童顔な勇者サマは何故に
「ここへ来てから変だ」
そう呟いた途端、『人』の気配を感じ、振り向いた。
誘拐されて以来、部屋の外へいるときは警戒しながら過ごしている。その成果が現れているようだが、ここにいる人たちとは少し違うように思う。
……窓から入ってきたようだった。
「……った。ここ」
その人と目が合う。
お互いしばらく見つめあい、何をすればよいか分からずとりあえず笑った。
多分、少し引きつったような笑顔だったろうが、向かい合うその人の笑顔も似たようなものなので気にしないようにする。
「えっと、ここ、魔物さんたちのお城じゃないですよね?」
茶色のくせっ毛に、灰色がかった翠の瞳が印象的で、しかしそのオドオドした様子に笑ってしまう。
「お城、です」
気の毒なほど、その顔から血の気が引いた。
「で、でも、あなた人間ですよね? お城に人間は」
「そうなんですけど、ちょっと事情がありまして」
『賢者です』と言えなかったのは、嘘を吐きたくなかったのと、危険な目に合いたくないから。そしてこの人は『人間』だと分かったから。
「あなた、勇者……さん、ですよね」
タイミングがよすぎる気がしないでもないが、城に用のある人間なんて限られてくるから。
「えっ、いや、あの」
こちらが可哀想になるくらい慌てて、取り繕おうとしているが、逆効果になっている気がする。
「大丈夫ですよ。ここ、あんまり人入ってこないし」
わたしがそう言うと、少しほっとしたようだった。服装は重そうな鎧ではない。
どちらかというと軽装だったが、やはり肩、胸などには鎧のようなものがついている。腰に佩いている剣も大きくて、重そうだった。
「どうして、勇者さんがここに?」
「魔物の人たちから、返事が来なくて……業を煮やした父に無理矢理出されました」
勇者という呼びかけを否定しなかったのだから、もう本物決定だろう。もう少し、しっかりした人しかなれないのかと思っていたけれど、勇者って。
少なくとも、こんなに若い人でもなれるんだと思ったのは事実だ。
しかし、返事が来なかったって。
「一週間ほど前に書状にて知らせたんですけど、無事届いたんでしょうか。
父が『やつらは私たちを馬鹿にしておるのだ』と激怒してまして」
憂鬱そうに言ってから、ため息を吐いた。
『今日話してましたよ』って言ったら、怒るだろうか。人間の国から(首都から)この城までの距離は一日半。遅くても二日だと聞いた。
いったい何をしたら、そんなに遅くなって話題が出たのか不思議でならない。
ジルが忘れていたとも思えないし。――ノアか、ノアなのか。
「とりあえず、書状の有無だけでもと思い……」
そう言いかけたときだった。
「ユキノ。不審者が城のな……」
運がいいのか悪いのか、魔王様本人の登場だ。
「えっと」
どちらにどう説明したらよいか分からず、わたしはまたジルに微妙な笑顔を投げかけた。
もしかして、この人見つかったらいけないんじゃないだろうか、と今更思う。
「ジ――」
ジル、と名前を呼ぶ前に、後ろの人物は床に倒れた。
「え、ちょっと、大丈夫?!」
慌ててしゃがみこむが、大丈夫でなさそうだ。顔面蒼白、白目むいてるし。助け起こそうとしたわたしの腕を、ジルが掴んだ。
「何?!」
この大変なときになんだって言うの、と噛み付きそうになったが、ジルと目が合ってやめた。
「これは人間だろう?」
何が言いたいか分からない。助けるなとでも言うつもりか。
「わたしだって人間よ? 前の賢者だって!」
わたしも人間、この人も人間。それだけで助ける理由は十分だ。
ここにはわたし以外、人間はいない。まとう雰囲気も、見た目も、多少なりともわたしと違う人ばかりだった。
「危険だ」
「それはあなただけ! わたしは人間だから」
わたしとあなたは違う。
そう真正面切っていったのも同然だろう。今の発言は。その気まずさを取り繕う暇もなく、わたしはジルに言った。
「この人、とりあえず書状が届いたかどうか確かめに来ただけだから。
ジルをどうこうしようとかは多分、考えてないと思う。優しそうな、人だったし」
あまり人を信用しすぎる方でないわたしが言うのだから、かなりいい人オーラを出しているんじゃないかと思う。この人。
「俺は自分の命を守ることが第一の使命だ」
自分の命さえ守れぬ王は民を守れないから。
「だから安易に人間を城へ入れられない。しかし殺しはしない。
勇者と確定していない人間をむやみに殺せば、それが争いの火種になる」
ここまで来た時点で普通の人間ではないだろうが、な。
ジルは苦笑いをした後、勇者を引っ張りあげる。
片手で荷物を担ぐように持つ。
わたしが非難めいた視線を送ると、『どうしろと言うんだ。男を横抱きにする趣味はないぞ』と眉を寄せた。
「とりあえずは、簡易拘束所だな」
そう言ってジルは部屋を出る。わたしは荷物をまとめ、ジルについて行った。
静かに眠っている勇者さん。
寝顔はなおのこと童顔で、本当に何歳なんだろうと思ってしまう。ジルとの気まずさから、かれこれ二時間ほど簡易拘束所にいる。
ジルが他の大臣たちを押さえつけるため(殺せという過激意見が飛び交っている)、会議を開き、話し合いに出ているのがせめてもの救いである。
とりあえず、顔を見合わせなければいいのだから楽な方だと自分に言い聞かせる。
『城に勇者が現れた』
これは結構な衝撃を城に与えたらしい。しかしその騒がしさをこの勇者は未だ知らないままだ。
起きないかな? と思って顔を覗きこんだ瞬間、体がクルリと反転して天井が目に入る。
……その前に童顔が目に入ったが、見なかったことにしよう。
傍から見たら、押し倒された少女の図の出来上がりである。えっと、これ、どういうことなんでしょうか。
「う、わぁ!!」
わたしより先に勇者さんが悲鳴をあげた。押し倒されているのはわたしで、あなたではないんですけど。
「あ、ごめっ。すみません。体が勝手に反応しちゃって」
腰の後ろ、剣に伸ばしていた手を離し、勇者さんはわたしの体から飛びのいた。
起き上がろうとベッドに肘をつくと、勇者さんはそっと手を差し伸べてくる。『すみませんでした』 もう一度謝罪の言葉が届いた。
「気にしてませんから。ビックリしたけど」
驚きすぎて反応できないくらいには驚いた。
こののほほんとした童顔勇者サマ、名前だけの存在ではないらしい。一瞬見せた素早い動きと、その後の行動のギャップが激しかった。
「ルーク・エインベルグです。名前、言ってなかったから」
「雪乃です。東雲 雪乃。東雲が姓で、雪乃が名前」
『ユキノ』 小さく勇者様……ルークが呟いた。
音の響きがキレイですね、とニコッと笑う。
笑うとより一層童顔に見えて仕方ないのだが、顔が整っているのでカワイイと言えなくもない。
しかし次の瞬間、ルークの表情が変わった。
「会ったときから、聞きたかったんですけど」
どうして、ルークと出会ったときに気がつかなかったんだろう。
「あなた、その黒髪は」
どうして、自分の容姿の特異さを忘れていたのだろうか。
城の中の人たちでさえ、この黒髪と瞳を見れば珍しがっていた。数週間経ってやっと慣れたのだ。ルークがそういうのも無理はないだろう。
「賢者ですか?」
この世界にいる間、わたしは偽りから逃げられない。
「えぇ。五百年前の人間とは違うけれど」
なるべく、それらしく見えるように背筋を伸ばし、真っ直ぐルークを見る。
ルークもこちらを見ていたので、自然と見詰め合う形になった。わたしから目はそらせない。
だけど偽りを持っているわたしは、ルークの視線に耐えられそうになった。
翠色の、澄んだ瞳はジルの瞳を思い出させる。
二人とも、偽りを語らない人だろう。だからこそ、他人の嘘にも厳しくなる。翠色と、深く濃い蒼の瞳――そのどちらにもわたしは嘘をついた。
いっそ、この嘘は当然なのだと割り切ってしまえば、楽なのに。中途半端に小心者のわたしは自分自身を嘲う。
「あなたは人間ですか?」
二度目の質問の意図を掴み、一瞬だけ息を呑んだ。
「あなたは人間ですか?」 そんなことを聞いているのではない。
「あなたは人間であるにも拘らず、魔族の見方をするのですか?」 そう聞かれていると確信してしまった。
「あなたは――」
隠しきれない怒りにも似た感情を、肌で感じる。
「わたしは」
人間だけど、ここの『人間』ではない。
同じ人間でも、そもそも暮らしてきたトコロが違うのだ。自分の命と、同じトコロで生きていない人多数。
どちらを取ると聞かれているようなものだ。
答えなんて決まっている。いくらの人がわたしの答えを正しくないといえるだろうか。
それでも、わたしは身勝手な自分を言外でも批判されたくなかった。唯一の、この城での人間であるルークにそんな目で見られたくなかった。
人間と魔族、両方の人から奇異の目で見られたくない。『裏切り者』と言われたくない。だからわたしは。
「闘いにならなければいいと思っている」
どちらの味方もしたくなかった。話し合いで解決するような問題ではない。
何百年も前から続く、血を流さなければいけない闘いだとしても、わたしはどちらにも何も言えないだろうと思った。
死にたくない。だけど、人間ではないという目で見られたくない。どちらに味方しても、わたしはただの悪役になる。
「五百年前だって、結局条約を結んだんでしょう?」
なのに、どうして今それができない?
「あのときは、人間と魔物の力が均衡だったからです。……今は違う。
僕にメイソン様のような力はありません。このようなときに条約を結んだところで、こちらが不利になることは間違いない」
唯一の武器である剣を、話し合いの場に持っていけると思いますか?
「確かに僕も、戦わない方法があるのであれば大賛成です。無駄な血は流すべきじゃない」
でもだからって、こちらが不利になってまで条約を結ぶつもりはありません。
気弱で、童顔で、ジルを見て気絶して……ここにくるまで、何度も躊躇っただろう勇者様。
それでも勇者が勇者たるゆえんはきちんと持ち合わせていた。どこまでも清廉潔白で、人間のためにここまで来たのだろう。
その瞳には、恐れも迷いもない。ただ自分がやるべきことを心得、それをしようとしているだけだ。
「ならば」
わたしはそろそろ、心を決めなければいけないのかもしれない。
偶然にここへ来たのだとしても、それを言い訳に逃げる時期はもう過ぎてしまったのだろう。
「わたしはあなたに協力する。対等な条約を結べるように」
「そちら側であるあなたの申し出を、どう信じろと?」
ルークの瞳が揺れていた。
わたしの言葉を信じようか、迷っているように見える。わたしに投げつけた言葉を、後悔しているようにも見えた。
「わたしは人間です。だから『人間』に『裏切り者』と言われたくない」
たとえ見も知らない異世界の人でも。小心者のわたしは昔の世界のまま。
「だけどわたしは魔族側にいるから。魔王を裏切ることもできない」
ええ、そんなことした日にはノアさんに殺されますからね。
それにジルが落ち込む姿が目に浮かび、良心が痛む。きっとすっごく落ち込むんだろうな、と簡単に想像できる。
「でも、両方がメリットもデメリットもない条約を結ぶとどう?」
どちらが不利でも有利でもない。
どちらにも不利益がないということは、わたしがどちらかに激しく糾弾されることもないということだ。
「これはあなたたちのためでなく、わたしのため」
わたしの利益のため。
そう言うとルークは目を見開き、そして笑った。