味があるようだった。
「柄に文字がかかれているとおり、この包丁にはそれぞれ《魔獣特効》《水生特効》《竜特効》の効果があります。獣、魚、竜の肉を切る時に切りやすくなるようですな」
うん?。
竜を調理するとかおかしいことを言われたような気がする。
「そしてこの3丁ともに共通して一つのスキルが付いており、それが《魔素吸収》というスキルなのです」
《魔素吸収》て、すごいな。グラッテン王国だったらMP回復に係わるスキルが付いてるものは、自動的に召し上げられてしまう一品だぞ。それが3振りも。
「一本でも効果がありますが、3本持ち歩き、そのうちの一本を使った場合、3本分の効果が得られると言う特殊な武器なのです」
「・・・すごい武器のように聞こえるのだけど」
それがなぜ物置部屋でほこりをかぶっていたのか、聞きたいらしい。
「そも、包丁で戦うと言うことが想定できない方々にお仕えしておりまして・・・まぁ、これまでは適した装備者に縁がなかったゆえにしまわれていた物でございます」
脳が筋肉の人しかいなくて使いにくい武器を装備するやつがいなかったのだろう。
そしてなぜエステラにこれを持ってきたか、まず、魔術師だからだ。そして彼女自身も《魔素吸収》を持っている。そして何より――
メイドだからだ。
ダンジョン攻略中の料理当番が決まった瞬間である。
「おめでとう」
おめでとう
「料理はまかせますね」
「・・・・・・拒否していい案件ですわね?」
却下した。
これでやっと装備武器の検討が終わったか、というとそうではない。包丁がメイン装備になるかならないかの検討が始まった。
ながくなったので割愛するが、エステラの装備は”片手短刀と盾”ということになった。包丁はメイン装備とせず魔術使用時に持ち換える感じだ。
包丁でも戦えるように短剣系のスキルを教えて行くらしい。盾はシアの案からの採用だ。
ひとまず包丁は腰に差して持ち歩くことになる。
さて、一揃え装備品を更新したので実際に試してみようということで、シア、お嬢様、エステラの3人はラスカンザリア北方領・中央市への道中にあるCランクダンジョンに立ち寄った。
一番の目的はエステラの包丁が機能するかどうか。
「うーん・・・持っていなくても効果はあるようですが、持ってると明らかに違いがわかりますわね。あとは・・・両手に持っても一本持った時と変わらないみたいですわ」
《雷光》を魔物に撃っていたエステラがそう言っている。
効果量はどうなんだ?、自分の《魔素吸収》スキルより多い感じか?
「それは持った場合でも少ないですわ。・・・2/3程度ですね」
一本持つと3本分の効果があるらしいが、それでも固有スキルよりは少ないらしい。
固有スキルと包丁を合わせて、消費した分のどれくらい回復してるんだ?
「3割・・・4・・・3割5分といったところかしら」
固有スキルが20%吸収なので、包丁は3本効果で15%辺りかね。1/3が還って来るなら悪くない。光魔術自体も攻撃が当たるまでの着弾速度が速いスキルばかりなので燃費もよさそうだ。
《雷光》は本当に優秀なスキルです。《虚無弾》と比べると少し悲しくなる。
効果も確かめたので今度はパーティーに組み込んで実際に運用していくことになる。
のだが、ダンジョンを潜り始めてからなかなか大変だということが判明した。
Cランクダンジョンだったのが悪いのか、それともシアとお嬢様の殲滅力が高いのが悪いのか、敵の発見時には一番初めに《雷光》を撃つようにと決めて行動していたのだが、1時間でエステラが青い顔をしはじめた。
MPの枯渇が近いらしい。
買ってきた普通の短剣は最初のころしか装備されなかった。今はずっと包丁を握りしめながら、
「はぁ、はぁ、肉・・・肉を早く切りたい・・・」
とブツブツつぶやいている。
目つきも異常者のソレである。
怖いので通報しよう
後にマーダーメイドと呼ばれる危険人物の誕生の瞬間である。
ダンジョンからの魔素吸収はダンジョンを弱らせてしまうのでやらないようにしてもらっているが、どうしたものか。
ひとまずは休憩をはさみつつ、ゆっくり探索していくことになった。
休憩時間にシアはダンジョンの壁に《虚無弾》のハチの巣を作っている。
「んー・・・ない・・・」
特殊輝石どころか、普通の宝石も落ちていない。
グラッテン王国のダンジョンだけの特典なのだろうか。
あそこは湧き水もあったかかったから、地下のマグマが浅い階層に存在していたのかもしれない。あとは近くの火山のおかげで宝石ができる土台があったのかも。
そんな話をシアとしていたのをお嬢様が聴き拾う。
「火山があればいいのね?」
お?、心当たりでもありますか
「南方領まで行けば魔族領最大の火山があります。流石にここからだと遠いのですが・・・あとは北方領の2郷か3郷あたりにも火山があったはずです」
ちょっと足を運ぶ必要があるが、ないわけではない。そこまで行かなくても特殊輝石を拾えるダンジョンが見つかることを祈ろう。