残念姫1
もどってきた魔族領に変わりはないように見える。
あえて言うならば人間領よりもあたたかい。あちらでは積もっていた雪がこちらにはまったく見えないくらいには気温が違う。
ずっと燃え続ける”熱地”という地形もあると聞くし、魔族領だけ、何かの呪いがかけられてるのかもしれない。
お嬢様のいるラスカンザリア北方領8郷・タウロン郷市まではしばらくかかる。
シエストリーネがグラッテン王から「魔族のことを学べ」と課題をいただいているので、急がずに途中途中の町村に立ち寄って魔族の生活を眺めていく。
護衛の兵士と馬車を宿に置いて、シアとシエスは少しだけ町の出店通りを歩いてゆく。
「人と・・・変わらないのですね・・・・・・」
たまに軒先に良くわからない魔物の頭が吊るされてたり、子供が喧嘩で本物の武器を持ち出して来たり、笑い声がウケケケケだったりするくらいである。
いたって普通だ。
「おっ、人間だな、いらっしゃい!、観光かい?。ご主人様はなんて魔物なんだい?」
「・・・やたらとフレンドリィですわね」
テンションが高いな。オレたちみたいにグラッテン王国から逃げてきた人間も多いのかもな。
気落ちしている人間をはげますように、明るく接客してくれたのだろう。
「学校へ入るために旅しているだけですわ。ご主人様とは何ですの?」
露店商の店員は魔族の”配下”システムについて教えてくれる。
魔族が主となることで、配下契約を結んだ相手を守護したり、戦闘へ連れ出したりするのである。もちろん配下側にもメリットがある。主の名声や力が自分の評価にかかわるのだ。力ない者が力ある者に従うことでコミュニティを築いてきた魔物ならではのシステムである。
「へー、そんなものがあるのですのね」
「ご主人様がいないんじゃ難儀だな。よしっ、オレがあんたのご主人様になってやるよ!」
そう言ってその店員はシエスの腕をつかんで魔法陣を展開した。
って、おい。
「えっ?」「何をしてるの」
止める間もなく契約が執り行われていた。
「ははは、これでお前はオレの配下だ。人間っ、ご主人様のかわりに商品を売ってこいよ!」
「は?」
その店員は態度を豹変させたかと思うと、シエスをぞんざいに扱い始めた。まるで奴隷のように命令を行っている。
なんだこれ?、どうなってるんだ?。
「ほら、早くしごびょうっ」
店員の脇腹にシアの蹴りが突き刺さる。
シア、契約の魔術は消去できるか?
「・・・やってみる」
無魔術《失力》。相手の強化を消去する初級魔術だ。熟練度がこの店員の契約の魔術の効力より高ければ――
「《失力》」
再び契約の魔法陣が浮かび上がり、灰色になって消えた。
「・・・ん。消せた」
「あ、ありがとうございますわ・・・」
シアは手に取っていたシエスの手を放す。
その脇で気絶している店員がいるが、どうするか。町の警備兵に引き渡しておくか?
「・・・・・・いや、待って。どうも、おかしい」
シアが辺りを見回す。こちらをうかがっていたらしい人々の声が聞こえてくる。
「未契約の・・・」「人間・・・」「人を配下にできるぞ・・・」「・・・つかまえろ」「子供なら・・・」
やばい。めっちゃ不穏だ。もどろう、ここにいるとまたおかしな事態にまきこまれかねない
二人はそそくさと出店通りを戻る。
良く見れば道脇の塀や壁に契約を推奨するポスターが貼ってある。
『爵位を持たないものでも配下をもてる! 人間族か奴隷は君のモノだ!』
『ノラの人間は必ず誰かの配下になること。期日:4/20日まで。守れない場合罰則があります』
『契約仲介いたします xxx-xx』
はてには人間買います、なんてポスターまで貼ってある。
世も末だな・・・。
どうやら人間にとって魔族領は住みにくい土地になってしまったようだ。
宿に帰る途中でシエスを探しにきた兵士と合流した。
「シエストリーネ様、ご無事ですか。どうもこの町、様子がおかしいですよ」
「えぇ。おかしいわ。あなたたちは何事もなかったかしら?」
「はい、こちらは何もなかったですが・・・」
兵士が眉を寄せる。
「・・・この町は通過して次の場所で宿をとりましょうか」
「そうね、お願いするわ」
町を出て次の村へ移動して宿をとる。
・・・けれど、そこでもシエスや護衛の兵士が人間だと知られると、雰囲気がおかしな感じになり始める。
まるで”魔族”という種族全体に、見えない毒が混じりこんだような、そんな違和感があった。
「お嬢様っ」
「シアっ」
ひしっ
タウロン屋敷に到着し、いつもの再会の儀式をした後、お互いの安否確認をする。
シアはアンナのことを伝える。そして義父であるミルゲリウスのことも。
「そう・・・、またいつか会って、いっしょにすごせるのを楽しみにしていたのに・・・。さみしくなるわね」
「・・・はい」
お嬢様は目をつむり、アンナのことに思いを馳せる。
二人は夏休みの間しか関係はなかった。けれどお嬢様もアンナをかわいがっていた。好きでいてくれた。
だから悲しい。
ひとしきりシアに何があったか話した後、その流れでシエストリーネの話になる。
ようやく自分の話になり、待っていたとばかりに勢い込む。
「私はシエストリーネ・グラッテン。グラッテン王国の第二王女ですわっ、よろしくしてあげてもよくってよ!」
元気だなぁ。
「・・・そう、私はタウロン郷市の郷長の一人娘、モルテイシア・タウロン。・・・何をしにきたのか知りませんが、この館への数日間の滞在を許可します」
二人の間にバチバチと火花が散って見えた。
相性が良くなさそうだなぁと思ったら、お嬢様がそういえば、と言い出した。
「確か、私のシアをいじめる同級生の名前があなたと同じだったように思うのですが、別人かしら?」
・・・・・・シアの人間領での生活のことは手紙でやりとりしていた。そこにはシエスのことも書いてある。
シエスは冷や汗をかきながら明後日の方向へ視線を泳がせている。
「・・・どうなの、シア?」
「ん。シエスがやった」
あら、そう。と答えながらお嬢様はシエスの胸倉をつかもうと手を伸ばした。
シエスはとっさに尻もちをつくことでその手を逃れる。
「ま、おまちなさい、前っ、前のことですわっ。今はもうやっていませんっ、そう、もう私とシア様は仲直りしてお友達ですものねっ」
弁明を始める。
「シア、この方がこう言っていますが、どうなの?」
「・・・仲直りはしてない。シエスに謝られた覚えがない」
「シアさまぁぁー!」
シエスは涙目だった。
怒っているタウロス系は怖い。闘牛の気性そのままである。
「申し訳ありませんでした。もうシア様が不快になるようなことは極力いたしませんわ」
シエスは東方謝罪奥義を使用していた。
実際に奥義かは知らないが。
「・・・・・・ん。許す」
「許されましたわっ」
ドゲザから最速でピョコンと立ち上がる。
「・・・それで、このお姫様はこれから一生、魔族領で過ごすということなのね?」
「ん。本人はそのつもりらしい」
「・・・・・・なら、早いうちに”主”を迎えられた方がいいわよ」
ここでもその言葉を聞くことになるとは・・・
「どういうことでしょうか?」
「魔族は今、軍の再編の時期なの。それも、人族を敵としての、ね」
人を敵とする、ということは、魔王が活動を始めたということか。
魔族が人と争うのは、いつも”魔王”がかかわっている。
人を敵にするが、配下であれば敵ではないということか?。
今魔族領にいる人間で主を持たないものは敵、主を持つ者は仲間として対処される。
だから早いうちに主を見つけろと言っているのか。
「配下であれば、主を裏切らない?」
シアが質問する。
オレもそこは不思議に思っていた部分だ。
「裏切らないわね。契約にも強制力はありますが、それ以上に魔族の社会がそれをさせません。もし裏切りをおこせばそれはこの社会のルールに縛られない特殊な特性を持っている可能性が出てくる。それでは社会に不安がでてしまいます。よって裏切りを起こした者への罰は・・・一族もろともに処断されるのです」
一族皆殺しか。
特性は一族共通して持っているものもある。お嬢様の《頑強》がそうだ。《頑強》はミノタウロスが備える特性である。同じように、契約の力の効かない特性もあるかもしれない。
それでは絶対の主従関係で成り立つ魔族社会が成り立たなくなってしまう。
だからそんな特性を持ち、主に反した者は一族含めて排除してしまうのだと言う。
これから戦争状態になるという時期に、主を持たない人間に主を持たせようというのは一つの判別機能になるということか。
スパイを見つけるための・・・。
「ですが、主が魔族社会に対して裏切っていたら意味ないですわよね?」
そうね。
「普通はありえません。主の上には主がいる。その上にはさらに主がいる場合もあります。その系列は一番上の決定に、絶対従うようにできています」
契約の魔術ってスゲー
分類としては強化魔術のようだが、ある意味弱体化魔術じゃないのか?。
契約自体に強化効果はない。ステータスにおいては。
けれど主の地位が力になるという意味では強化と言える。
面白いなぁ
「しかたないから、私の配下にして上げます」
「いいえ、それはまだ返答に時間をいただきたい案件でしてよ」
お嬢様が誘い、シエスが先延ばしにする。
シエスと同僚になるのかね。まぁクラスメイトと同じようなものだし、ふーんという感じだ。
「そういえば、お嬢様にも、主はいるの?」
主の主がいるという話だし、誰かいるのだろうか。軍に入るつもりのようだから、誰かにつくことになるのだろうけども。
「まだいませんね。けれど今度の軍備配置で契約を交わすことになるはずです。・・・もしそうなったら主義に反することもやらされるかもしれませんから、覚悟しておいてくださいね」
主の意向がその配下のすべてに作用する。頂点を魔王とするなら、その魔王のルールが魔族全体を動かすことになる。
これが魔王が生まれれば人族と戦争がおこることの一要因なのか。
いや、どうなのだろう。そもそも現在の魔族で一番偉い人が魔王の配下にならなければいいだけなのではないかと思う。
魔王は魔王ってだけで偉いのだろうか。
ううむ。