雪を照らすもの4
グラスマイヤー領の本宅は慌ただしかった。
まだミルゲリウス子爵の安否がわかっていないからだ。
彼もあの王城の舞踏会に参加していた。城からの隠し通路でもあれば無事かもしれない。もしくは避難部屋とかでもいいが。
生きていてほしいと思う。
あんな変態ではあるが、シアのことを守ってくれていることは知っていた。父として、同じ目線で見ているような彼の在り方は、オレにとって別口からシアを想う同志のようなものだった。
まぁ、オレにはかなわないけどねっ。
首都にいた使用人たちも戻ってきていない。
彼ら、彼女らの安否の確認にシアは一月の猶予が必要だと思っている。
人をやって探すのはすでに執事長が手配していた。
今回はそれに加えて各地の貴族の安否も確認しなければいけなくなった。
シエストリーネのためにだ。
彼女の身の振り方はまだ固まり切っているとは言えない。
どの王族が残っているのか、そしてどの派閥が力を残しているのか、それによって次の王位継承者が決まる。
そして可能であれば、連れてきた人々の家族の安否も調べたい。
いっしょにきた人たちはグラスマイヤーの土地で生活基盤を世話していくよう、頼んでおいた。幾人かはシエスと一緒に魔族領についてきたいようだったが、シエスのあちらでの待遇がどうなるかわかっていない。ついてこられても何の保証もできないなら、ここで生きるすべを見つけてもらったほうがいい。
これで手配することは一通り終わったろうか。・・・いや、もう一つやっておくか。
シアに改めて執事長を呼んでもらう。
彼もそのうち過労死するのではないかと思うがしかたない。
ミルゲリウスの仕事をかわりにできるほど、シアは彼から職務を学んでいない。グラスマイヤー家は近い親族もいないので、ミルゲリウスが帰ってこないとなるとシアが将来的にその仕事を引き継ぐことになってしまう。・・・・5年という約束もどうなるやらといった感じだ。
さて、あらためて執事長に仕事を頼む。
『ヒュリアリアという名の赤い髪をした少女、もしくは少年の捕縛。罪状は首都での反乱に加担したことと、首都に災厄を招いた疑いがあること』
これでよし。
「・・・・・・パパ、あともう一つ」
何かあったっけ?
「目玉の付いた武器を持つ少年、少女の捜索。目的は・・・その赤い髪の存在から狙われる可能性があるから、保護のために」
・・・そうか。ヒュリアリアが今後も聖剣を壊すつもりなら、そのためには武器が必要になる。ヒュリオはどうやら自分の邪武器を壊してしまったようだが、そうなると狙われるのは別の邪武器を持つ存在だ。
ヒビの入っていたオレはヒュリアリアの狙いからは外れただろう。やつは《変化》でヒビが消えてしまったことを知らない。
レイウッドは今どうしているのだろうか。前にいた場所からはうつったようだったが、もう一度会って話がしたい。
一ヵ月は馬車馬のごとく過ぎた。
首都にいた使用人のうち、帰ってきたのは一人だけだった。その人も当日は首都の外に出ていたためであり、あの日首都にいた使用人は誰も帰ってこない。
誰も。
誰一人として。
わかっていたことではあるが・・・・・・アンナも。
もしかすると、なんて心の中で願っていた。祈っていた。
けれどまだ、帰ってこない。
貴族の方も芳しくなかった。ミルゲリウスを含め、あの舞踏会にいた人間は見つかっていない。
学園の生徒も首都の外にいた人以外はほとんど見つからなかった。
もう半月ほどここで過ごすことに決めた。
一ヵ月が過ぎた。
雪が降っていた。首都はまだ断続的に噴火がおこっているらしく、人の入れる場所ではないらしい。今あの場所は”廃都”と呼ばれている。
灰色になった街、灰の降り積もる街、廃棄された街・・・すでに人は首都への希望を忘れようとしている。廃都という呼び名はそのためにつけられたのだと教わった。
新しい政府が首都の西の領地に作られるらしい。執り行うのは王族ではなく、元老院議官が代行して行っていくのだそうだ。
まだ誰もこない。
アンナは帰ってこない。
三日が過ぎた。
このまま春の雪解けを待つことになるだろう。
そう、思っていた。
「行きますわよっ。いったいいつまでウジウジしていますのっ」
扉をばーんと開きながら現れたのはシエストリーネだ。
グラスマイヤー館の客室で首都にいた人々の安否の連絡を受け取っていたが、どうやら辛抱たまらなくなったらしい。
「・・・してない」
「していますわ。そんな覇気のない顔をして、私にわからないとでも思っているのかしらっ」
シエスがやたらとぷりぷりしているが、確かに今のシアは気が抜けている。
食事にも体の鍛錬にも身が入っていない。
永い充填期間を過ごしていた。
「私、もう待てません。すでにあちらの学校への入学申し込みも済ませてしまいましたし、そろそろ魔族の土地になれるために向こうに行こうと思いますわ。シア様、あなたはどうされるおつもりですのっ」
「・・・行く。」
ついて行く約束なのだし、シエスが行くとなればシアもついて行くだろう。
けれど少し時間がほしい。
少しだけでいい
「・・・ちょっとだけ、待って」
「・・・・・・」
シエスは答えず、ふん、と鼻を鳴らして扉から出て行った。あけっぱなしで。
シアの心に風を通すために。
吐き出す息が白い。
踏み出した足が雪を踏みしめる。
ぎゅむ、ぎゅむっと音がしている。
道はどこかに続いてゆく。
シアは歩いていく。行く先はわからない。道のままに進む。
曇り空からたまにパラパラと小さな雪の粒が降っていた。
道を行きかう人は少ないけれど、たまに子供連れで旅をしてきたような人とすれちがう。
冬は魔物の姿を見ることも少ない。食べ物もないし動いて体力を消耗することも無駄なので冬眠できる魔物は冬眠している。
なので護衛を雇わずに旅をしても比較的安全なのだそうだ。
けれどいないわけではない。
悲鳴が聞こえる。
茶色い服を着た豆粒みたいな何かが何かに追われている。
それは人の親子だ。
数匹のオオカミの魔物に襲われているらしい。
シアは走り出し、オオカミを殺した。
これがこの世界。
命の価値が平等で、簡単に消えてしまう世界。
でも、だから忘れて前を向こうということではない。墓を作ってやることもできなかった人々を、なかったことになんかできるわけでもない。
その棘は、ずっと心に刺さったまま、刺さった痛みだけをゆっくり癒していかなくちゃいけない。ずっと、刺したまま。
「・・・・・・アンナは」
シアが白い息を吐く。鼻がちょっと赤い。
「アンナは、幸せだったのかな」
まだ子供だった。これからいっぱいやれることも、やりたいこともあっただろう。
シアもしてあげたいこと、教えてあげたいことがいっぱいあった。
そのどれもが途中だった。
まだ二人は始まったばかりだった。
幸せか?。
その問いには答えられる。
幸せだった
アンナの心はわからない。けれど、オレはアンナが幸せだったと願っている。
アンナを幸せにしたいと思っていたシアの気持ちが、アンナに届いていたことを願っている。
だから答えは決まっているのだ。
幸せだった、と。
「・・・そっか」
足を止めて空を見上げる。
雪はやんでいた。
オレの中にもわだかまりがある。
ずっと刺さった棘が。
あの時、アンナを助けられなかったこと、ずっと後悔していた。
オレがもっと早く《変化》を使っていれば。使用を封印していなければ・・・
ほんの少しの何かが違えば、シアの手はアンナを捕まえただろう。
捕まえられたはずなのに・・・
「知ってる。パパが、後悔してたこと」
そうか。
・・・ごめんな。オレが間に合わせてあげられなかった
「ん。・・・私も、ちょっとパパを恨んだ」
そう・・・だな。
当然のことだな。
「でもね、それだけじゃない。私は、私を恨んだ。アンナを助けられなかった、私を恨んだ」
・・・・・・
「アンナを助けたかった・・・」
シアの横顔を、涙が流れた。
上を向いたまま、どんな表情をしているのかはわからないが――
それが、オレたちのアンナとの別れだった。
帰って来ると屋敷の庭に荷物を乗っけられた鉄の馬車が用意されていた。
・・・準備いいなぁ。
出発する気満々のシエストリーネを館の執事長が困った顔で見ていた。
シアが帰って来たのを知ると執事長は助けてほしそうな眼差しを向けてきた。
・・・困らせてしまうことになりそうだ。
「・・・どうしたの?」
「お嬢様・・・、シエストリーネ王女といかれるのですか?」
「・・・・・・ん。行く」
そうでございますか、と執事長はうなだれた。
シアが魔族領に行っている間、仕事を任せてしまって申し訳ない。
「いろいろと、お願いします」
「えぇ、そちらはおまかせください。・・・私が心配しているのはシエストリーネ様と御同行されるということです」
「?」
「シエストリーネ様は追放の罰を与えられたと言っても、現在の王位継承権第一位なのです。現在残っている貴族の中には彼女を王位につけようとする動きがあります。そして逆もまた、あるのです」
シエスではない誰かを王位につけようとする誰かがいるということか。
「・・・魔族領の中では何がおこるかわかりません。魔族領内でもし暗殺されてしまっても、それは魔族の誰かがやったことだと判断されてしまう。人の領域よりも事実を隠すのに都合がいい場所なのです」
それにシアが付き添うとシアも巻き込まれることになる。もしシアが亡くなることになれば・・・グラスマイヤー領は再び対応に翻弄させられることになる。
「もし、何かあれば私めを頼ってください。可能な限りの手をつかってあなたを守りましょう」
ありがたい申し出だ。けれど、あなたとシエストリーネ様を、とは言ってくれないわけか。しかたない。シエスはまだ誰の主でもないのだ。シアが守り、仕えなければならない存在ではない。
執事長が言っているのは今できるせいいっぱいの誠意だった。
「・・・ありがとう。覚えておく」
準備を整え、馬車が出発する。
今度ここに戻ってくるのはいつになるだろうか。
ミルゲリウスがいなくなってしまえば彼との約束はなかったことにしてしまってもいい。けれど、きっとまた戻って来る。
残った者たちは、そうやっていなくなった者たちの意思を継いでいくのだから。
馬車の行く先には陽光がさしてきていた。
章 終わりです。
アンナ視点やシアの幼少期など、埋める部分をすっとばしてメイン部分のみ進行しています(´・ω・`)いつかやる(やらない)