雪を照らすもの1
それから2,3時間歩いただろうか、道に荷馬車を連れた人々の一団を見つけた。
馬車は15台くらい。馬に荷物をくくり付けた人や自分で荷物を持っているだけの人もいる。100人ほどの人数が数人の兵士に護衛されて移動している。
一台ずつ追い越していく。下を向いて歩く人々を横目に前へ進む。
小さな子供の影に足が止まる。
シアの瞳に悲しみの色がうかぶ。少しの後、また足を進める。
いない。
この集団の一番前を行く先頭の馬車まで確認してそう結論付ける。
先頭は鉄の馬車だった。守りを硬くした、というよりも誰かを閉じ込める目的で作られたような馬車だ。この馬車だけ兵士の護衛も多い。
きっと偉い貴族でも乗っているのだろう。
知った顔がいなかったのは良かったのか、それとも悪かったのか。はっきりとした死を知らされない限り、希望は残る。・・・残ってしまうから。
・・・行こう
シアは再び道の先を進もうとする。
「待て、そこの娘。・・・あの方が呼んでいる」
呼び止めてきたのは馬車を守っている兵士の一人だった。その兵士は鉄の馬車を示していた。
どうする?
「・・・行ってみる」
鉄馬車の扉が開き、中へ招かれる。シアはオレを携えたまま、馬車の中へと乗り込む。
「・・・・・・シエス」
少しの驚きを浮かべてその名前をつぶやいた。
「あなたも無事でしたのね。シア様。・・・会えてよかったですわ」
シエスが力なく笑う。いつもの元気がない。いや、そりゃ元気を出せといっても無理か。自分の国の首都があんなことになってしまっては。
「シア様、あなた、これからどこへ向かうのですか?」
「グラスマイヤーの家へ。人を待って・・・それから、魔族領へ行く」
お嬢様の所へ行く。
ミルゲリウスとの約束の期間はまだ残っているが、いまは淑女を学んでいられる事態ではない。お嬢様に会いたい。お嬢様が無事であることを、その目で確認したい。そしてシアの悲しみを、聞いてほしい。
その気持ちを優先したっていいだろう。
だからシアは魔族領まで行くつもりだった。
「そうですか・・・。今更、こんなお願いをするのはお門違いだと思うのですが」
シエスは一度口を閉ざしてから言った。
「私といっしょに、魔族領までついてきてもらえませんか?」
シエスは学園の中等部に入学し、シアを排斥しようとしていた。
シアを一人ぼっちにしようとしていたが、それ以外にも裏でいろいろとやっていたらしい。
あくまで一時期のことだ。夏休みに入る前にはもうそんなことはやめていたらしいが。そのシアを目の敵にしていた時期、とある生徒に会ったらしい。シエスのやり口を肯定し、協力を申し出てきたのだという。
その時は深く考えもせず、同志が増えると思い了承してしまった。
・・・・・・これが、どうやら反乱組織『レメゲウス』の組織員だったらしく、いつの間にか組織の旗頭として名前が独り歩きしていたらしい。
・・・いや、相手は意図的にシエスの名前を利用している。シエスがついているとなれば組織の理念に賛同する貴族も増えるだろう。
いいように利用されていたわけだ。
そしてそれは聖誕祭の夜にも使われることになる。
純粋種族の国を作るために。その王としてシエスを立たせると言う名目で、彼らは反乱を決起した。
反乱はほどなく鎮圧された。
性能の良い魔道具武器を使っても、戦闘に慣れた職業兵士を相手にするには不十分である。
そして捕まった反乱組織のメンバーは口々にこう言うのだ。
『シエストリーネ様のためなら、こんな命おしくはない!』
と。
どれほど自分とはかかわりが無いと弁明しようとも、シエスのやったことの一部は確かに彼らの主義に合致する部分があった。そしてそれを少なくない生徒が見て、知っているのである。
シエスは処断されることになった。
「・・・・・・残念」
「うるさいですわよ」
本当にね。残念な子がいたものだと悲しくなるね。
運が悪いと言うべきか、もう少し慎重に王族らしくしているべきだったと嘆くべきか。
けれどその処罰を王が直々に行ったおかげで、その後に起こった災厄からは逃れられたのだ。
シエスは街を囲う城壁の外で災厄を体験した。
シエスを護送していた兵士たちは馬車ともども安全な位置まで街から離れた後、逃げ出してきた人々に手を貸したのである。
彼らは首都がその機能を失う瞬間を、すぐそばで見ていたのだ。
――おそらく、シエスは今最も王位継承権の高い人物になる。
王と、第一王子と第二王女。その三人が三人とも、王城で開催されていた舞踏会に参加していた。
逃げ出す暇があればいいが、シエスが街を出た南西の門から避難してきた人々はたった200人程度だった。
他の門もそう違いはないだろう。
「シエスはどうするの?」
「私も、他の王族の安否を待ちますわ。けれどどのみち、魔族領には入ります。私に架けられた悪しき汚名ははらさなくてはいけませんから」
汚名を晴らす前にやることがないか?。
シアに謝るのが先だろう。
そんなだから足元をすくわれるのだ。人の心をないがしろにすればいつかどこかでしっぺ返しを受ける。
シエス、第二王女シエストリーネ・グラッテンはその罪の罰として国外、それも自身が排斥しようとした魔族領への追放と魔族領での恒久的な知識の習得を申し付けられた。
早い話が魔族領に島流しされ、嫌っている魔族のことを学んで来いと言われたのだ。期限は無期限。帰っては来るなと。
実質的な王位継承権の剥奪である。
「私は魔族領に行きますわ。王位がどうあれ、私に架された罰はあまんじて受けるつもりですから」
シエスは魔族領に行く。
その案内にシアについてきてほしいと頼んできたのだ。
不安なのだろう。
魔族領に行くこともだが、何よりも首都グラッテリアが崩壊してしまったことが。誰が生きているのか、何が残っているのか。・・・何も、残っていないのか。
人生のすべてがあった場所が、己の根幹を作ってきた大切なモノが、すべて失われた。
叫んでも、嘆いても、逃げ出しても、もどってこない。
最期のときに王である父が自分に与えたものだけを指標にして、彼女は進んでいくのだ。
その不安を、シアが隣にいることで少しでも和らげることができるなら・・・そう望んで、彼女はシアに頼んだ。
シエスは少し挑むような表情でシアの返答を待っている。けれど彼女のひざに置かれた手が白くなるほど強く、握りしめられていた。
シアの答えは決まっている。シアなら
「・・・ん。わかった。でもタダじゃない」
料金とるんかーい。
そうだった。
シアはそういう子だった。
シアだって気持ちが沈んでいただろうに、悲しくてつらいだろうに、人助けのために割いてやれる心の余裕なんてないはずだけど。
でも知り合いを見捨てるような娘ではない。
だからシエスについて行くのだ。
「・・・私、何も持っていませんわ」
「知ってる。けれどもしかすると、シエスの好きにできるかもしれないから」
「何がですの?」
「私がみつけた、宝石。あれを返してもらう」
以前ダンジョンでみつけた特殊輝石。《魔素治力》という、MP自動回復のスキルが付いた宝石のことだ。
あれは確か国の偉い人が所有権は国にあると言って国に献上するからと持って行ってしまったのだ。
いつか噴火がおさまり城の中を探索できるようになった時、宝物庫から出てきた物はだれの所有物なのかわからないが、その一つをシアによこすようにと言っている。
もともと感覚的にはシアの物なのだから当然の要求である。
「・・・・・・果たせる未来があるかわかりませんが、それでも良ければいいですわ。持っていきたいのなら持ってお行きなさい。でも本当に、そんなことでいいの?」
「ん。十分」
いっしょに魔族領に行くだけであれがシアの物になるのだ。十分と言える。まぁ、別の新しい王様が即位したらシエスとの約束なんて吹き飛ぶ程度のものなんだけども。
そんなわけで、ここに契約は成立した。
正確にいついつまで、と期間を区切っているわけではないから、条件があいまいだが、適当にシエスが満足するところまで連れて行けばいいのだろう。
グラッテン王国と縁のある魔族領の領主のところか、もしくは学校や、グラッテリアにあったような学園にでも入る算段をつけてやれば終わりだろう。
こうして旅の同行者ができたのだった。