雪を照らすもの2
馬車が進むと他にも首都から避難してきた、と言う人に会う。
あとは首都に物品を運送するという商人たちの荷馬車にも会った。事情を話して首都に行くことの危険を伝えておくが、ここからでも首都の方角が暗く雲に覆われているのが見える。危険なほど近づくことはないだろう。
シエスはそれが食料などの荷であれば買取り、避難民に分け与えた。いくつか身につけていた装飾品はどんどん数を減らす。
人が増え、身寄りがあるものは途中の村で別れ、行く先が無い者ばかりがシエスの所に残る。
そうして馬車の一団は少しずつ大きくなっていった。
間もなくグラスマイヤー領に入る、という所で、先行していた兵士が待ったをかけた。
魔物の一団がいると言う。
地震で崩落したダンジョンから逃げ出してきたらしい群れがこの先を移動していると言うのだ。
こちらにやってくる様子はない。
だが、この先の宿場町の方へ移動していると。
「・・・まずいですわね」
最近の魔族たちの動きから、兵隊は国境付近に多く配置されていた。
このあたりはむしろ兵士の数が減っている場所である。
宿場町だけで防衛できるのか、護衛の兵士たちとで意見の出し合いが行われた。
「群れのほとんどはゴブリンと、スネーク、あとは蜘蛛なんかの小物ばかりです。しかし数が多い。もし宿場町が襲われることがあれば、確実に一般人にも被害が出るでしょう。ただ、守り切ることは可能だと思います。・・・犠牲者の数を気にしないならですが」
流石にそれは後味が悪い。
「なら、私たちが群れの後方から攻撃をした場合はどうなりますか」
「・・・シエス様の魔術なら、だいぶ群れを削れると思います。けれど他の兵士となると・・・おそらくシエス様に反撃しようとかかって来る魔物から守り切ることは・・・無理かもしれません」
攻撃したはいいが、反撃されればこちらがやられる。
シエスも頭を抱えてしまう。
兵士の数が足りず、多くの一般人を抱えている我々では、戦いに参加するのは危険すぎる。
このままでは町を見殺しにするしかなかった。
「・・・ゴブリンはどんなの?」
シアが発言する。
兵士は、シアはただの護衛か置物だと思っていたのだろう、突然話しかけられて驚いていた。
「どんな・・・?、普通のと、弓を持った奴だが・・・」
杖を持っていないのか。
悩む理由はないじゃないか。
「なら、私が行く。」
「行くって・・・何を言っているんだ?、今までの話を聞いていただろう。一人でなんとかなる数じゃないぞ」
「そんなことない。みんなは隠れてシエスを守ってて」
むしろむかってきてくれるならシアだけでなんとかなる。怖いのはどこに逃げるかだけだ。
他にもちょっと不安要素はあるが・・・まぁいけるだろう。
「お前っ、ふざけるのも・・・」
その発言をシエスが止めた。
そしてシアを見て、それが自棄から出た言葉ではないことを確認する。
「・・・まかせていいのですね?」
「ん。」
「・・・わかりました。まかせます」
シアは楽しそうにペロリと唇をなめた。
再度の確認の後、シアは馬車を降りてオレを覆っていた布をはずす。
すらりと長い槍が姿を現した。
「あら・・・?ねぇ、その槍、形がかわってないかしら。前はもうちょっと太かったような・・・」
失敬な。よりスレンダーになったと言ってもらいたい。
「それに、なんだか・・・そんなにトゲトゲしていなかったはずでは?」
「ん。いめーじちぇんじした」
「そ、そうですか」
不安要素はそれだ。
オレが変わってしまった。
この”武器”でどこまで今までの動きを再現できるのか、まだ一度も試していないことだ。
「行ってくる」
「はい。危なくなったらこちらにもどてってきてください。私が魔術でなんとかいたしますわ」
頼もしいが、もしそうなれば敵の大軍をこっちに呼び込むことになる。それは避けたい。
一度出て行けばあとは成功か失敗かの2択みたいなものだろう。
シアは身軽になって駆け出した。
早い。
スキルも使っての移動である。おそらく馬の速度にも引けをとらないだろう。
「・・・・・・見えた」
少し走ると程なくして魔物の群れの最後尾が見えてくる。
町も見える。群れの前線はまだ町に到達していなかった。
「パパ、このまま行く。試すから、初めから全部出して」
わかった。
シアは速度を落とさないまま群れの後ろにつっこみ、オレを振り回す。
オレはその勢いのままにすべての刃先を分離する。
真っ赤な円が描かれた。
シアはオレを振るのをやめない。そのたびに何かしらの肉片が飛び散り、魔物の叫び声が辺りにひびきわたる。
槍よりもなお重く、槍よりもなお広範囲な攻撃。
絶対的殲滅能力。
今のオレの形状は槍の柄にいくつもの刃先を鎖でつないだ鞭のような――蛇腹槍と言うべき形をしていた。
攻撃力――すなわち遠心力で振り回される刃先の制御には、槍だったころよりも多くの力を必要とする。その制御に槍形状の柄は最適だった。
多少の軌道修正はオレとシア、二つの槍術《操槍》が可能にする。形を槍にもどすのもこの《操槍》だ。操作率は5%と小さいが、持続させておくならそのかぎりではない。効果が加算されていくのか、槍の形にして固定しておくことも可能となっている。
鞭形状のままだと《風突》は使えない。けれども《円舞》と《風刃》は使える。特に《円舞》とは相性が良く、すべてを切り刻む。
威力としてはずっと風刃が出ているような感じだろうか。いや、切断力はそれよりも高そうだ。
ノコギリを振り回しているようなものだしな。
シアは移動しながら魔物を切り裂いてゆく。
けれど魔物もシアの怖さがわかってきたのか、距離を取り始めていた。このままではそう遠くないうちに逃げ出すだろう。
「パパ、――スキルを!」
オレはスキルを発動させる。そのスキルはMPの代わりに心のどこかにしまわれていた、”元素”というものを消費して発動される。
スキル 《ノコギリ草》
振り回す刃先から千の、万の花びらが舞う。
それはただの花びらだ。触れるシアに害はなく、けれどここにいる魔物たちには触れるだけで肌を傷つける切断の刃だった。
紅き花弁とともに辺りを血飛沫が散った。
魔物の動きがにぶる。
触れれば傷をつける花弁だが、それは動かなければそれ以上の傷が増えることはないということ。
動きをとめればいい。
そう、何も動かないならそれでいい。こちらで何とかしよう。
「《風刃》っ」
シアの《風刃》が周りの空気をひっかきまわす。
花びらは凶器となり魔物に襲い掛かる。肉を絶ち、骨を絶ち、命をも絶ち切ってゆく。
《風刃》っ!
「《旋風刃》っ」
オレとシアの《風刃》と《旋風刃》も使い、すべてを終わらせてゆく。
動くものがなくなるまで。
たった二人でその魔物の群れを殲滅するまで。
パパの形状が完成形になりました(`・ω・´)