首都崩壊1
「・・・・・・このあたりでいいか」
裏路地から歩き、空き地の多い場所に来た。
家もほとんどない。あっても人が住んでいないような崩れかけた家しかないような場所だ。
ヒュリアリアはその空き地に転がっている石のブロックの上に聖剣を置いた。
「なぁ、あんたには悪いけどさ、私をうらんでくれるなよ。これが邪武器の”使命”なんだからさ」
邪武器の”使命”―――
聖剣を壊すこと。
この世界に生まれる”魔王”を助けるために。魔王を殺す武器を排除すること。
それがオレたち邪武器を作った、魔将が与えた使命なのだ。
それに最も忠実なのがヒュリアリアだ。
・・・なぜ、それほどまでに”魔王”を・・・。わからない。
魔族も、人間も、他の種族も、同じだとしか思えない。
この世界の人間ではないオレからすれば、どの種族も同じ営みをしていた。誰かを助け、育て、教え、導いていた。人も、魔も、同じように。それから――オレと同じように。
そのすべてを、・・・シアは、守りたかった。
自分の手の届く範囲だけだったけれど。
ヒュリアリアは聖剣の真上に、刃を下にしたオレを掲げ持った。
「・・・・・・じゃあな。ミヒロと同じ世界の人。もし砕けなかったら、そのときは――・・・」
勢いをつけて、
振り下ろした。
悲鳴が聞こえた。
それは、聖剣の悲鳴
世界の悲鳴。
金属を最大まで引ききり、打ち付けたような音。
オレの体には聖剣に敵うための機能があったことに、その瞬間に気が付いた。
この世界の聖剣は絶対に壊せない。
けれど、それを壊すために作られた、いびつな邪道武器。
それが邪武器。
聖剣に与えられた不可視の魂の殻のようなものを引き裂いてゆく。そのための《魂吸収》。
この接触は定められた一撃。
光があふれた。
触れ合う剣先から、その武器を穿つために、それまで蓄えたすべてをぶつけて。
音がずっと続いている。高音質で甲高く、悲しみを叫ぶ聖剣の悲鳴が。
二つの音があった。
聖剣にヒビが入る。
オレの体にもヒビが入っていた。
――共鳴現象。
どこまでも引き上げられてゆく音の共鳴は、金属の方に限界を迎えさせる。
ヒビが広がる。
幾本も、幾本ものヒビが、体中に広がってゆく。
ああああああああぁぁぁぁぁあああっ
高く――高く、どこまでも高く響く。
けれどそれには限界がある。
光が小さく散った。
一つの崩壊がすべてを砕くように、その聖剣は、二つに分かたれたところから、飴細工のように
散り砕けた
魂の奔流があふれる。聖剣に蓄えられていた輝きが、光となって周囲を白く染め上げる。
オレは壊れなかった。
――そう思った。
地面にヒビが広がった。
この場所から四方へ。八方へと。
地面が陥没し、そして隆起した。隆起した岩から溶岩があふれた。
「なにっ!?」
ヒュリアリアは溶岩を避けるためにオレを手放した。
オレの刃はもうぼろぼろで、武器としての機能なんて望めなくなっていた。
そうなればただのガラクタ。
ヒュリアリアは後ろに飛び跳ね、一度オレをいちべつした後、きびすを返して逃げ出した。
・・・逃げて行った。
一人だけ目的をとげて。
大地の隆起は広がってゆく。
街を分け、貴族たちの住宅街を分け、そして喧騒の続く城を分け、さらに広がる。
分かれた大地から赤い溶岩が噴出する。
街のそこかしこから火の手があがる。
燃えている。
街が。
この国が。
地とともに大地の底に沈むモノがある。
炎に回り込まれて助けを呼ぶ者がいる。
崩壊を察して、逃げ出す獣がいる。
この日
グラッテンの大地は赤く輝いていた。
灰が降っていた
まるで雪のように。ようやく新しい日がのぼろうと、薄青く染め始める空をチラチラと灰が舞う。
大地の隆起や地盤沈下は落ち着いている。だが街はまだ燃えていた。空には黒煙が列をなし、薄暗く地上を覆っている。
オレは固まりかけの溶岩に体の大半をうずめながら、その様子をずっと眺めていた。
眠りにつくことができないこの身を呪う。
もう、オレはただのガラクタでしかない。
このまま、溶岩にうもれて最期をむかえるだろう。
それが一般的な死なのか、それとも自ら心を閉ざすことの精神的な死なのかわからないが。
この首都はおそらくもう終わりだ。
権力機構が残っていればいいが、もし権力者の多くがこの崩壊に巻き込まれていたら・・・ルデリウス神聖国と同じように国が終わることになりかねない。
――大崩壊。
この崩壊は、ヒュリアリアのせいだったが、・・・一部はオレのせいでもある。
原因はたぶん、聖剣の消失。
そうなるとルデリウス神聖国の崩壊も予測ができる。
ルデリウス神聖国に保管されていた”聖剣”が壊されたのだ。
グラッテン王国の聖剣と同じように、ヒュリアリアはルデリウス神聖国でも聖剣を奪って壊したのだ。
そうだ。ヒュリアリアは邪武器と聖剣が合わさればどうなるのか、知っていたように思う。そうか、2回目だったからか。
あいつは・・・こんなことをまだまだ続けてゆくのだろうか。
昨晩だけでどれほどの命が消えたか。
けれどまだ終わりではない。ヒュリアリアは、この先もこんな規模の災厄をおこそうとしている。
――あぁ、いやだなぁ。
災厄は、人が壊れる。
災厄は世界をこわすまえに、人の心を壊す。
オレがそうだったように、その災厄の中にいる者たちを、人から違うモノへと変貌させるのだ。
あの時のオレの罪。それは世界の崩壊を望んでいたことだ。それがどういうことだったのか・・・直前になるまでわかっていなかった。
そして今、オレは再び世界の崩壊を目のあたりにしている。
――いやだなぁ。
オレはこんなものを見たかったわけじゃない。
こんなものを見せられるために転生させられたわけじゃない。
こんなもののせいで、大切な物を・・・
命よりも、大切なものを・・・・・・
――いやだ。
いやだ。
失いたくない。
たとえこのまま地の中に沈んでいくとしても、失いたくないっ
・・・・・・オレは、崩壊なんていやだ。
災厄なんて嫌いだ。
それを起こそうとするやつなんて絶対に認めたくない。
ヒュリアリアも、魔王も、すべて、すべてあってはいけない。
――シア。もしこの声が届くなら、オレの願いを聞いてくれ。
聞いて、覚えておいてくれ・・・っ
オレの最期の願いを・・・!
「それは、いや。」