首都崩壊2
赤黒くやけただれた腕が、オレを包む溶岩石を《虚無弾》で破壊する。
まだ熱気を放つオレの体をつかむ。
ジュウゥと肉が焼ける音がする。それはまったく気にすることなくオレを掲げる。
「パパ、げっと」
コホコホと咳をしながらそう言った。
声がかれている。きっと肺も炎にまかれた時にダメージを受けたのだろう。
シア。
シアっ、無事だったかっ
い、いや、無事というのはアレだな。なんというか、だいぶ・・・ひどい有様だな
「・・・ん。」
シアの体は焼け焦げ、肌の一部は聖剣の攻撃で骨が見えている部分がある。体からは血がポタポタと雫となって落ち、髪は一部だけを残し、美しかった顔は面影もわからないほど無惨なことになっていた。
生きているのが不思議なほどに。
容赦なくボロボロにされていた。
無事・・・じゃあ、なかったな
「・・・パパほど、じゃない」
そういやオレもひどい有様だった。
体中にヒビが入り、刃は欠け武器として使えるのか怪しいくらいにギザギザしていた。
それでも。
またシアに会えたということに感謝する。
よかった。
よかった。
めちゃくちゃよかった
シア
「ん。」
シア
「・・・ん。」
シア
「パパ、いいかげんにして」
あ、はい。
しゅんとするオレを、シアは優しく持つ。傷心気味のパパを案じてではなく、刃先の破損具合を確認しているようだった。
武器として振り回されると、ほどなく折れてしまいそうな感じだ。
すまない、オレはもうだめだ・・・オレを置いて行ってもいいぞ。
「んー・・・、お医者さん行こう」
医者?
「鍛冶屋」
・・・・・・
そうだな。人の治療は医者がするなら、武器の治療は鍛冶屋がするんだろうな。
熱せられたり叩かれたり冷やされたりするのか・・・・・・。
やだ、こわい
「・・・・・・」
こわい、行きたくない
「・・・・・・パパ?」
いーやーだー
「はいはい。その前に服を着てくる」
そうな。ほとんど真っ裸みたいな外見だしな。
いや、服より前に回復しようよ。
少しずつ自然治癒力で治ってはいるが、まだまだ本調子ではない。骨だって・・・あれ?、もう見えなくなってるな。
シアの回復は早い。二人で再開を喜んでいる間に、いつのまにか傷口が小さくなり、炭化していた皮膚が新しくかわってきている。
それでもまだ本調子には程遠いが。
「平気。このままならそのうち治る」
そう、だが・・・こんなに回復早かったっけ?。それも傷跡なんかが初めから無かったってくらいの回復効果があるように見えるんだが・・・
《治力》のスキル持ってたっけ?
「まだ。別に早くは・・・・・・・・・」
シアがぽかんとしている。
何?どうした
おっと
地震がおきた。体感的には震度3か4か。
ただ、ここしばらく続いている地震としては少し大きかったように思える。
聖剣の起こした災厄のあと、地震の間隔少しずつ縮まってきている。そして、少しずつ、震度が大きくなってきている・・・。
まずいな・・・まずいぞ
いやな感じだ。
もともとこの地は地下から暖かいお湯が沸いていた。地熱の温度が他よりも高い可能性がある。
山の上ではないが、首都の少し先にいくつか連なっている峰がみえる。
あれが休火山ではなかったとしたら。聖剣のせいで地下に大きな衝撃があったとしたら・・・
まずい
シア。
いそごう
首都から離れた方がいいかもしれない。
「え、う、ん・・・、わかった。」
シアはまっすぐに館へともどってきた。館は右半分と奥の庭園が崩壊していた。
「お嬢様っ、そ、そのケガはいったいっ!?」
「アンナっ、良かった」
はしっ、と抱き合う時間もいつもより短い。
「アンナ、街を出るわ。いそいで準備を。荷物をまとめてっ」
「え?、あの、でもお屋敷が・・・」
「いい。他の使用人にも逃げるように言って。いそいでっ」
そう言ってシアは自分の部屋に向かう。途中に見抱えた使用人たちには仕事をやめて逃げるように伝える。集合はグラスマイヤー領の本宅へ。
自分の部屋に入り装備や衣服を整える。持っていく荷物はダンジョン探索用のカバン一つと風の付与がある短剣のみだ。これさえあればあとは野山でも整えられる。
「んっ!」
地震だ。また大きくなった。
グラグラとゆれる館のあちこちから、何かが割れる音が聞こえてくる。
まだ平気か?・・・いや、おかしい。
揺れがやまない。
ずっと揺れが続いている。
・・・・・・終わらないまま・・・少しずつ、大きくなっている。
シアはアンナの所へ走った。
アンナは彼女が寝起きしている使用人部屋にいた。シアからもらったマフラーとブローチを付けているところだった。
「いこう、アンナ。時間はなさそうだから」
「は、はいっ」
アンナの手を掴み、走り出す。屋敷の揺れはどんどんと大きくなる。これほどの揺れの中、動いている使用人はいない。みんな床に手をついて体を押さえるのに必死である。
そんな中、シアだけが走っていた。
片腕にアンナを抱いて、玄関まで一直線に。
ドン、と大きな揺れがあった。
ドン、ドン、ドン、とその揺れが連続でおこり、そしてひときわ大きな爆発音が鳴り響いた。
シアも立っていられなかった。とっさにアンナを抱きしめながら地面に転がる。
「あっ」
アンナがシアの腕から抜け出し、何かを掴もうと手を伸ばした。
ドン
と、音がして
シアの目の前の地面が消えた。
それに吸い込まれるように、アンナが滑り落ちる。
「あんなっ!」
手を伸ばす。
けれど届かない。
崩れた館の梁や壁材が落ちてくる。
シアは自分に落ちてくるそれらより、アンナを追いかけて崩落した穴際に這い寄る。
シア!オレを立てろっ、つっかえ棒くらいには役に立つはずだ!
シアは言われるままに落ちてくる天井にオレを突き立てる。その行為はあまり意味がなかった。おちる天井はシアの周囲をことごとく押しつぶしてゆく。けれど、ほんの少し。
シアのいる場所だけ梁と梁が斜めに交差して場所を開けていた。ちょうど、オレがその交差している梁の一本に突き刺さっている。
オレの効果もあってのことならうれしいが、天井と地面に挟まれた瞬間、オレの柄の方――地面が陥没し、崩落した穴を少し広げただけだった。
「アンナっ」
シアが崖下に手を伸ばしているのが見える。アンナは・・・・・・いた。
崖の途中に少し切り出したような岩がある。その岩に上着の端がひっかかり、アンナはかろうじて穴の底に落ちないでいた。
「アンナっ、手をっ」
シアは手を伸ばすが届かない。シアとアンナの間には3メートルほどの距離があった。
「あっ、し、しぁっ、おじょ・・・」
アンナは脚をばたつかせる。後ろに這いずろうとするかのように。けれど足は虚空を蹴る。
「アンナっ、動かないでっ。今、助けるから!」
シアはそう言って持っていたダンジョン用のカバンを開ける。だがロープはない。最近は塔型と洞窟型のダンジョンしか行かないせいでロープは別室に置いてきたままだ。
「つっ、そんな・・・まって、マントを破けば・・・」
しかし、青ざめつつも希望を探している二人を再び地震が襲う。
大きな、そして続くように地が鳴動を繰り返す。
何か硬いものが屋根だった場所にぶつかる音がしている。カラカラと、ガンッと、それ以上の音を立てて。
シアのあたりにも何かが降ってきていた。
――灰
まるで雨のような音がする。
雨水の代わりに灰がどんどん降り注ぐ。
アンナはさっきの地震で引っ掛かっていた服が大きく破けていた。上着の脇からできた破れ目は、今や片腕の袖に到達しようとしている。
少女とはいえ、人ひとりの体重を支えるには心もとない布量しかない。
・・・このままじゃ、次、地震が来たら間に合わないっ
「・・・どうすればっ、パ、パパっ、いっしょに下に降りれば・・・」
無理だ。
どれほど深いかもわからない。下に地面がある保証もない。それに・・・
おそらく、遠くない場所で火山の噴火が起きたかもしれない。
もし溶岩が流れてくるようなことがあれば・・・下は溶岩流で生きることができない場所になる。
「っ、パパァ!」
シアが叫ぶ。頬を幾筋もの涙が伝っている。
それはすがるような眼だった。もう何もできることはないのかと、問いかける眼だった。
無いのか?何か、無いのか!?
考えろ。ここにある物、できること、可能性。シアにできること、アンナにできること、
「パパに、できること・・・」
オレにできること・・・可能性
可能性の、光・・・
シア、ひとつ思いつい「はやくっ」
オレはオレのイメージを形にする。目をつぶり、祈る。
梁に刺さったままの刃先は抜けないように。そしてシアがアンナに届くように。
「んっ」
シアが崖に身を躍らせる音がした。
同時に地震が起きる。強い揺れの中、オレの新しい胴体をシアが掴んだ。
「アンナッ!」
オレは祈るように瞳を開けた。
アンナは
いなかった。